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本編

21話 美容の師匠は鏡の前に その6

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翌日、午前の中頃からエレインの屋敷はバタバタと騒がしくしていた、店舗は定休日となり、一階の大広間を事務所として使用する為の大型のテーブルと椅子、それから黒板等が運び込まれている、婦人部の手によって店舗に置かれていた諸々も屋敷へ運び込まれ、本格的に屋敷の一階が商会の事務所へと作り変えられた、地下室も倉庫としてその本来の役割を取り戻した様子である、

「ふー、取り合えずこんなもんかしら」

事細かく指示を出していたエレインは、それなりに形になった事務所を見て一息吐いた、

「そうですね、なんか事務所らしい事務所です」

マフレナが笑顔になり、

「六花商会の本格始動ですね」

とケイランを含め婦人部の面々も楽し気である、

「さて、時間はまだあるわね、少しゆっくりしましょうか?」

昼をやや過ぎた頃合いである、本日は経営陣を含め全員が集まって全体会議の予定である、

「そうですね、じゃ、お茶でも」

とケイランが動き、それを手伝おうと数人が厨房へ向かった、

「でも、エレインさん急にどうしたんですか?」

新品の椅子に腰掛けた面々がエレインに問う、

「屋敷ですか、トーラーがね・・・」

と言い掛けて、

「すいません、屋敷の件は伺っております、その、とてもお綺麗になられましたよ、それも急激に」

「あー、そうですか、そうですわね・・・急激というのもあれですが」

とエレインは恥ずかし気に笑みする、

「そうですよ、髪型が変わったのは一目瞭然なのですが、その全体的な印象がまるで違います」

「うんうん、あれですよ、以前もお美しかったですが、先日からは正に御令嬢って感じで、近寄りがたい雰囲気もありつつ、やわらかい感じで」

「いや、褒め過ぎですわ」

「絶対に何かあるはずです」

彼女達の習性というべきか、女性の本能というべきか、容姿に対する触覚と鋭敏さは年齢や子供の有無に関係無く内在しているものらしい、まして、ある程度の年齢と子供を生んだ者特有の強さと遠慮の無さが、今、エレインに向けられていた、

「そうですね、何かはあります」

とエレインが笑みすると、

「ほら、やっぱりー」

「あら、良い話かしら?」

「エレイン様のお相手となると、爵位は勿論ですよね」

どうやら、彼女達の間では噂と井戸端会議で練り上げられたまことしやかな虚構が規定事実として膾炙していた様子である、

「あー、ごめんなんさい、そっちの話しではないですわ」

エレインが察してあっさりと否定すると、

「えー、残念です」

「そうですかー」

「あの、恥ずかしがる事ではないですよ」

それぞれにそれぞれの反応である、エレインは笑みしながら、

「そうですね、うーん、今日は無理ですが、近日中にはお話できると思いますよ」

と続け、そこに茶が供されると、

「色話ではないそうですよ」

と井戸端会議が始まってしまった、口さがない彼女達の話題はエレインから別の誰かの話しに取って代わり、エレインは取り合えず沈黙してなんとはなしに聞いている、

「あ、そうだ、少し相談があるのですが」

とエレインが誰にともなく問うと、皆の視線がエレインに集まり、静かになる、

「あ、ごめんなさい、お話は続けて貰っていいのですが」

エレインは変に恐縮しながらも、

「あの、そうですね、子供を預けられる場所があるとしたら、お仕事の時間を増やす事は可能でしょうか?」

以前、オリビアと相談していた事を思い出したのである、婦人部とエレインのみの会合は恐らく初めての事である為、丁度良いかと意見を求める事にしたのだ、

「子供を預けられる場所ですか?」

マフレナが問い返す、

「はい、オリビアとも話していたのですが、皆さんの経験といい、勤勉さといい、活かせないのは社会にとって損だなと思いましてね」

「それはまた、過大評価ですよ」

と幾人かは笑い、幾人かは渋面となる、

「そうでしょうか?先程迄の噂話を置いておいたとしても、お仕事に対する姿勢や、その実績は確かであると思いますよ」

エレインは静かに続け、

「それで、今後、商会としては様々な商いに手を拡げていこうと考えています、その際に、どのようにしたら働きやすいかって事を考えましてね」

「それで、子供ですか?」

「えぇ、各家庭の事情は勿論あると思うのですね、それこそ、それぞれはそれぞれに雑多にあると思います、その上で、共通するのはやはりお子さんかなぁと、畑仕事や家事仕事、家の仕事や御主人の相手迄は他人が口出しする事では無いでしょ?」

エレインの問いに小さな笑いが起こる、

「そこで、例えばですが、お母さんが朝子供を預けて仕事にいって、仕事帰りに子供を引き取って帰宅するといった、生活様式ですか、そのような形を作れたらどうでしょう・・・さらに考えれば、その子供達に対して読み書きや計算等を教えられるとしたら・・・と思うのですよ」

教育に関しては、今、エレインが思い付いた事であった、

「それは、とても良いと思います・・・が・・・」

とマフレナが首を捻る、

「すいません、私は嬉しいです」

「そうですね、私も仕事の時間を増やせるかなぁ」

「あー、うちはどうだろう?でも、読み書きを教えて貰えるのは嬉しいかも」

「うーん、でもあれね、子供を預かるのって責任重大よねー」

視点を変えた意見が出始めた、

「そうね、あまりに小さい子は難しいと思うし、ある程度大きい子で家の仕事を手伝うのが難しい歳と考えると、2歳から6歳位迄かしら?」

「孤児院みたくなるのは嫌なのよねー、可愛そうだし厳しいしで、大事な事なんだけどあれはちょっとって思うわね」

「病気の時とかどうなるのかしら、あ、それは今も一緒か」

「でも、安全な場所が確保されていると考えれば、有効な選択肢よね」

「それはそうよ、私達はほら実家か旦那の実家住まいだからこうして外にでれるけど、街中で夫婦のみの家庭だとどうしたって家から離れられないじゃない、そういった人達には便利なんじゃないの?」

「細かく考えると夕飯はどうしようかって思っちゃうわね」

とそこで笑い声が起き、

「それはそうね、でも、その辺はほらどうとでもなるわよ」

「そうかしら、旦那がうるさい人だと酷いわよ」

「なら、そんだけ稼いで来いって蹴り上げてやればいいのよ」

「そうね、そうしましょうかしら」

「あれ、あんたの旦那はそんな感じなの?」

やや話題がずれてきつつあった、

「では、有効な施策だと思われますか?」

エレインが問うと、

「はい、私は利用したいですね、それと、知り合いで働きやすくなる人がいるのは確かかなと思います」

「私はどうだろう、心配の方が先に立つかな?他人に預けるわけだから、伺った限りだと不安がありますね」

半数が好意的であり、半数は懐疑的な様子であった、

「なるほど、そうですね、参考にさせて頂きます、そうね、考えていた感じは、例えばだけど、この部屋の半分をそういった場所にして、子供好きな職員を一人かな?置いて、午前中はお勉強、お昼寝の時間を取って、午後は室内か内庭で遊ばせる、夕方暗くなる前にお母さんが迎えに来るといった感じになるのかしら」

エレインの案に、皆はなるほどとそれぞれに想像を膨らませる、

「うん、ま、先の話しになるわね、こうしたらっていう案があれば是非頂戴」

エレインは笑みを浮かべ、婦人部はそれぞれに考え込むのであった。



それから他愛もない話しに花が咲きつつも時が過ぎ、お茶を入れ直そうかと思った頃合いで生徒達が集まり、従業員の顔が揃う、それではという事でエレインは新品の黒板の前に立ち、

「皆さんお疲れ様、今日は全体会議という形での開所式?かしら、主に試作品を実際に作ってもらうのと、今後の商会について展望を話したいと思っております、それと大事な給料日ですね」

最後の言葉に皆は小さな歓声を上げる、

「はい、では、そうね、オリビアが中心になって試作品の作成とお披露目です、少々多めに作ってお土産にして下さい、そういう品なので、御家族や御友人の感想も欲しいですね、では、オリビアお願いね」

「はい」

とオリビアがエレインに代わって黒板の前に立つ、細かく調理方法を黒板に書きつつ説明すると、

「実際に作りましょう」

と厨房と事務所に別れて調理する事となった、

「えー、凄い大変じゃないですか」

「全然、クリーム?にならないですよー」

それぞれに四苦八苦しつつも調理は進み、オリビアの厳しい目もあって、ロールケーキが完成する、さらにイチゴ入り等のバリエーションも調理され試食の場が設けられた、

「うん、これは美味しい、なるほど、お土産になるというのはいいですね」

「そうね、子供が喜ぶわ」

「でも、どうでしょう?注文を受けて作るというよりも、作り置く必要がありますね」

「うーん、スポンジケーキとホイップクリーム?を作っておいて、注文を受けたら形成する感じはどうだろう?手が足りるかしら?」

「アイスケーキの注文次第かなぁ、涼しくなると売り上げが落ちると思いますよ」

「そっか、それで、新商品が必要になるのね、流石エレインさんですね」

反応は上々であり、それとは別に調理する視点での意見が多い様子である、

「良かった、では、商品としては好評という事で宜しいかしら?」

とエレインが問うと、その点についての異論は無く、皆満足そうな顔である、

「そうなると、あれですね、実際に提供する場合の課題についてはおいおい意見を集めつつ対応という事になるでしょうか、そうね、オリビアに意見を集めるようにお願いしますね、店舗で取り扱うのはもう少し先になるかなと考えてますので、それまでは、そのようにお願い致します」

エレインもロールケーキを頬張りながらまとめに入る、そして、

「そのまま、食べながら聞いて下さい」

とエレインは今後の商会についてを話し出した、現在、画期的な製品を開発中である事、その為、食品以外の店舗を画策している事、それに向けて人員を増やす事等である、現時点では計画段階ですとエレインは締め括るが、一同は神妙に耳を傾けた、

「そうなりますと、その販売にも私達が駆り出される事になりますか?」

マフレナが手を上げた、

「そうですね、但し、これは強制する事は無いと先に断言しますわ、現店舗の業態を丁度良いと思って仕事をして頂けている方もいると思いますので、店舗の方は目論みですと、当初は高位の方々相手の商売になると思います、故に、そういった人達を相手に出来る人にはお願いしたいなと考えております、ま、先の話しです、その状況になった時に御協力頂ければと思いますわ」

とエレインはロールケーキに手を伸ばしつつ、

「そうね、でも、あれを見たら、皆がそっちに関わりたいと手を上げる可能性がありますわね」

とほくそ笑む、

「あー、かもねー」

ジャネットが意地悪く笑みし、

「そうですねー」

パウラはにやつく、

「どういう事よ」

と生徒部の一人が肘でアニタを小突き、

「大丈夫、大丈夫、その内ちゃんとお披露目するから」

と囁いたアニタに視線が集まった、

「そうね、さ、後は、あ、勤務について忘れてたわ、婦人部の皆さんにお願いなんですけど、明日から38日迄は勤務時間と出勤日数を増やして欲しいのです、何せ、生徒達は進級試験と夏期講習なもので」

「あー、そうだよねー、忘れてたー」

ジャネットの悲鳴に笑いが起こり、そういう事ならと婦人部の面々も笑顔で協力する事となるのであった。
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