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本編

20話 ガラス鏡はロールケーキとともに その9

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暫くして、陽が完全に沈んだ頃、漸く鏡の前の人だかりは少なくなった、

「あははー、面白ーい、こうこう?」

鏡の前ではミナとレインの百面相が続いているが、自席に戻った面々は狐につままれたような面持ちである、

「私、もうちょっと、いけてると思ってた・・・」

完全に自信を亡くしたジャネットに、

「太ってきてるなって思ってはいたんですよね、それに黒子が思わぬ所にあって、なんか・・・なんかです」

項垂れるケイス、

「ジャネットの事笑えないな・・・」

アニタもポツリと呟き、

「現実って厳しいとは聞いていました」

とパウラも俯いている、

「・・・」

エレインは言葉も無く何やら考えている様子であった、そんな中で対照的に明るいのはカトカである、

「子供の頃から可愛い可愛いって言われてたんですけど、全然実感が無くてー、所長とか女の人ほど遠慮なくそう言うじゃないですかー、そういうもんなのかなーって思ってたんですけどー、銅鏡も水鏡も歪んで見えるしー、でも、やっと、理解できましたよー」

ニコニコと人が変わったような笑顔を振り撒いている、

「やー、なんか、世界が開けた感じですよー、あー、なんて明るいんでしょう」

止まらない能天気な言葉の渦に、

「カトカが嫌な女になってる・・・」

「そうですね、カトカの魅力の8割を失いましたね」

ボソボソと肩を落としたユーリとサビナの愚痴が聞こえた、

「なんですかー?二人共ー?学園の講師で研究所の所長に、イケメン彼氏を自慢していたお二人じゃないですかー、暗くなっちゃ駄目ですよー」

「あー、ウザ」

「全くです」

二人は毒づきながら、太陽のように明るいカトカの前で小さく背を丸めるのであった、

「はいはい、ほら、先に試食でしょ、それから少しゆっくりしましょう」

オリビアは完全に意気消沈している面々に声を掛けるが、何とも反応は薄い、

「あー、すこしばかり衝撃的でしたでしょうか?」

「気持ちは良く分かります」

食事を済ませた二人は大変に同情的である、

「えっと、準備は出来たのですが」

とオリビアが厨房から顔を出した、

「あ、食べる、食べる、えっと、ロールケーキよね」

ミナが即座に反応するも、それに続く声は無い、

「なんです、皆さん、元気ないですよー」

カトカがニヤニヤと笑みするが、状況はより悪化したようである、

「大丈夫よ、ほら持って来て」

ソフィアが困った顔でオリビアに告げると、

「はい、では」

とオリビアは一度引っ込んで大きな皿を持って食堂に入ってきた、

「で、今日のは、今日のは?」

楽し気なミナとレインの前に皿を置くと、

「えーと、ロールケーキの種類を増やしてみました、イチゴ入りとカスタード入り、それからイチゴソースとミカンソースを入れたものですね」

と説明しながら切り分けていくオリビア、

「量が多くなっちゃうので薄めに切ります、あ、コッキーさんとアニタさんとパウラさんは初めてですよね、少し厚めにしますね」

「わ、嬉しい」

コッキーは興味深々でオリビアの手元を見る、

「えー、ミナもー」

「食べ過ぎですよ、また、怒られても知りませんからねー」

「ぶー、ぶー」

ミナの可愛らしい不満顔を軽くいなすとオリビアは切り分けたケーキを各自へ配った、

「そうね、今日の大事なお仕事ね」

とエレインは皿に向かい、

「うん、ここは気持ちを入れ替えましょう」

とケイスも背筋を伸ばす、

「はい、美味しいもので気分を良くしましょう」

色気よりも食い気なのであろうか、ケーキを目にしたそれぞれは既にその魅惑の品に心を奪われている、三種のロールケーキはそれぞれに見栄えが良かった、細かく切ったイチゴが入ったそれはホイップクリームとの色彩のバランスが良く、イチゴの赤みと黄色いスポンジ部分とがお互いを引き立てて輝いているように見える、対してカスタード入りの品はスポンジの薄い黄色とカスタードの濃い黄色それと真っ白いクリームの三重構造となっており、じっと見ていると目が回りそうで楽し気でもある、二種のソースの入ったそれは、配置によるものなのか色の違うソースが動物の目のようでこちらは可愛らしく見えた、

「へー、すごーい、オリビアさんやるわねー」

アニタは素直に感心し、

「これは楽しいですねー、何かすんごい贅沢な気分になれます」

とパウラ、

「見た目はすごい良いですねー、あー、楽しみー」

コッキーがナイフに手を伸ばした、

「さ、どうぞ、お試しください」

オリビアがニコリと笑顔になると、皆の手が動き始める、

「うん、これは間違いないわ」

「そうですね、昨日のも良いですが、これはこれで全然違いますね」

「なるほど、細かいイチゴの食感が楽しいわね、そっか、食感も大事なんだなー」

「イチゴが美味しいよー、ふふ、甘酸っぱーい」

「うむ、スイーツとしての見栄えは良好じゃのう」

「ソース入りのもまた違った感じですね、あら、どれを食べてもそれぞれに違う魅力がありますね」

「そうね、ホイップクリームが良い感じに味を纏めているのよ、邪魔してないのだわ」

「それを言ったらスポンジケーキもですよ、やはり甘さが強くない所が魅力なんですね、それぞれの風味が生きてると感じます」

うんうんと皆が頷きながらも静かになった、そして、

「あー、美味しいわ、大満足よ」

「もうちょっと欲しいかも」

「それは分かるけど、そのもうちょっとが大事なのよ」

「いやー、学生が作ったものとは思えないわ、これは店を開けるわ・・・って開いてるか」

ブノワトの一言で笑いが起きた、

「良かった、どうでしょう」

とオリビアはエレインを見る、

「ええ、昨日出た案は概ね好評ですわね、そうしますとロールケーキとしては四種類になりますか、うーん、出来るだけ手間を掛けたくないとも思いますが、商品化の際に別途考えましょう、それと、従業員の皆さんの意見も入れないとですからね」

「はい、そうですね」

とオリビアは笑顔で受ける、

「うーん、あー、どうしよう、オリビアさんに水をあけられちゃったかなー、アニタ、パウラ、何か無い?」

「何か無いって、酷い聞き方ね」

「そうですよ、そんな簡単なもんじゃないってジャネットも良く知ってるでしょ」

「そうだけどさー」

とジャネットはその視界に鏡に映る自身の姿を見止めた、

「あー、駄目だ鏡を見ると自信亡くすわー」

途端に萎れるジャネット、再び食堂内は笑い声に溢れた。
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