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本編

26話 優しい小父さん達と精霊の木 その9

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「さ、二人共、これが儂の自慢の植物園じゃ」

学園の一角、それは学舎からやや離れた、研究室が集められた棟の南端に作られた吹き抜けの大きな部屋であった、室内は広いが茂った植物の為にその大きさは一望しただけでは不明確で、しかし、緑の間に僅かに見える対面の壁は遠く、その部屋の巨大さを実感させた、さらに天井は高く屋根はなんとガラス製で三角形のそれで幾枚も組み合わされて球形の屋根が形作られている、その為室内であるというのに太陽光がふんだんに入り込み、その部屋の主たる緑色の住人達に優しくも力強く活力を注いでいる、

「どうじゃ、すごいだろ、ん?」

その部屋の管理人たる学園長はさらにそう言って自慢げに3人を見た、

「すごーい、お部屋の中なのに、明るいね」

「ほう、これは良いの、暑いほどの大気じゃな、ほう、木も生えとるぞ」

「ホントだー、お部屋の中なのにね、すごいね、すごいね」

ミナとレインはキャッキャと素直に驚き、喜び、嬉しそうに賛辞の声を上げ、ソフィアはあー物好きが此処にもいたよと呆れて声も出せない、

「ふふん、では、まずの、カズラじゃ、こっちにあるぞ」

学園長は嬉しそうに3人を植物園に招き入れる、所狭しと生え茂る植物達は鉢植えの物もあれば床石の上に土を盛って植えられているものもある、それらは煉瓦で土留めをしているがその隙間から黒い土が溢れ出ており、本来の床と通路を浸食していた、

「すごいね、すごいね、ここにあるのって、この御本に書いてあるの?全部?」

ミナは大事そうに博物学の本を抱えて来ていた、

「おう、そうじゃの、3割程度かの、比較的に育てやすい植物ばかりじゃな」

「へーへー、サンワリ?」

「10の内の3ということじゃ、ミナは分数は苦手じゃったの」

「ほー、分数は苦手か、レインさんは得意なのか?」

「算学は好きじゃぞ、あれは実に明確で気持ち良い」

「むー、ミナも計算できるもん、オリビアに褒められたもん」

「そうじゃったのう、でも、まだまだ、まだまだ、じゃ、算学に終わりは無いのじゃ」

「レインさんは博学じゃのう、するとどうじゃ、大工共が得意のあれは」

「大工が得意なのはあれじゃろ三角じゃろ、あれはすごいの、あの、なんじゃ曲り尺か、あの棒一本だけで計算もしとらんじゃろ、見ていて気持ちが良いの」

「ほう、これはたまげた、あれは大工の秘中の秘じゃぞ、見ただけで分かったか?」

「当然じゃ、それとな、大工のあれも面白いな、ほら、水平を取る水桶と垂れ糸」

「ほうほう、確かにの、ならば、それを発展させた水平袋というのもあるぞ」

「む、それは知らんな、どういうものだ」

「むー、また難しい話ししてるー」

「ミナも見とったろうが、大工道具の話しじゃぞ」

「大工さんだとあの細い棒のが好きー、木を削るのよ、シャーシャーって」

「かんなじゃな、確かにあれは気持ちが良いの」

「でしょでしょ」

3人は緑に囲まれた狭い通路を歩きながら実に楽しそうである、ソフィアはその後ろを歩き、話しに混ざれなかったが、雑多な植物を眺めるのに忙しくキョロキョロと静かに楽しんでいた、常より各地を周ったと口に出すソフィアであったが、その彼女でもこの植物園には初見の植物が多いと感じる、単に彼女がそういう視点で旅をしていたわけではない故でもあるし、人にとって安全な道を辿るという事は人にとって危険な自然を避けるという事でもある、そうなるとお目にかかれない植物や動物、魔物の類は当然のように多い、私もまだまだなのだなとソフィアは何とはなしに思い至った、

「さて、これじゃ」

唐突に学園長は歩みを止め通路脇の一角を指示した、

「え、わ、あ、これだ、これだ」

ミナが興奮して叫び、

「うむ、なるほど、意外とでかいの、もう少しこじんまりしておるかと思った」

「そうじゃろ、でかいのじゃ」

ほっほっと学園長は笑う、件の食虫植物、学園長がカズラと呼ぶ植物である、鉢植えのそれはやはり奇妙な形をしていた、葉や茎は低く地を這う植物に似ているが、葉の先が変形して長い袋状の物体が付いている、それが本に描かれた図であった、図の通りに蓋のような葉と実物を目にしてやっと理解できたが、袋部分もやはり葉で出来ている様子である、

「での、まずはそうじゃのう、匂いを嗅いでみなさい」

「匂い?」

ミナが言われるがまま顔を近づけ、

「わ、くさい、くさい、やー」

途端、悲鳴を上げて飛び跳ねた、

「じゃろー」

学園長は楽し気に笑う、

「ひどいー、すんごい、嫌な臭いするー」

「どれどれ」

レインも顔を近づけ、

「む、これは、すごいの、なんの臭いじゃろ?腐った肉か、糞便か、しかし、どちらでも無いの」

「ふむ、レインさんは冷静じゃの、この臭いでの蠅を寄せるのじゃ、での」

と学園長は楽しそうに解説を始めた、本来は蔓植物で大木に寄り添うように生える事、袋の中身の液体及び袋そのものの構造等々である、二人は静かにしかし熱心に傾聴し、ソフィアも一緒にうんうんと講義に耳を傾ける、

「で、じゃ、大事な蓋の部分じゃがな」

学園長は懐から筆を取り出すとそれを袋の中へゆっくりといれる、すると、パタリと蓋が閉じた、

「わ、動いた、ね、今、動いたよ」

「ほう、こういう事か」

「ホントだ、凄い」

ミナは驚いた顔で皆の顔を見回し、レインは感心して溜息を吐く、静かにしていたソフィアでさえ思わず声を上げた、

「つまりの、袋の底に棘があるのじゃが、それに何かが触れると蓋が閉まるんじゃな」

「へーへーへー」

「なるほどのう、そうかこれで誘われた虫を逃がさないという事か」

「うむ、良くできているじゃろ、まさに神の英知か悪戯かと驚いたもんじゃ」

「えー、でもでも、どうやって蓋が閉まるの?なんでかは分かったけど、どうやって?」

ミナは本来の疑問を思い出して学園長に問う、

「むー、それは難しいのう」

学園長は顎をボリボリと掻き、

「では、もう一つ見せたいものがあるんじゃが、そっちも見てみるか」

学園長は筆を優しく抜き取ると、

「あー、これは洗わんとな」

と言いながら鉢の奥に筆を置いて立ち上がる、

「こっちじゃ」

学園長は再び先導し、これまた小さな鉢植えの前で足を止めた、

「これはわかりやすいぞ」

それは、その辺に生えていそうな草である、名もなき雑草として誰も注視しないような外見であった、

「これ?普通の草?」

「ふむ、普通じゃな」

「こりゃこりゃ、学問に於いては普通等という言葉は中々に使えるものではないのだぞ、ほれ、ミナさん、葉っぱに優しく触れてみよ、優しくじゃぞ」

ミナは言われた通りにそっと指先をその葉に触れさせた、途端、葉は茎を中心にして折れ曲がり開いていた葉が一瞬で閉じてしまった、

「わ、わ、動いた、閉じた、え?え?」

「ほう、これも凄いの、またこれはどうしてこんな事をするんじゃ?」

「こっちは可愛いわねー」

ソフィアもミナの上から覗き込んでいる、

「うむ、恐らくじゃが、葉を食べる動物から身を護る為なんじゃないかと、儂は思っておるのだが、なら、他の植物も同じように動いて然るべきなのじゃ、それに、こ奴は雨が降っても葉が閉じるからのう、あまりに動き過ぎる、うん、これも神の悪戯なのかのう」

「面白いねー、別の葉っぱも動くの?」

ミナはツンツンと他の枝の葉にも触れていき、やがて全ての葉が閉じてしまった、

「もー、ミナはー、儂も触りたかったのにー」

「あー、レイン、ごめーん、えっと、開く?」

ミナは泣きそうな顔で学園長を見上げた、

「大丈夫じゃ、暫くすれば開くぞ」

「良かったー、開いたらレインの番ね」

「当然じゃ」

プリプリと怒るレインにミナはエヘヘと誤魔化し笑いを浮かべ、

「それとの、これも面白いのだが」

と学園長はニヤリと笑い、

「この草はの、夜になると眠るのじゃ」

「えっ」

3人の驚いた声が植物園に響き渡った。
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