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本編

21話 美容の師匠は鏡の前に その7

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翌日、ブラスがブノワトとコッキーを連れて寮を訪れた、正午をやや回った時間である、

「あら、いらっしゃい、御三人さんねー」

とソフィアが笑顔で迎える、

「すいません、いろいろあるんで纏めて来ました」

エヘヘとブノワトとコッキーは笑みを浮かべ、ブラスは何やら木箱を抱えていた、

「えっと、ユーリ先生はいます?」

「あー、どうだろう、授業は終わってる時間だとは思うけど、じゃ、打合せは上でやる?」

「そうしていただけると嬉しいですねー」

とスリッパに履き替えた三人はソフィアに連れられ3階へ向かう、

「3階は外履きなんですか?」

階段の踊り場でつっかけに履き替える、

「ありゃ、これも良いですね、工場内はこれでもいいかもなぁ」

とブラスは足先でつっかけを弄び、

「そうね、あ、でも、危ないかな?軽くて楽なのはいいけどねぇー」

ブノワトも簡単な履物に御満悦らしい、

「カトカさん、ユーリはまだ学校?」

ソフィアが先に立ちカトカに問うた、

「はい、まだ学校ですね、そろそろ来る頃合いかな」

サッとこちらを振り返ったカトカに、

「わ、綺麗な人ー、って、あ、カトカさん、うそー」

「えっ、カトカさん・・・ですね、どうしたんですか?」

女二人は驚きつつも言葉を発し、

「・・・」

ブラスは言葉も無くカトカを見詰めている、

「あら、皆さん、御機嫌用、ちょっとね、師匠・・・は駄目になったんだっけか、そうですね、ユーリ先生に聞いてみてください」

柔らかく微笑むカトカ、

「・・・すげぇ、綺麗だ」

ブラスが呟く、

「そうね・・・」

ブノワトが静かに同意し、

「・・・」

コッキーは視線を外さずに頷いた、

「じゃ、打合せ室使うわね」

「はい、どうぞ、所長が戻ったらそっちにやりますね」

「よろしくー」

こっちよーとソフィアが打合せ室に入り、三人は慌ててその後に続いた、

「いや、びっくりです、何があったんです?」

部屋に入るなりブラスが問い掛ける、

「何でしょうねー、ま、ユーリの機嫌が良ければ教えてくれるかもね」

「ユーリ先生ですか・・・」

「うん、何か・・・何かです」

「さ、あ、お水あるわね、この部屋も打合せ室らしくなってきたわ」

三人を座らせるとソフィアは壁際のテーブルに置かれた水差しを手にする、

「で、今日はなんの相談?」

「あ、はい、裏の工事の見積と、ガラス鏡と四本爪フォークの見本をお持ちしました、それと泡立て器の納品ですね」

「そっか、それでコッキーさんがいるのね」

「はい、すいません」

とコッキーは恐縮している、

「全然、良いわよー、職人さんの生の声は大事だわ」

とコップをそれぞれの前に置き、

「じゃ、簡単な方からかしら?」

ブラスを見ると、

「はい、じゃ、これですね、フォークの見本です、以前話した通り試作品を作ってきました、ソフィアさんの構想に近い物を教えて頂ければと思います」

ブラスが床に置いた箱から試作品を取り出し、

「こんな感じなんですが」

5本の木製フォークをソフィアの前に並べる、パッと見ただけでは違いは少ない、

「なるほど、仕事が早いわねー」

とソフィアはニコニコしながら手に取った、一つ一つじっくりと細部を観察する、

「これが良いかしら」

と一本をブラスに差し出した、

「こちらですか?」

「えぇ、こんな感じで爪の部分は真っすぐ、首の近くが緩やかになっているのがいいわね、それと、これは改善点としてなんだけど、側面をナイフのように使うのね、だからこの両側面を薄くして、但しナイフのように尖らせる必要は無いの」

「なるほど、なるほど」

ブラスはフォークを手にして黒板にメモを取る、

「そうね、そんな感じで20本程度用意できる?」

「はい、喜んで、あ、お代はこれ位で如何でしょう?」

ブラスは黒板に書きつけソフィアに向けた、

「それでいいわ、急がないけど、ま、しっかり作ってもらえればいいかしら?」

「はい、ありがとうございます、出来次第納品しますので」

とブラスはニコリと笑みを見せる、

「では、こちらの相談を」

とブノワトが切り出した、ブラスはそれを受けて箱から数枚のガラス鏡を取り出す、

「わ、早いわね、すごいすごい」

「えへへ、助言に従いまして、銅鏡の一般的な大きさで作ってみました、如何でしょう」

円形のそれは木製の枠のみのシンプルな手鏡である、持ち手はついておらず、男性の手を大きく開いた程度の大きさであった、

「綺麗ねー、うんうん、これなら十分商品になるわね」

「そうですか、良かったー」

ブノワトとコッキーはホッと胸をなでおろす、

「これが、3枚?」

テーブルに置かれたそれらはどれも遜色無くソフィアを美しく映し出していた、

「はい、で、相談なんですが、あれから二日ですか、で、完成したのがこの3枚だけなんですね」

「なるほど、これは高価な物になりそうね」

「ええ、そこが問題かなと思っておりまして、私もコッキーもほぼほぼかかりっきりで、ずーっと磨いてました、こう、シコシコシコシコって感じで」

「?それが嫌って事?」

「あ、いえ、それはいいんです、ただ、今後を考えるとその効率的に作業するには・・・とか」

「はい、大量に作りたいと思ってはいるんですが、作業的に何か良い案はないかなと思いまして」

ブノワトとコッキーは揃って難しい顔をしている、

「うーん、効率的と言われてもねー、そうだ、エレインさんに相談してみる?」

「エレインさんですか?」

「そうね、例えばだけどこの鏡一枚が金貨一枚で売れたとしたら、どう?」

「えっ」

「金貨一枚ですか?」

「そりゃ、すげー」

「前にブノワトさんが言ってたじゃない、生徒達に講習した時に」

「えっと、なんでしたっけ?」

ブノワトはポカンと聞き返す、

「ほら、屋台の商品の値付けについて、平民と貴族ではまるで価格が違ったでしょう?」

「あーあー、そんな事もありましたね」

ブノワトは思い出して照れ笑いを浮かべる、

「そこでね、エレインさんにこのガラス鏡が幾らで売れるかを相談してみましょう、仮に金貨一枚でエレインさんがそちらから購入して、販売価格が金貨二枚とか、そういった価格設定なら、現状の生産体制でも十分に儲かるでしょ」

「それなら儲かるどころか、もう工場上げて生産に取り組みますよ、ウハウハですよ」

「うん、うちもガラス屋辞めて、カガミ屋になります」

「そうよね、ま、最初だけかしら?大量に生産するとほら価格は下がっていくものと思うけど・・・」

とソフィアは沈黙して、

「そうか、価格が下がる前に大量に生産して売り捌くって手もあるのか・・・」

「あー、それはあれです、あまりやり過ぎると商工ギルドがうるさいです・・・いや、特殊な品だからいいのかな?現状この鏡を生産しているのは私達だけですからね」

「そうなるわね、商工ギルドが考える所は恐らくだけど、一般的な商品の価格の吊り上げとか寡占とかの事前防御でしょ、端から寡占されている商品については文句言えないんじゃない?ま、それも最初の2年程度じゃないかなぁ、これを割ってみればどういう構造かなんて簡単に分かるでしょ?」

「そうですね、そうなんですよ、とても単純な品なんですよね」

「そっか、そうなると、誰でも・・・は無理でも技術のある人であれば作れますもんね」

「そうなると・・・あれか、やっぱり正直な商売に根差した方が得ね、良い商品を適正な価格で公正な方法で流通させる・・・うん、エレインさん呼びましょう、それと、さっきの効率化の話しは私よりも研究所の領分ね、ユーリもそうだけど、カトカさんとサビナさんも知識はとんでもないわよ、ちょっと待ってて」

とソフィアは席を立つ、すぐにサビナが顔を出した、

「あら、皆さんお揃いで」

とサビナは簡単に挨拶に代えると、

「わ、サビナさん、綺麗になってる」

「うん、なんか表情が明るくなって、どうしたんですか?カトカさんもですけど」

「えー、そう?ふふ、やっと私の魅力に気付いたのねー」

とサビナは笑顔になりつつ席に着いた、

「じゃ、私はエレインさん呼んでくるわ」

とソフィアはパタパタと階下へ下りた、食堂にはおつかいから帰ったミナとレインがお手玉で遊んでいる、

「あ、ソフィ、何処にいたの?」

「あ、お疲れ様、御免ね、上に居たのよ、二人も行く?」

「うん、行く」

とミナは笑顔で立ち上がり、

「しようがないのー」

とレインも立ち上がった、

「カトカさんにお許しを貰うのよー」

とソフィアはエレインの屋敷へ向かう、エレインは一階の大広間で一人木簡に何やらしたためていた、

「あ、エレインさん、ちょっとお時間頂ける?」

ソフィアは言葉少なくエレインを連れ出すと研究所へ上がった、

「それでねー、レインがねー」

3階ホールではカトカとミナが楽しそうにお喋りしており、

「ミナ、お仕事の邪魔は駄目よー」

と釘を刺しつつ打合せ室に入る、

「あ、なるほど、こういう事ですか、え、もしかして」

とエレインは目敏くもテーブルの鏡に気付く、

「そういう事よ、エレインさんの意見も欲しくてね」

とソフィアは隣りの部屋から椅子を持ってきて座ると、

「で、どんな感じ?」

改めてガラス鏡の生産と販売に関する打合せが始まるのであった。
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