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本編

21話 美容の師匠は鏡の前に その1

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翌朝の光景はいつものそれとは大きく異なっていた、

「あー、何か腫れぼったいかもー」

「毎朝そんなもんですよー」

「マジでー、知らなかったわー、顔洗えばスッキリするかなぁ?」

「あの、顔は毎日洗った方が良いですよ、時々目ヤニ大量につけてる時ありますもん」

「え、教えてよー、何だよー」

「いや、そういうの言いにくいですよ」

「そ、そうだろうけどさー」

「頂いた石鹸で洗顔しましょう、朝ですし冷たい水で」

「あ、それ気持ちよさそう」

ジャネットとケイスは、ガラス鏡の前から立ち上がり連れ立って内庭へ向かう、

「石鹸ある?」

「持ってきてます」

「ちょっと貸して」

「ちょっとですよ」

「えへへ、ケイスは優しいなー、あ、ソフィアさん手拭あります?」

朝が弱いジャネットであるが、ガラス鏡はそんな彼女の習慣をも改善したようである、

「おひゃよー」

とエレインが下りて来ていつもの席ではなく鏡の前に座った、

「あー、なるほどー、朝一の顔ってこんななんだー、オリビアが怒るわけよねー」

鏡を独占して肌の色、眉毛、睫毛、目の中、果ては鼻の中迄じっくりと観察する、

「あー、しっかり見ると凄いわねー、これはここから動けないわー」

「あら、お嬢様、おはようございます」

厨房からオリビアが出てくる、

「おはよー、すごいわよね、この鏡、オリビアのお叱りが理解できたわよ」

「それは良かったです」

「うーん、これは早く商品化したいわねー、絶対世の女性達には必要よー、自分の顔を正確に知るのは大事だと思うわー」

「そうですね、それと、美容も考えるようになると思いますよ」

「そうか、美容かー、お化粧道具も売れるようになるかもね、高いんだよなー」

「それと、お肌の手入れとかも」

「あーそれいいかもー」

「ぐにゅー」

不意にミナが顔だけを鏡に映して変顔をして見せる、

「くふっ、おはようミナさん」

エレインは小さな笑いでミナをあしらった、

「むー、ジャネットとケイスは爆笑したのにー、じゃ、こーだ」

更に珍妙な顔になるミナ、

「ふふ、まだまだですわ、私ならこうです」

ミナを真似て変顔になるエレイン、

「むー、じゃ、ほへはー」

両手で口を大きく開き白目を向いたミナ、

「あはは、ミナさん凄いですわ、これはミナさんの勝ちです」

「えへへ、はっはー」

その顔のままミナは厨房に駆け込んだ、

「こら、ミナ、危ないって言って・・・って何て顔してるのよ、もう、この娘はー」

ソフィアの悲鳴とも笑い声ともとれる嬌声が響く、

「朝から元気よねー」

とエレインは席を立った、

「お嬢様も洗顔なされてはどうですか?」

「もって、あら、あなた妙に綺麗な肌ツヤね?」

「はい、冷たい井戸水と石鹸でスッキリしました」

「あら、それよさそう」

「はい、石鹸と手拭いです、ジャネットさんとケイスさんも先にいってらっしゃいますよ」

「なんですって、負けてられないわね」

フンスと鼻を鳴らしてエレインは内庭へ向かうのであった。



その後、学生達の登校と入れ違うようにブラスが訪れた、

「昨日はすいません」

と玄関先でソフィアに頭を下げる、

「いえいえ、こちらこそ御免なさいね、もっと注意するべきだったわ」

「いや、普段はあんな事はしないんですが、なんか、コッキーが来てから二人で騒ぎ始めて、それで・・・」

と困った顔で首を捻る、

「まぁまぁ、で、今日はどうしたの?」

「あ、裏の土地の測量に入りますんで、そのご連絡です、俺とあと二人かな?」

「そう、どれくらいかかる?」

「すぐですよ、終わったらさっさと消えますんで」

「そんな、邪険にする気はないわよ、ゆっくり作業して貰っていいわ」

「へへ、すいません、じゃ、そういう事で」

とブラスは頭を掻きつつ踵を返した、

「あ、良かったら昨日の原因を知りたくない?」

とソフィアがブラスの背に問う、

「原因ですか?」

頭に片手を乗せてブラスが振り返った、

「ええ、そっちが終わったらちょっと寄りなさいな、一目で理解できるわ」

ソフィアがニヤリと笑みする、

「はー?」

ブラスは首を傾げつつ裏の土地へ向かうのであった。



ソフィアが寮内の掃除を終え洗濯を済ませると食堂内にはカトカとサビナの姿があった、カトカは鏡の前に陣取りサビナは例の箱を開けている、ミナとレインは黒板に向かって勉強中である、

「お疲れ様です」

とカトカはいつにもまして晴れやかな笑みであった、あまりの爽やかさと計算され尽くしたような造形美にソフィアは一瞬目を奪われる、その横でサビナは箱の中を確認しつつ何やら木簡に書き込んでいた、

「おつかれさまー、昨日はちゃんと寝れた?」

「えへへ、あれから少し三人で呑んじゃって」

「あら、良かった・・・のかしら、そう言えばユーリを見てないわね」

「はい、時間ギリギリ迄寝てましたんで叩き起こしました」

「そっか、まぁ、らしいわね」

とソフィアとカトカは笑いあう、

「で、サビナさんの方はどんな感じ?」

「良い感じです、まぁ、まだまだこれからですが、見てみて下さい、そのまま入れた品も完全に凍ってますね、これなら氷結魔法無しでも十分かなとも思います」

「そう、でも、これってどれくらいもつのかしら?」

「そこなんですよね、長時間の検証もしたいのですが、そうなると、製品化が遅れるかなとも思いますし、いっそのこと、エレインさんにお願いして巨大な箱を作って検証しながら使ってみて貰っていいのかなぁと思い直してました」

「そうねぇ、私としてはそれが一番いいかなと思っていたのだけれど、ただ大きい箱を作ればいいってわけでもないんでしょ?」

「そうなんですよ、内部の作動板の出力を上げるとそれだけ魔力を使いますし、現状の状態で約一日持つ計算なんですよね、魔力量によっては使えない人もでるかなってのが問題点ではありますね」

「そっかー、カトカさんの魔力蓄積はどんな感じ?」

不意にソフィアはカトカに話を振った、カトカは鏡に映る自分を前に何やら表情を作ってはほくそ笑んでいる、

「へ、あっ、何でしょう?」

カトカは慌てて振り返る、

「あらあら」

とソフィアは苦笑いとなり、

「もー、昨日からこうなんですよ、急にニヤついたり、髪弄り始めて上の空だったり、なんだか私のカトカを返してって感じです」

「えー、私は私ですー、やっと、本当の自分を知ったのですから、そんな言い方は違うと思います」

つんとそっぽを向くカトカ、とても女性らしい仕草ではあるが、カトカの年齢でやるにはやや無理があるなとソフィアは思う、

「これは重症ね」

「はい、あー、サバサバして、かっこよかったカトカが良いなー、急に何処にいったのかなー」

「なんです、それは男性に対する誉め言葉だと思いますよ」

「そうかしら?カトカさんはただでさえ美形なんだもの、女性っぽく振舞うよりも男性的で爽やかな感じの方が似合うと思うわよ」

「そうでしょうか・・・」

カトカはムスーっと膨れてみせる、

「ほらほら、そういう所、あのね、女性的な仕草や言動は男を釣る為にあるの、カトカさんの回りにもいたでしょう、男の前だと性格の変わる女」

「ま、まぁ、いましたね」

「カトカさんに限って言えばそういう仕草は遣り過ぎに見えるのよ、あなたの容姿であれば静かに微笑むだけで男はイチコロだし、女は虜になるわ、実際私だって、何度も目が離せない時があったもの」

「・・・そうでしょうか・・・」

カトカは黙って俯いてしまう、

「そうそう、元が良すぎる人はねちょっとした表情の変化でも他人の心を掴めるのよ、まったく、羨ましいわよ、ね、サビナさん」

「そうですよ、ソフィアさん、流石、分かっていらっしゃる、女々しい女なんて女じゃないわよ、それにもういい歳なんだから、目を醒ましなさい」

「・・・そうはいいますけど・・・」

カトカは尚も俯いている、

「そうね、ガラス鏡が商品化したら一人の時にじっくりと少女趣味を楽しめばいいわ、でも、仕事の時には前のカトカさんの方が私達は好きよ」

「うん、そうそう、研究に燃えて、蘊蓄を話し出すと止まらないカトカはかっこいいのよ、あ、出来る女ってこういう事なんだって、私と初めて会った時の事覚えてる?私は今でもあの時の奇跡のような美しい笑顔を忘れてないわよ、その顔で魔法陣の変成式を語りだすもんだから、もう、度肝を抜かれたわ」

「いつの事をいってるんですか、もう、分かりましたよ、まったくもう」

やっとカトカは顔を上げる、

「はいはい、あー、何かあれなんですよ、チヤホヤされるのに憧れてたんですよ、友達は別にしても男共は寄り付かないし、そのくせじっと見てくるし、睨み返すと顔を赤くして逃げるんですよ、飲み屋に行けば酔っ払いが絡んでくるし、自覚が無かったからより不愉快に感じてたんですよね、でも、これのお陰で理解できたんです、もうちょっと遊ばせて下さいよ」

「なんだ、遊んでる自覚はあったんだ、なら、良かったわ」

とソフィアは笑い、

「何よ、カトカ、遊んでたつもりなの?私はまた嫌な女に化けたのかと思ったわ」

「なによー、人を化け物みたいに言わないでよ、はいはい、真面目なカトカさんに戻りますよ」

カトカは宣言しつつ、

「あっ、でも、ちょっとだけ、髪型を変えてみたいんですよ」

と鏡に向かうのであった、

「あーあ、ま、いっか」

サビナは半笑いでカトカを見て、

「サビナさんも気持ちは分かるでしょ」

とソフィアはサビナを見る、

「そりゃ、私だってその鏡で遊びたいですけど、カトカと一緒に写るのは勘弁ですね、なけなしの自信が埃のように吹き飛んでしまいますよ」

「あ、それ分かる」

ソフィアとサビナは困ったように笑い合うのであった。
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