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本編

29話 エレイン様とテラさんの優雅?な一日 その4

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エレインとテラはヘッケル工務店を辞した後、事務所に戻る道すがら市場を通りかかる、公務時間が終わり人通りがそれなりに増えつつある時間となり、市場には子供連れの主婦や仕事帰りであろうか、いかにも事務職といった風情の人々が闊歩していた、

「市場の活気はいいですね」

テラは楽しそうに人並みを横目に見る、

「北ヘルデルはどんな感じなんですか?私リシア様のお屋敷にしか行った事が無くて」

「だいぶ復興しましたよ、市場も立ちましたし、街も整備されています、どうしても兵士が多いのでその人達相手の商売が目につきますね、こんな風に子供達が増えていけばより復興した感じになるんでしょうけど、避難先で落ち着いている人も多くて、中々難しい事のようです」

「そうですかー」

エレインは気の抜けた返答をする、北ヘルデルは復興の途上にある、終戦からもう2年以上が経とうとしているが、戦前のような様相となるにはまだまだ時間も人も足りていなかった、クロノスを中心とした新しい統治体制の下で王国中から血気盛んな若者が集まってはいるが、モニケンダムのような戦禍に見舞われなかった都市と比べれば、まだまだこれからなのである、また、以前の北ヘルデルとの大きな違いとして、魔族への警戒の為に王国軍が常駐するようになり、クロノスの城を中心として要塞化が進められ、王国軍の苦手とする海軍も新たに編成されつつある、かつての北ヘルデルは中規模の海港都市であり、海産物と農業が中心の穏やかな都市であったが、その点に於いてもかつての姿とは隔絶の感があった、

「あ、エレイン様だー、テラさんもいるー」

やや離れた所で甲高い声が響き、二人が足を止めると、二人の視界に黒い影がよぎったと思うとミナがエレインの足に纏わりついた、

「わ、ミナさん、びっくりしたー」

「えへへ、外で会うの初めてよね、お買い物?」

ミナは満面の笑みでエレインを見上げる、

「通りかかった所ですよ、ミナさんはおつかいですか?」

「うん、レインもいるよ、お手伝いなの」

ミナの視線の先には買い物籠を手にしたレインが静かにこちらへ歩み寄ってきている、

「そっか、今日は何を買うんです?」

「えっとね、えっとね、レイン、なんだっけー」

ミナはパッとエレインから離れレインの元へ走り、二言三言話すと再びエレインの元へ駆け寄って、

「えっとね、お野菜とお塩だって、それと蜂蜜もあれば欲しいかもって」

「なるほど、そういえば、テラさん食事はどうなさいます?」

エレインが思い出したようにテラに問う、

「食事ですか?御屋敷の厨房を使わせて頂くものとばかり思っておりました、けど?」

テラは不思議そうに問い返した、本日2度目となる質問である、

「そうね、うーん、どうしましょう、私とオリビアや研究所の人達もですが夕食は寮で頂いているのですね、そこで急に打ち合わせしたりする事もあるので、出来ればテラさんも夕食は一緒にと思ったのですが・・・」

エレインは急に悩み始めた、

「いやー、私はほら自炊しますよ、寮とは基本的には無関係ですし」

「そうなんだけど、そういうわけにもいかないかしら?うーん、そうですね、ソフィアさんに頼めば笑って受け入れてくれそうですが、ま、戻ったら相談しましょう」

「はー?まぁ、はい」

テラは今一つ理解しておらず、取り立てて拒否する事も賛同する事もなかった、その理由が特に無いからでもある、それからレインが合流して立ち話の後、

「そうだ、馴染みの店へ挨拶はまだでしたね、ついでに回ってしまいましょうか」

エレインの発案によって、急遽4人は市場を回る事になった、

「みんなでお買い物ー」

ミナは嬉しそうにエレインの数歩前を歩いている、人が増えた為にはしゃいでいるのか時折振り向きつつ歩くものだから危なかっしい、エレインはやや大股で歩いてミナの手を取ると、

「迷子になっちゃいますよ、手を繋ぎましょうね」

「大丈夫だおー」

ミナは不思議そうに見上げる、

「もう、じゃ、ミナさんが迷子になるんじゃなくて、私がなりそうだからって事でね」

優しく微笑むエレインに、

「しょうがないなー、エレイン様はー」

エヘヘとだらしない笑みを見せミナの手に力が入った、

「ナジミの店ってどこー?」

繋いだ手を揺らしながらミナは楽しそうに問う、

「店舗に食材を下ろして貰っているお店ですよ、大きい所ですから、楽しいですよ」

「ホントー、ミナはね、リーサンネのお婆さんの所にいつも行くのー、レインがねーあそこは何でも良い物があるぞーって」

「へー、そのお店も面白そうね、レインさんが認めるお店であれば外れはないでしょうから」

エレインは後ろを歩くレインに振り返る、

「うむ、なんじゃ、エレイン嬢も分かってきたのう」

フフンとレインは不敵な笑みを浮かべる、

「あら、目利きに自信がおありなのですか?」

その隣りを歩くテラが楽しそうに問う、

「勿論じゃ、儂の目は誤魔化せんぞ、商人共はどうしても悪い物から売りつけようとするからの、あれはいかんな」

「まぁ、それは商人によりますよ、良い商人は良い品を優先するものです」

テラとしては商人として一括りに悪者扱いされてはたまったものでは無い様子である、眉根を顰めてそう言った、

「勿論じゃ、リーサンネの婆さんは口が悪いが良い商人だぞ、あと、いつもの肉屋もよい店じゃ」

「そう、ならいいです」

テラはやや安心したような顔を見せる、

「で、どこー?ナジミ?のお店ー?」

「あ、こっちですね」

エレインに案内され3人は市場の中程にある店舗に入った、戸口についたベルがカランコロンと鳴り、奥にいた店員が元気よく出迎えに走って来た、

「わー、いっぱいあるー、それに良い匂いー」

店内はミナの言う通り、果物や野菜の放つ様々な香りで充満していた、綺麗に並べられ重ねられた木箱で細い通路が形成され、木箱の最上段のそれは蓋が外され中身が見えている、

「凄いねー、いっぱいだねー、見ていい?」

「いいですよ、あ、外には出ないようにね」

「分かったー」

ミナはエレインの手を離すと木箱の中を一つ一つ覗きながら、レインと共にキャッキャと楽しそうである、

「これはエレイン会長ですよね、毎度ありがとうございます、今日は何をご所望で」

店員はエレインを確認すると早速揉み手になる、

「今日は挨拶をと思いまして、店長さんいらっしゃる?」

エレインは丁寧に答え、店員ははいはいと笑顔を崩さずにエレインとテラを奥に誘う、

「店長、お客様ー」

店員が大声を上げると奥の扉が開き男性が顔を出す、エレインの姿を見止め、

「これはこれは、エレイン会長、わざわざようこそ、毎度ありがとうございます」

男性は商売人らしい柔らかな笑顔を見せた、

「こちらこそ、忙しい所御免なさいね」

エレインはそう前置きしてテラを紹介した、テラが丁寧に頭を下げると、

「それはそれは、こちらこそ宜しくお願い致します、サンデル・フェルフーフ、フェルフーフ商会、モニケンダム支店の店長でございます、よしなにどうぞ」

サンデルは大袈裟に頭を下げ、

「こちらこそです」

テラはニコヤカに答えた、

「マフレナさんの紹介で取引を始めてね、他の飲食店と比べるとどうしても取り扱い量は少ないのですけど、気持ちよくお付き合いをさせて頂いているのよ」

「なんと勿体ないお言葉です、六花商会さんの料理はどれも斬新ですからな、評判も良いと聞いております、私どもとしましてもお役に立てて、実に嬉しい限りです」

「あら、そう言って頂けると嬉しいですね」

エレインとサンデルはニコニコとお互いを褒めあう、

「そうなりますと、今後はテラさんが窓口になるので?」

サンデルは笑顔を崩さずに問う、

「そうですね、少しばかり先の事になりますが、店舗を増やしていく過程でそうなると思います、ただ、現状は引き続きオリビアかマフレナが仕入れ担当になります、テラからも発注がいくと思いますのでその点御理解下さい」

「はい、ではそのように、なるほど、店舗を増やしますか、それは結構、楽しみですな」

3人はニコニコと笑いあう、サンデルは笑いながらも冷静に2人を観察する、マフレナから紹介を受けた時はエレインはこのような笑顔を見せるような人物では無かったように思う、やや硬い表情でマフレナの言葉に相槌を打つだけのお嬢様といった感があった、しかし、こうやって愛想を振り撒ける様になったのであれば、商売人として板についてきたという事であろう、それとも社会人として自覚せざる自覚を持ったのであろうか、どちらにしても商売人として一皮むけたと考えて良さそうである、サンデルはエレインに対する人物評価を少々修正する事とした、対してテラである、こちらの女性はどうやら生粋の商人であろう、口元は微笑みながらもサンデルを観察する視線は鋭く、店内の品に向けるそれは尚厳しい、サンデルの手前品の良し悪しは口にしていないが、かなりの目利きである事は伺い知れた、

「そうだ、では、どうでしょう、折角足を運ばれたのです、珍しい品が入りましてね、試してみませんかな、こちらです」

サンデルは木箱の一つを指し示す、木箱の中には見慣れないオレンジ色の干し果物が綺麗に並べられていた、

「干しあんずです、西の山間の品です、あんずは御存知ですかな?」

「いえ、初めて聞きますね」

エレインは素直に答えた、

「はい、先日から取り扱いを始めましてね、あんずは木になる果物でその甘味も味も一級です、それを干して保存できるように加工したものですね、どうぞ、お試しください」

皿に2枚取り出すと二人の前に差し出す、エレインとテラはそれぞれに手を伸ばすと小さく千切って口にした、

「まぁ、これは美味しいですね、うん、さっぱりとした甘味と酸味が良い感じです」

「はい、うんうん、メロン・・・とも違うし、独特の美味しさがありますね」

「でしょう」

サンデルは満面の笑みを浮かべ、

「夏の果物ですので、暫くは入荷するとは思いますが、希少ですね、干してあるので日持ちはすると思いますが、保管場所は考える必要があると思います、あ、あの事務所の地下であれば涼しいですし大丈夫かと思いますが、なにせ取り扱い始めたばかりですので、その点は御容赦を」

「なるほど、これは良いかもですね、スポンジケーキに混ぜても良さそうですし、ソースにしても良い感じかしら?」

「そうですね、ロールケーキに入れても美味しいかもですね、うん」

エレインとテラはうんうんと頷きあう、

「如何でしょう、一箱あたりこれくらいです」

サンデルが値札を見せる、

「うーん、高い事は高いですね」

「それだけの価値があるとも思いますが」

値札を見た二人は僅かに顔を顰めた、

「なに、なにー」

店舗内を一巡りしたミナとレインがエレインの元へ駆け寄った、エレインの足に捕まりエレインとテラを見上げる、

「おや、このお嬢様方は?」

「寮母さんの娘さんです、大事なお友達ですのよ」

「それはそれは、では、お嬢様方もどうですか、美味しいですよ」

サンデルはミナに小皿を差し出す、

「えっと、貰っていいの?」

ミナがエレインに確認すると、

「はい、試食ですね、美味しいですよ」

エレインの笑顔にミナはヤッターと素直な快哉を上げた、しかし、サンデルの手前、一瞬静かになるとそっと皿に手を伸ばす、

「えっと、いただきます」

上目遣いでサンデルを見るミナ、

「はい、どうぞ」

サンデルは笑顔で答え、ミナは嬉しそうに口へ運んだ、

「んー、美味しい、これ、これ、何?初めての味ー」

ピョンと飛び跳ねる、

「良かったです、あんずという果物だそうですよ」

「あんず、あんずかー、美味しいねー」

ミナはキョロキョロとサンデルとエレインに視線を送る、

「さ、そちらのお嬢様も」

サンデルは物静かなレインにも皿を差し出し、

「うむ、頂戴する」

レインは丁寧な礼の後に手を出した、

「ふむ、これは美味しいのう」

レインも笑顔を見せ、サンデルはそれは良かったと笑顔を崩さない、

「そうですわね、では、折角ですし、二箱程頂きましょうか」

ミナとレインの笑顔にエレインは踏ん切りが着いたようである、地場産のイチゴやミカンとは異なり遠方で採れた品という事もありその分値は張るが、店で使用すればこれはこれで売りになるであろうとの思惑である、

「それは、ありがとうございます、では二箱でこの値段で如何でしょうか」

黒板を手にして金額を記入するとエレインへ向ける、その額を一瞥したエレインは、

「どうでしょう、テラさんから見ると?」

テラへ値段の確認を促す、

「そうですね、まぁ、妥当かと、あまり厳しくしましても今後の取引に関わりますし」

テラはニコリと笑みするが、その微笑みは見る者によってはやや冷たいもののようである、サンデルは笑顔を維持しつつも、うーんと悩み、

「では、こちらを一箱お付けしましょう、そろそろ今年の物が出回りそうでしてな、在庫と言ってはあれですが、保存状態も良いですし、より甘味が凝縮されて美味しいと思いますが、如何でしょう」

サンデルは別の箱を差し蓋を開け布に包まれた中身を見せる、それは干しブドウであった、

「まぁ、これは嬉しいですね、そこまでされては買わざるをえませんわね」

テラはやっと優しい笑みを見せ、サンデルもややホッとした顔となる、

「ありがとうございます、では、御屋敷の方へお届けで宜しいですか?」

「ええ、今日中に届きます?」

「うーん、明日の便でお願いできますか?今日の手配は難しいですね、お急ぎであれば別途料金を頂戴したくなります」

「では、それで、あまり困らせても申し訳ありませんし」

「ありがとうございます、では」

サンデルは従業員を呼びつけるとそれぞれの箱を指差して指示を出し、木簡を取り出すと何事か書き付けて、

「こちらを確認下さい」

エレインとテラへ見せる、

「はい、確かに」

テラが頷き、木簡に署名する、

「毎度、ありがとうございます、では明日お届けで手配致します」

サンデルは嬉しそうに大きく頭を下げた、

「こちらこそ、今後とも宜しくお願いいたします」

エレインとテラも頭を下げ、ミナもつられて頭を下げる、レインは興味なさそうに別の箱を注視している、

「そうだ、ミナさん、何か欲しい物ありました?」

エレインがミナに問う、

「うんとねー、スイカが美味しいそうだった、あと、メロン有った、食べた事ないけど、レインが教えてくれた」

ミナが嬉しそうに飛び跳ねる、まぁ、とエレインが笑顔を見せ、

「でもね、潰れてるのがあったよ、レインがこれはイカンのー、って言ってた」

へ?とエレインが気の抜けた声を発し、サンデルは驚いて、

「えっと、お嬢ちゃん、どれの事?教えてくれる?」

慌ててミナに問う、

「うん、あっち、箱の下の方だよ」

ミナを先頭に一行は生鮮果物の集められた区画へ向かう、

「これ、ね」

ミナは箱の一つを指差してエレインを見上げる、見ると4つ程重ねられた木箱の最下段にある箱で確かに内側から濡れている様子である、ミナが悪戯してそうなったわけでは無いらしく、やや腐ったような臭いまで漂っている、

「おう、これは気付きませんでした、あー、箱が一部壊れて歪んでいるのかな?これはいかんな」

サンデルは急いで従業員を呼びつけて処理を指示する、

「えっと、怒られる?」

ミナは慌てるサンデルの様子を見て不安そうにエレインを見上げた、

「大丈夫ですよ」

エレインは優しく答え、そっかとミナは安心したようである、

「まったくです、いや、これは失礼を、子供の目線だから気が付いた事ですな、うん、お嬢ちゃん、ありがとね、うん、じゃ、これを一つ・・・いや、スイカは重いな、あー、こいつを差し上げます、お駄賃だよ」

サンデルは近くの箱からメロンを二つ取り出すとミナとレインに差し出した、

「えっと、いいの?」

ミナは再びエレインを見上げ、レインも困ったような顔になる、

「いいのですよ、ミナさんとレインさんが見付けてくれたお陰です、頂いて大丈夫ですよ」

テラが優しく答え、

「そっか、うん、じゃ、頂きます、ありがとう、おじちゃん」

「うむ、騒がせたしまったかの」

ミナの屈託のない笑顔にサンデルも笑顔を見せた、それから4人はフェルフーフ商会を辞して市場へと戻る。
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