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本編

22話 鏡工場と根回しと その7

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ミナとレインはメイドを従えて庭園に駆け出し、空いた席にクロノスがドカリと座る、

「なるほど、大したもんだ」

パトリシアから仔細を聞いたクロノスはブノワトとコッキーを見る、

「なんだ、お前の回りには有能な若者が集まるようになっているのか?」

それからソフィアを睨むと供されたロールケーキを口に運び、

「なんだこれは、美味いな」

と実に忙しない、

「まったく、落ち着いて下さい、どうしたのです?らしくない」

パトリシアは眉根を寄せ、

「そうよ、なんか焦ってる感じよ」

「そう言うな、この腹を見ろ、上から見たら大した事は無いと思っておったのだが、あの鏡を見たらな、焦りもするわ」

と言いつつロールケーキは次々と口に運ばれている、

「なら、食べるのをよしなさいよ、摂生するんじゃないの?」

「うむ、これを食べたらな、客人が持って来た物を残す事なぞできんだろう」

「そうですけど、まだ、あるんですよ、食べ尽くすつもりですか?」

「そうなのか、また、なんでそんなに」

「エレインさんがメイド達にもって用意して下さったのです、その心遣いに敬意を持つべきですわ」

「なるほど、それで皆集まっていたのか、エレイン嬢、礼を言うぞ」

と言いつつクロノスはロールケーキを平らげて、

「ふー美味かった、これは何と言う料理だっけ?」

とソフィアに問うた、

「あー、さっきパトリシア様が丁寧にお話してましたよ」

「そうですよ、聞いてなかったんですの?」

「そうか、で、いつから店に出すんだ?」

クロノスがエレインに問う、

「はい、秋にかけて、来月半ば以降と考えておりました」

「なるほど、また、そちらへ遊びに行く理由が増えてしまったな」

と微笑む、

「それは、これ以上ない褒め言葉と思います」

エレインは静かに頭を下げる、

「まったくもう」

とパトリシアはクロノスを睨む、

「では、私達はこれで、エレイン様御馳走になりましたありがとうございます」

クロノスが落ち着いたタイミングに、側仕えを代表してパトリシアの乳母がエレインに腰を折る、

「お楽しみ頂けたのであれば幸いです、またこちらにもお越し下さい、お待ち申し上げておりますわ」

エレインは立ち上がると優雅に腰を折り返礼とした、メイド達はパトリシア達の席に頭を垂れて音もなく退出する、

「ふむ、ではと、あの鏡の件だがな、どうするつもりだ?」

少し落ち着きを取り戻したクロノスがソフィアに問う、

「どうと言われてもね、私としては良い物が出来たからそれでいいかなって思ってるんだけど」

「そういうわけにはいかないだろう、貴族どころか金持ちはこぞって買うぞ、一財産どころの騒ぎで収まらんだろう」

「やっぱりそう思う?で、少しは考えているんだけど、エレインさんに一任しようかなって思っていてね」

とソフィアはエレインに視線を向ける、同時に皆の視線がエレインへ集まった、

「またそんな事を」

エレインは口をへの字に曲げる、

「以前、話したでしょ、ほら、夜中まで」

「そうですけど・・・」

とエレインは暫し考え、

「今日お持ちしたのはその点をどのようにするかの相談もありまして」

エレインは前置きして、

「近日中にモニケンダムの領主様へも同様の品をお届けしようと考えておりました、幸運な事に、あちらの御息女と奥方様と知己を得まして、その後に、こちらの二人を中心にしてガラス鏡のギルド若しくは組合のような物を作れたらと考えております」

こちらの二人と呼ばれたブノワトとコッキーは驚いてソフィアを見つめる、

「ほう、考えているな」

クロノスはニヤリと笑みする、

「はい、当初は高額な商品になるのは仕方が無いと思いますが、将来的には誰もが気軽に買える商品になればと考えております、無論、我が商会としては出来ればその販売を一手に握りたいと考えますが、現状のみを考えた場合仕事量を熟せる自信がありません」

「なるほどな」

「しかし、商会としてはこれほどの品を簡単に他者に譲るなど愚の骨頂かと、ですが、やはり経験もそうですが規模の小ささが問題かと思います」

「ふむ」

とクロノスは腕を組み、暫し目を閉じる、

「確かトーラーが屋敷を贈ったと聞いたが?」

「はい、身に余る物でした、現在事務所として活用しております、とてもありがたい事です」

「そうか、であれば・・・人も足りないであろうし、何よりも代表が小娘ではな、クレオノート家の後ろ盾があっても暫くは難しいであろうな」

「まったくその通りかと思います、失礼かと思いますが王家とクレオノート家の後ろの公爵家との諍いも聞いております、私としましては王家並びにクロノス様に弓引く形になるのではないかと懸念もしておりました」

「ふん、そこまで理解しているか、大したもんだ」

クロノスは苦笑いを浮かべ、

「すぐにどうとは動けんな、近衛どもでは経営云々は難しいだろうし、ルーツの所は・・・もっと酷いか、そうなると・・・ソーダ粉末の業者とは会ったか?」

「いいえ、特に連絡は無いです」

「そうか、こちらからせっついてやるか、あそこも人員が少ない所から始めているからな、もう暫し待て、そうなると、学園から人を回してやろうか、確か面白い人物がいたな、リンド」

クロノスは席を立つとテーブルからやや離れて囁き声で指示を出す、そして席に戻ると、

「こっちの研究所で雇った者なのだが実家が大店でな、暫く別の商会で修行していたらしい、中々に才のある人物でな、研究所の品を商品化した際に使えるかと思って雇ったのだが、それ自体がかなり先の話になりそうで持て余していたのだ」

「まぁ、あなたが他人を褒めるなんて珍しい」

「そうか?ついでに中々の美人だとも付け加えるか?」

「まぁ」

パトリシアはジロリと睨む、

「あっはっは、そう睨むな、お前達の所のカトカも凄いがな、そいつも中々だぞ、あと、酒癖が悪いらしい」

「まぁ」

「しかし、歳がな、俺と同じ位だ、どうも子供が出来にくいらしくてな、2度離縁している」

「そこまで仰らなくても」

「ん、まぁ、そうだな、今のは忘れてくれ」

クロノスは言い過ぎたかと頭を掻いた、

「では、その方を紹介して頂けるのですか?」

「そうだな、力になる事は確実かな、それを表に出しつつエレイン嬢は要所要所で姿を見せれば良い、何よりもこちら側の人間だからな俺としては安心感が違う」

「なるほど」

とエレインは頷いた、

「相談役としても優秀だと思うぞ、採用不採用はエレイン嬢に任せるのは当然だし、不採用であっても後腐れは無いと言っておく、俺にはルーツのような器用な真似は出来ないからな、そいつの真意までは知らないが、少なくとも俺から見た感じでは真っ当な人物だ」

そこへリンドが木箱をクロノスへ手渡した、中を開け羊皮紙を一枚取り出し目を通す、

「うん、間違ってはいないな、別途面接の日を設定しよう、どうだ?」

「はい、ありがとうございます、お手を煩わせて恐縮で御座います」

エレインはスッと一礼する、

「よいよい、気にするな、でだ、エレイン嬢の懸念に関しては・・・特に王家と公爵家との問題については、あまり気にするな、貴族出身とはいえ商会程度が口を出して良い事ではないし、変に聡いと便利に使われて、切り捨てられるのがオチだ」

クロノスの辛辣な助言にエレインは黙して頷く、

「エレイン嬢の気遣いは嬉しく思うが、国全体を思えば新しい産業が生まれたのだ、これは喜ぶべきことだぞ、それにクレオノート家は武才は無いが良い統治者だ、その点は評価しているぞ、感情的な問題もあるし、対立構造もあるが、なに、小さな商会の、さらに娘と嫁の友人の扱いを間違える事は無いだろう、要するに」

クロノスは一旦言葉を切って、

「こちらは気にするな、上手い事やれってことだな」

と続けた、

「わかりました、お心遣いありがとうございます」

エレインは紳士に頭を下げた、

「うむ、まぁ、かといって突き放したわけではないぞ、いつでも相談してくれ、直接でも良いしパトリシア経由でも良いぞ、婦女子に頼られるのは男子の本懐だ」

クロノスは破顔したがパトリシアはその笑顔をジロリと睨み、

「エレインさんは私の友人ですのよ」

冷たく言い放つ、

「分かっているよ、問題はな、こいつとあいつが側にいる事だ、俺の目が届かないと思って好き放題やりおってからに」

クロノスはソフィアを睨む、こいつとはソフィアの事であろう、あいつとはユーリの事かそれともタロウの事か、

「・・・こいつって誰かしら?」

ソフィアはわざとらしく庭園に視線を移す、

「まったく、まぁよいわ、話は変わるが、あの鏡はなんぼだ?」

クロノスは苦笑いでエレインを見る、

「なんぼ・・・とは?」

「幾らで譲る?」

「あ、はい、今日お持ちしたのは試作品でございまして、差し上げようと思っておりました」

「は?」

「え?」

クロノスとパトリシアは驚いている、

「何も見せびらかす為にお持ちしたのではありません、あちらよりは数段落ちるのですが、もう一枚寮の食堂に置いておりまして、お二人がこちらへいらっしゃった時に・・・」

とエレインは言葉を探して、

「その、騒動になる前にと思いまして」

と消え入りそうな声で付け足した、その言葉に二人は同時に笑いだし、

「そうか、それもそうだな、騒動か、言われてるぞパトリシア」

「なんです、あなたの事でしょうに」

二人は明るく笑いあって、

「いや、心遣い感謝する、で、あれはその二人が作成したのか?」

とクロノスは上機嫌で、ブノワトとコッキーを出しにしつつ楽し気な会話に花が咲くのであった。
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