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本編

16話 開店 その8

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それから2台の仰々しい馬車が通りすぎやや離れた所に止まる、

「あら、いよいよね、どうなるかしら・・・」

馬車に気付いたエレインは気合を入れて表情を変える、遠目の馬車からは小さい影と細い影それと恰幅の良い男性と従者と思しき影が一つ、こちらに歩いてきた、

「これは皆様、御足労頂きまして光栄でございます」

恰幅の良い男性を先頭に、すぐ後ろには笑顔でユスティーナの手を引くレアンとライニールが続いている、

「うむ、そなたがエレイン嬢か?」

中年は尊大に問い掛ける、

「はい、ユーフォルビア六花商会代表、エレインです、恥かしながら子爵家に連なります、閣下にはお初にお目にかかります」

「うむ、クレオノートだ、話はレアンから聞いている、新しく店を開くそうだな、良い事だ、是非モニケンダムの発展に尽力するよう頼むぞ」

恰幅の良い中年は、モニケンダム領主、カラミッド・ギリ・クレオノート伯爵その人である、

「父上、お忍びとの約束であったと思いますが」

後ろからレアンの辛辣な声が響く、

「レアン、お忍びであろうとも礼儀は必要ですよ、特にモニケンダム領内ではカラミッド様に本当の意味でのお忍びは難しいのですからね」

ユスティーナは笑顔で優しくレアンを諭す、

「それは・・・わかっております、母上、ですが・・・」

「そうね、カラミッド様も、もう少し柔らかく、お願いしますね」

ニコヤカなユスティーナにカラミッドは顔を顰めてみせてから、すぐに笑顔となる、

「そうだな、エレイン嬢、そういう訳だ、今日は楽しませて貰うぞ」

カラミッドは一転、砕けた調子となる、

「これは、ありがとうございます、閣下のお心遣いに心より感謝致します」

そこでやっとエレインは頭を上げて、

「では、先に店舗を、実際の調理等見て頂ければ、その後で狭苦しい所ですが場所を設えました、そちらでゆっくりとお楽しみ下さい」

エレインは一行を店舗に案内する、やはり空気感の違う面々に従業員は一瞬静かになるが、

「ユスティーナ様、お久しぶりです、ケイランです」

従業員の一人が悲鳴にも似た嬌声を上げて店舗から飛び出して走り寄った、

「まぁ、ケイラン、久しぶりね元気そう」

ユスティーナは柔らかい笑顔でケイランを迎える、

「そんな、御病気が癒えたのですか、屋敷の外でお会いできるなんて、でも、顔色も良いようですし、頬も柔らかくなって、ああ、なんてことでしょう、良かった、良かったです」

いきなり滂沱の涙を流す、同僚はそんなケイランをポカンと眺めるが、ユスティーナは優しくその手を取ると、

「ありがとう、ケイラン、あなたは昔から優しい人でしたね、私の為に泣いてくれるのはレアンだけだと思ってました」

「そんな、ユスティーナ様に受けたご恩は一生忘れません、それにずっと寝台から離れられないお姿で・・・御家族一緒の姿を拝謁できるとは夢にも思いませんでした・・・」

言葉に詰まり嗚咽が響いた、

「そうね、エレイン様とソフィアさんのお陰ね、それとレアンとライニールも・・・、不思議な縁だけど、みなさんのお陰で元気になれましたよ、私の方こそありがとうね、こんな私に・・・」

ユスティーナも涙ぐむ、彼女のモニケンダムでの10年は実に辛いものであったのだ、

「ケイランか、それと母上も、今日は喜ばしい日ですよ、涙は後でゆっくりと」

レアンが大人びた事を言うが、レアンもまた滝のように涙を流していた、

「あー。お嬢様だー、久しぶりー」

店舗の脇からミナがひょいっと飛び出した、一切雰囲気を気にしないその声に皆の間に一瞬緊張が走るが、

「おう、ミナ、あいかわらず元気だの」

泣きながらも笑顔でレアンはミナを迎える、

「ん、どうしたの、どっか、痛いの?」

ミナは不思議そうに問う、

「ん、大丈夫じゃ、今日はほら、母上と父上もいるぞ、父上とは初めて会うじゃろ?」

「わ、ホントだ、えっと、ミナです、レアン様のお友達です」

ペコリと頭を下げたミナに、

「うんうん、そうか、お主のおかげだな、感謝しているぞ」

カラミッドも涙を抑えられないらしい、顔を逸らし震える声で答えるのであった。



「では、こちらがスペシャルセットとなります、ケイランさんお願いしますね」

クレオノート家の一行をエレインは食堂へ通した、食堂はこの為にテーブルを片付け空間を広く取った上に白いシーツで小ざっぱりとした装飾となっている、エレインは配膳をケイランに任せカラミッドの側に立つ、

「ほう、で、これはどういった品なのだ?」

いまだ泣き腫らした顔のままの一同であるが、努めて明るくテーブルを囲んでいる、

「はい、手前右側にあるのがスポンジケーキ、同じく左側にあるのがミルクアイスケーキ、中央奥にありますのがグランパンになります、周りにあります3種のソースをお好みでお使い下さい、そうですね、ソースをちょっとだけ試してみてもよろしいかと思います、赤いのはイチゴ、黄色のはミカン、黒いのが黒糖になります、イチゴは酸味があります、ミカンは柔らかい苦味が、黒糖は素朴な甘味が特徴です、それとこちらはソーダ水となります、爽やかな甘味をお楽しみ下さい」

そう言ってエレインはケイランに目配せすると静かに退室する、

「うむ、では、いただこう」

小さなスプーンとナイフが上品に動く、そしてそれぞれが口にした途端、

「うーん、これは素晴らしい」

ユスティーナの感嘆の声が響く、

「良かった、母上に是非食べて欲しかったのです」

レアンは腫れぼったい目で満面の笑顔である、

「なるほど、これは美味しいな、うん、なるほど、良いな、うん」

カラミッドも満足しているようである、忙しなく手が動き始めた、

「カラミッド様、そんな夢中で食べては駄目ですよ、レアンに笑われます」

「そうか、しかし、これは手が止まらんぞ?」

「しかたないですよ、母上、父上は大食漢なのです、食べ過ぎた時には注意しましょう」

「そうね、まったく、レアンこそ、こういう時は子供らしくしていいんですよ」

「そう言われましても母上・・・」

楽し気に会食は進んでいる様子である、部屋の端に立つケイランはその光景に再び涙が溢れてくるがじっと我慢していた、

「うむ、ケイラン、これはおかわりを頼んだら失礼にあたるかな?」

皿の上を空にしたカラミッドが問うと、

「いえ、閣下、すぐに・・・」

お持ちしますと言い掛けてケイランは再び涙を流す、

「ほら、もう、あれね、あなたも年をとったのね、涙もろくなってもう」

ユスティーナはケイランを笑顔で見詰める、

「お済みのようですわね、でも、まだ足りないでしょうか?」

頃合い良くエレインが姿を現す、

「これはエレイン嬢、そうだな、もう少し所望したいと思っていたところなのだが」

とカラミッドがソーダ水を空にして答える、

「では、そうですね、失礼ながらレアン様、調理されてみますか?」

エレインの突然の申し入れにレアンはパッとエレインを見ると、

「良いのか?」

「勿論、お茶会での約束を忘れてはおりませんよ、是非、ミルクアイスケーキを調理なさってお二方にご提供下さい、それと、ミナさんとレインさんも楽しみにしていますよ」

エレインの笑顔に、レアンは即座に席を立つ、

「母上、父上、良いか?」

「まぁ、それは楽しみね」

「ほう、レアンに出来るのか?」

そう言って笑う光景に貴賤の違いは無いようであった。
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