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本編

20話 ガラス鏡はロールケーキとともに その1

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「ソフィアいるー?」

正午を過ぎて放課の時間になるとユーリは寮の一階へ下りて来た、パタパタとしたスリッパのたてる音が新鮮で気持よく感じる、

「なにー?どうしたのー?」

ソフィアは食堂でスリッパ作りに励んでいる様子であった、端切れの布と木と革を前にして背後のテーブルには出来たてのスリッパが山となっている、その脇にはこれまた出来立てのつっかけも山となっていた、

「うわ、なんでこんなに作ったのよ」

「あー、やってたらなんか楽しくなってねー、有って困るもんでもないかなーって」

あらあらとユーリは端切れの山から一枚を手にすると、

「あら、綺麗な布ね・・・これ高級品じゃないの?」

「そうなの?オリビアさんが使って下さいって置いていった物ね、あ、そっか、肌触りとかの質も大事かもなー、見た目しか考えてなかったなー」

ソフィアはポリポリと頭を掻いた、

「なに?スリッパ職人になるつもり?」

「いや、そんなつもりはないけどね、どうせ作るならって思ってたら、楽しくなってきただけよ」

そう、とユーリは手にした布を山に戻すと、

「ちょっと外、出れる?いま上の二人も下りてくるから散歩しましょう」

「散歩?いいけど、どこまで?つっかけで行ける?」

と僅かの間に自身の発案を使いこなしている感のある発言である、

「たぶん大丈夫、すぐそこだから」

「そ、なら、あれね、ミナとレインが帰ってからでもいい?そろそろと思うんだけど」

と言った瞬間に、

「ソフィー、戻ったー」

玄関口でミナの大声が響き渡った、

「あら、絶妙ね」

と二人は笑いつつ、

「ミナー、ちゃんと足を洗うのよー」

とソフィアが大声を上げる、

「うん、やってるー」

これまた大声でミナは答え、次の瞬間に勢い良く扉が開いた、

「あ、ユーリだー、何してるのー」

「はいはい、お帰りなさい、散歩に行こうと思ってね、ミナとレインを待ってたのよー」

「えー、散歩ー、何処までー?」

「ふふん、それは内緒」

「むー、ケチー」

「あ、そんな事言う娘は連れて行かないわよー」

「えー」

とミナは寂しそうな顔でユーリを見る、

「あはは、ウソウソ、ちょっと待ってね、カトカとサビナも来るからね、そしたら一緒に行きましょう」

ユーリが優しくミナの頭を撫でる、

「うん、分かった」

ミナは途端に笑顔になった、

「ソフィ、食材はどうするかの」

レインも食堂に入ってきて、ソフィアはお疲れ様とレインを労いつつ腰を上げた。



研究所の二人が下りてくるとユーリは一同を従えて表に出た、作りたてのつっかけをカラカラと鳴らして店舗の脇から内庭へ入る、

「あー、そういう事」

とソフィアは即座に理解する、

「ふふん、それだけではないのだよー」

とユーリはほくそ笑み、

「この塀はどうしたものかしらね」

と寮の敷地を囲う胸まである塀の前で足を止めた、

「うーん、どこか外せない?」

「どうだろう?」

「あ、ここ外せますね、それにうっすらと道らしきものが・・・」

カトカが塀の端に錆びた閂と、その先の雑草の中にある小道を発見する、

「あら、いいわね」

とユーリは力ずくで閂を外し塀に立て掛け、扉を開いた、

「わー、何処行くのー」

ミナはワクワクとソフィアに問う、

「んー、お隣の土地?かしら」

ソフィアは曖昧に答えつつユーリの背を追って小道に入った、そこは夏の日差しの中で青々とした雑多な植物が生い茂る草原となっていた、たかが塀一枚で遮られた空間であるが、寮の内庭とは別世界の様相である、

「なるほど、平らな土地も広いじゃない」

ユーリの言う平らな部分は寮の敷地の半分程度の広さがありそうだ、

「そうね、これならあれね、菜園を広げても良いかしらねー」

「草刈と開墾が大変そうですよー」

とサビナ、

「で、どこまでを取得したの?」

とソフィアはユーリに問う、

「えっとね、この先に川があるはずで」

とユーリは小道をどんどんと歩き続け、

「あ、これだ」

と足を止めた、草の影に隠れていたがそこには小川と呼ぶには大きすぎ、かといって水浴びをするには足りない程度の川が流れていた、川は平地よりも大人一人分程深く抉られた石の河原の中央を流れており、雨が少ない為か勢いは弱かった、しかし一行の目を引いたのは、黄色く濁った緩やかな流れとその独特の異臭である、

「あー、都会の川は汚いのよねー」

とユーリは一瞥して呆れており、

「そうね、ゴミ捨て場になってるからね、しようがないね」

とソフィアは寂しそうに小川を見る、

「ホントだー、きたなーい」

本来であればこのような絶好の遊び場では、はしゃぎだすはずのミナでさえ何とも嫌そうな顔である、

「でね、この先の丘?・・・丘?」

とユーリは視線を上に向けた、

「丘というか小山ね」

とソフィアはユーリの言葉を継いだ、

「そうね、これは小山ね、この小山も手に入ったのよ」

「え、何にするの?」

とソフィアは素直に問うと、

「うーん、安かったのよ、ま、私のお金じゃないし、土地取得の予算内だったからまぁいいかって思ったんだけど・・・」

とユーリは答え、

「何かに使えないかしら」

とソフィアを見た、

「使っていいのであれば・・・うん、色々出来るとは思うけど、その前に、平らな方の土地を何とかして、そうね、橋が欲しいかしら?」

「そりゃそうだ」

とユーリは周囲を見渡す、川向うに渡れるような箇所は難しそうであった、

「うーん、山歩きは無理かしら?」

「つっかけでは止した方がいいわ、それとこの川に下りる勇気は私には無いわね」

「そうね、私も丘と聞いていたから舐めていたわ、近くで見たらこれは小山といった方が良さそうね、見る限り道も無さそうだし」

とユーリは素直にソフィアの言を聞き入れた、

「じゃ、まぁ、そういう事、例の計画始めるわよ」

とユーリは振り返って一同に宣言した、

「例の計画とは?」

とサビナが頬を引くつかせて問うと、

「そう、その名は・・・」

とユーリは腕組みをする、皆の視線がユーリに集まり、

「名前までは考えてなかったわね」

と視線を反らす、

「所長ー、そこはかっこつけましょうよー」

「そうですよ、適当でいいんですから―」

カトカとサビナは笑い、ソフィアもつられて笑顔になる、レインも何となく笑っていたがミナは笑顔になった大人達を不思議そうに見上げた、

「わるかったわよ、ほら、話したでしょ浄化槽の事、資料もクロノスの所から取り寄せたじゃない」

「あ、はい、読みました、すると浄化槽を実際に作るのですか?」

とカトカは理解しつつも確認する、

「そうよ、浄化設備の有用性は理解できたでしょ、それと無色の魔法石、本命はそっちね」

「あー、そうですよね、あれの生成過程が解明出来れば赤色の魔法石についても研究が進みますよね」

サビナはうんうんと納得したようだ、

「そういう事、あ、そうだ、下水道への穴ってまだあるの?」

とユーリはソフィアを見る、

「うん、木の板で塞いであるけどあるわよ、あー、危ないから埋めようかしら」

とソフィアは今更ながらに思い出す、

「それは後にして、これから潜るから、実際の浄化設備を見に行きましょう、ついでに魔法石も採取してくるわ」

「そんな簡単にー」

「簡単よー、私とカトカとサビナの研究所パーティーを舐めるんじゃないわよ」

「え、私達もですか?」

とカトカ、

「そうよ、浄化設備の規模とその構造をしっかり実感するべきよ、ま、ここに作るのはそれの縮小版にはなるけど参考にはなるでしょ」

とユーリは言って、

「さ、行くわよ」

と大股で寮に戻るのであった。
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