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本編

22話 鏡工場と根回しと その8

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「すいません、疲れました」

「はい、私も」

「えへへ、ちっさいカエルがいたのよ、あと、こんなおっきい蜘蛛とか」

「ふう、取り合えずですかね」

寮の食堂に戻ったそれぞれはそれぞれに大きく溜息を吐いた、

「お疲れ様、ま、良かったんじゃない?やっぱり二人を連れて行ったのは正解だったわね」

「いやー、勘弁して下さいよ、変な汗かいちゃって恥ずかしかったですよー」

「そうですよ、もー、あー、もー」

ブノワトとコッキーは席に着くなりテーブルに倒れ込む、

「そうね、そうだ、ソーダ水頂いて来るわ、皆さんは休んでいなさい」

そう言ってエレインは表に出る、

「あー、すいませんエレインさん」

ブノワトは何とか上半身を起こすが再び倒れ込んだ、

「そうだ、ソフィアさんちょっと伺ってもいいですか」

コッキーが倒れ込んだままソフィアを見上げる、

「なーに?」

「あの、失礼かもですが、パトリシア様って・・・」

と言葉を濁す、

「あ、私もそれ気になった、あと、クロノス様って・・・」

ブノワトは顔だけを上げてそう言って、

「もしかして、あのクロノス様ですか?」

「・・・あのが何を示しているのかは明確ではないけど、あのクロノス様だと思うわよ」

ソフィアは涼しい顔である、

「本当ですか・・・ひゃー、うーん、困ったなー」

ブノワトは再びテーブルに突っ伏した、

「へ、ねーさん何一人で悶えてるんですか、クロノス様って?」

コッキーがブノワトに問うと、

「あー、あのね」

ブノワトはコッキーに耳打ちする、

「えー、嘘ー、英雄様で、す、か・・・」

コッキーは信じられないといった顔でソフィアを見上げた、

「あー、そうね、基本的には今日の出来事は一切他言しない事、もし噂でもそう言った話しが出回ったら、私もエレインさんも、そしてブノワトさんの所は一家もろとも、コッキーさんの所も同様に、この世から無くなるからね、気を付けてね」

ニコリと笑みするソフィア、

「は、はい、分かりましたー」

コッキーは力なくテーブルに突っ伏して、

「うわー、うれしー、けど、けど」

ぶつくさと一頻り騒ぎ大きな溜息と共に起き上がる、

「はい、理解しました、しきれないけど」

「わっ、コッキーすげー、これが若さか」

ブノワトも漸く起き上がり、

「分かりました、エレインさんからもその点強く言われておりますので、家族にも言いません、はい、秘密は此処だけで」

「そうですね、ねーさんとの秘密はいっぱいありますから、黙ってるのは得意です」

二人はやや高揚している様子である、慣れる事が出来なかった非常識な空間での長時間の緊張の反動であろう、

「そうね、二人共落ち着きましょう」

ソフィアが困った顔で笑った所にエレインが盆にソーダ水を乗せて入ってきた、

「わ、すいません、エレインさん、運ばせてしまって」

コッキーが席を立つ、

「大丈夫よ、ほら、あれがあるからね、今は知っている人は少ない方がいいでしょ」

エレインは視線で大鏡を差す、

「さ、どうぞ、ミナさん、レインさんも」

一同はテーブルを囲んで冷たいソーダ水で一服するのであった。



「そうしますと、どうします?」

ブノワトが何とか落ち着きを取り戻した様子でエレインに問う、

「何が?」

「えっと、まずは、鏡の生産ですね、こちらで勝手に作る段階は過ぎたかなとも思います、ソフィアさんの合格も頂きましたし」

ブノワトがソフィアを見ると、ソフィアは柔らかい笑顔で返答に代えた、

「そうね、そうなると正式に発注するという形が良いのかしら?」

「はい、商品としては大鏡とあわせ鏡、それと手鏡ですか、値段の相談も改めてと思いますし、発注数量を頂ければ納期を出すことも難しくないかなと思います」

「なるほど、そうなるとどうしましょう、それぞれに発注する?お金の流れはどうしましょう?」

「あ、うちはあれです、ねーさんの下請けって形が楽でいいです、とりっぱぐれが無いですし」

「あらそう、じゃ、ブノワトさんの方もそれで良い?」

「まあ、コッキーがそう言うのであれば、はい、そうですね、一般的な値付け作業をしっかりやらないとですね、材と工賃を出して、運搬費も考えておいてか」

とコッキーを見る、

「分かりました、こちらは対応できますよ」

「じゃ、取り纏めて別途相談で良いですか?」

「わかりました、お待ちしますわ、それが出てから販売価格も考えましょうか、実際の所、現段階では値段が付かない品であるのは確かなので」

「そうですよね、まぁ、正直にやりましょうか、泣きを見る破目になるのはあれなので」

ブノワトは腕を組んで頷いた、

「あ、ただあれね、先に領主様向けに大鏡を1つ、あわせ鏡を1つ、それと手鏡は2枚あればいいかしら?作成お願いできますか?」

「はい、それと、どうしましょう、えーとパトリシア様?クロノス様?」

ブノワトは本日面会したやんごとなき人達の呼び名に迷う、

「あー、リシア様で統一しましょう、こちらにいらっしゃった時もリシア様とお呼びするようにね」

「あぁ、良かった、そうですね、はい、リシア様からの注文分の作成も始めますね、お時間を頂いたのでゆっくりはしませんがしっかりとした品を作ります」

「それは心強いわね」

エレインがそれからと言葉を続けようとした所で勝手口に来客のようであった、ソフィアがパタパタと出迎えに走り、その客は表玄関へ回され、

「あら、これはまた面白い事を」

と玄関口でソフィアと笑い合い、ややあって食堂へ入って来る、

「先程はありがとうございました」

来客はアフラであった、革袋を下げてニコニコと笑顔である、

「あ、これは、こちらこそ、ありがとうございます」

反射的にエレインは立ち上がり、他二人も一瞬ポカンとしてアタフタと腰を上げる、

「わー、アフラだー、どうしたのー」

ミナが走り出しその足に纏わりつく、

「ミナさん、先程はありがとね、お礼の品を持ってきましたのですよ」

とにこやかにミナをあやすと、

「良かった、お三方お揃いですね、返礼の品をお持ちしました、それとクロノス様からの御伝言もあります」

「えっ、わざわざですか、お忙しい中申し訳ございません」

エレインは恐縮し、ブノワトとコッキーは再びあの緊張を思い出す、

「まぁまぁ、さ、アフラさんこちらへ、ソーダ水を用意致しますね」

ソフィアが席を作り表へ向かう、

「あ、ソフィアさん、お代は私にと申しつけて下さい」

エレインが慌ててその背に叫び、ソフィアは了解と返す、

「皆さんお寛ぎの所すいません、早速ですがまずはこちらを」

アフラは笑顔を崩さず席に着き、革袋から布袋と厚い木板を取り出す、

「こちら、クロノス様からの産業振興奨励となります、お受け取り下さい」

三人それぞれの前に木板を一枚ずつ差し出した、それは分厚く大きい板で表面にはロレンシアの紋章とクロノスの名前それと産業振興奨励と彫られている、

「あの、これは」

エレインは木版に目を落とし問うた、

「はい、北ヘルデルでは農業、工業、畜産といったあらゆる産業に対して振興策をとっております、こちらはその証ですね、北ヘルデル領主ロレンシア家のお墨付きとなります、各貴族が御用達の看板を配っておりますがそちらのより広域なものとお考え下さい」

「それは、また、特別な」

ブノワトはボソリと呟く、

「確かに特別です、本来であれば北ヘルデル領内のみに限定されておりましたが、特別に贈ろうと急遽決まりまして」

「えっと、こちらはどのようにするのが正しいのでしょうか」

「本来であれば事務所や店舗の見える所に掲げて頂ければと思いますが、こちらでは、そうですね、どのように使うかは任せるとの事でした」

「えっ、そんな曖昧な・・・」

「まぁ、クロノス様の言葉を借りれば上手い事使えという事なのです」

アフラはニコヤカに笑みする、

「はぁ・・・」

三人はそれぞれにどう反応して良いか困った顔である、

「それと、こちら」

とそれぞれの前に布袋を置いた、重そうな金属音が響く、

「こちらは奨励金です、お納め下さい」

「えっ」

と三人が驚いている所にソフィアが戻りアフラの前にソーダ水を供した、

「ありがとうございます、ソフィアさん」

アフラは早速と手を伸ばす、

「いえいえ、で、どうしたの?」

「はい」

とソーダ水を美味しそうに飲み込んでアフラは概要を説明する、

「なるほど、良かったじゃない、素直に貰っとけば」

ソフィアの雑な言葉に、

「そんな、恐れ多いですよ」

「そうですよ」

ブノワトとコッキーは泣きそうな顔である、

「あら、それだけの事をやったのよ、褒められて然るべきと思うけど」

「そうですよ、ガラス鏡にはそれだけの価値があると思います・・・するとあれが試作品なのですね」

アフラの視線の先にはガラス鏡がある、贈ったものと比べれば遥かに質の悪い品であるが、それでもしっかりと室内の光景を映し出していた、

「わかりました、謹んでお受けいたします」

エレインは布袋に両手を伸ばし優しく包み込んだ、

「よかった、一つ申し上げる事があるとすればそちらの金子は今後の発展振興に対する助成金とお考え下さい、工場の拡充、店舗の新築等、商売を広げる為に使用する事を推奨しております、その点御理解頂ければ幸いです」

「確かに、クロノス様のお気遣いしかとお受け致します」

エレインは意志の籠った瞳をアフラに向けた、

「あの、私達は・・・」

ブノワトとコッキーは難しそうに顔を見合わせる、

「あら、クロノス様のお気持ちを袖にする事はできませんよ」

エレインは静かに言った、二人は驚いてエレインを見る、

「こういった品やお金を断る事は失礼にあたります、クロノス様に対してもそうですが、アフラさんに対しても大変失礼な行為です、素直に受け取るべきです、さらに言えば先程アフラさんがお話したように今後の仕事に活かすべきです」

エレインは涼しい顔で言ってのけるが、それが貴族的な考え方なのかと二人はやっと理解した、

「わかりました、謹んでお受けいたします」

「はい、私も、あ、でも、どうしよう、急に大金を持っていったら何て言われるかな」

コッキーは現実的な問題を心配する、

「そうですね、私とブノワトさんも同席して説明しましょう、そして、出来ればですが、ブノワトさんの所とコッキーさんの所、それぞれの長にお会いしたいとも思っておりました」

「それはこちらからお願いしたいと思っておりました、良かった、ありがとうございます」

コッキーはほっとした顔を見せ、

「そうね、うちもちゃんと挨拶させたかったのよ」

ブノワトも同意する、

「そうしますと」

三人は具体的な打合せを始め、アフラとソフィアはそれを頼もしく眺めるのであった。
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