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本編
15話 商会設立 その9
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翌日、ガラス容器は食堂の陽の当たる場所に移されていた、中にはミルクアイスケーキが並べられている、
「なるほど、これは目を引くし、何より商品を選べるのがいいですね」
普段よりもややこざっぱりした装いのエレインが手にした木簡から視線を移してボソリと呟いた、ミルクアイスケーキは今朝の朝食後にジャネットが手早く作ったものである、実証実験は済んだが実際にどの程度持つのかを探る為実物で検証中なのである、
「そうですね、ただやはり最下段はトレーか何かを置きましょう、中段のガラス板は良いかとも思いますが」
隣りに立つオリビアも昨日の騒動を思い出しつつガラス容器を見詰める、昨日の夕食後、ユーリが開店祝いと称して持ち出した代物は大仰なガラス製品であった、パッと見では何をするものかまるで理解できなかったが、その用途を知ってエレインは涙ぐみジャネットとケイスは歓声を上げた、オリビアはただ言葉も無く感動したのである、
「まったく、私達はなんて恵まれているんでしょう・・・」
「そうですね、研究の一環だなんて言ってましたけど、ガラスですからね、かなり高価ですよ・・・」
しみじみと言葉にする、
「いよいよ、失敗できませんわね・・・」
「そうですね、でも、大丈夫です、お嬢様の本気を見せてやりましょう」
「なによ、アナタまで・・・」
エレインはオリビアをジロリと睨む、
「何でしょう?」
オリビアはニコリと笑顔を見せた、
「おう、ソフィアはいるか?」
玄関先で野太い声が響いた、
「あ、私が出ます」
オリビアはパタパタと動いた、やがて食堂にはゾロゾロと男性二人、女性が6人入って来る、
「ようこそ、お越しくださいました、そちらへお座り下さい」
食堂内のテーブルは配置を変えていた、壁掛けの黒板を背にしてエレインが座り、それに対面する形でテーブルが並べられている、食堂内を一瞥したルーツはふふんと鼻で笑うと、
「ほれ、皆は前に座って、俺達はこっちだ」
机の配置からその意図を理解したルーツはほれほれと女性達の尻を叩く、それぞれに強張った顔をした女性陣は静々と席を埋めた、
「では、早速ですが御挨拶から」
ニコリと外面の笑顔を見せてエレインは自身とオリビアを紹介する、
「で、細かい点を説明する前に、皆さんの緊張を解く為にも私共の商品を実際にお試し下さい」
エレインはそう言って席に着く、サッとオリビアが動いて厨房からソーダ水とスポンジケーキを全員に供した、
「それともう一つ」
エレインは席を立つとガラス容器から中段のガラス板をまるごと取り出して、
「こちらも一つずつお取り下さい、美味しいですよ」
自らそれぞれにミルクアイスケーキを供する、
「へぇー、大したもんだ」
ルーツの前にも一式が供され、突然の厚遇にどうしたものかと顔を見合わせている女性達に、
「みんな、ありがたく頂こう、旨そうだ」
濁声を張り上げると、やっとそれぞれの手が動き出した、
「ふふ、是非、楽しんで食して下さい」
柔らかく笑みするエレインの顔は誰の目にも映っていないようである、皆トレー上のスポンジケーキとミルクアイスケーキに釘付けである、
「こりゃ、美味いな、うんうん、大したもんだ、これはあれかい会長が作ったのかい?」
ルーツの質問に、
「そうですね、発案は別の人ですがこの形にする為に努力はしましたわ」
「なるほどね、うん、これなら商売になるな」
ルーツは納得し、
「そうですね、こりゃ、すげえや」
ルーツの隣りに座るエフモントも同意する、やがて女性達も隣り同士で感想を言い合った、
「良かった、好評のようですね、で、簡単に言いますと、この商品を屋台のような店舗で販売致します、どうでしょう?楽しそうだと思いませんか?」
エレインはそれぞれの皿の減り具合をみながら話し始めた、
「ですのでこの商品の作り方とか材料とか全てを覚えて頂く必要があります、それとこれも経験豊富な皆様からすると異例の事と思いますが、この商品を実際に開発したのは私を含めてまだ学生の年端もいかない娘達です、より詳しく言えばこの女子寮の生徒達で作り上げた商品なのですね」
言葉にならない感嘆の声が上がる、
「私が今回従業員を募集する際に一番懸念しているのが実はそこなのです」
エレインは言葉を区切ると女性達を見る、皆、エレインよりも年上であり、恐らくユーリやソフィアと同年代であろう、皆真剣にエレインの言葉を聞いている、
「実際に仕事が始まった場合、皆さんを指導するのも指示するのも年下の学生になります、私やオリビアも含めてですね、もしそのような関係が受け入れられないとなれば、ここでの仕事は難しいと思います、如何でしょう?」
エレインは再び言葉を区切ると、静かに女性達を見渡した、皆、それなりに思案しているようである、この状況に後ろに控えるルーツとエフモントはにやにやと笑みを浮かべていた、
「はい、いいですか?」
最前列に座った女性が手を上げた、
「はい、どうぞ」
「えっと、言わんとしている事は理解できます、が、まぁ、そんなに力まないで、いいですよ、その業務内容とかは全然聞いてないですけど、新しく始める商会で、若いのががんばるっていうか手伝ってやれって、うちの旦那の会長から聞いてます」
フイっと後ろを見る、ルーツと目が合うとルーツはわざとらしく視線を外した、
「なんで、うん、若い娘達と仕事するのも楽しそうだし、私個人は元メイドなんで、貴族様達の扱いはある程度理解してますし、そのお陰かな?年下でも年上でも上司として扱う事は普通ですね、あぁ、まぁ、言葉使いはおいおい思い出しますんで」
そこで女性達から笑い声が上がる、
「そういう意味でエレイン会長の懸念は大丈夫かと思いますよ、なにより、うちの旦那の会長の目で選ばれてますからね、きっと、この場にいる人ならまぁ柔軟に対応できるんじゃないですか」
ニコリと笑みしてエレインを見る、そこでやっと女性達も皆表情が柔らかくなったようだ、
「そうですか、なるほど、ありがとうございます」
誰よりも緊張し悩んでいたのエレインなのである、その事実をエレインはその女性の言葉で自覚したようであった、
「あら、始まってた」
厨房からソッとソフィアが顔を出す、
「おう」
とルーツは囁いて軽く手を上げた、
「どんな感じ?」
エレインに視線を合わせながらソフィアはルーツの隣りに来て静かに問う、
「ん、まぁ、いいんじゃね、初々しくて、こそばゆいな」
「そう・・・」
ソフィアは何となく察してその場を離れた、ここはエレインの晴れ舞台であり今後こなしていくべき大事な仕事の場である、直接関係の無い自分が物珍しさで眺めて良いものではない、その成果についてはいつでも聞いてやれるのだし、愚痴くらいならいつでも・・・と、うんうんと一人自分を納得させて内庭に出た、
「では、あらためまして」
エレインは努めて口調を変えず淡々と進行していき就業条件と給与の説明を終える、事前にルーツに話した事と差異は無いが必要な儀式であろう、それから別室へ一人ずつ呼び出しての個別面談を終えた、この時点で慣れない作業の為かエレインの脳は許容量を大幅に越える情報を処理している、そのお陰か緊張はやっと薄らぎ表情は幾分か柔らかくなる、しかし、それはどこかが緩んだものであり、側で補佐するオリビアにやきもきさせる事となった、
「どうしましょう、皆さんを採用したいところですが・・・」
個人部屋にて面接が終わった後、オリビアと二人休む暇も無く相談を始める、
「そうですね、えっと、確かこの3人は3日に一度は休みが欲しいと、それからこの2人は魔法が難しいのでしたね、それと・・・」
オリビアは木簡を並べてそれぞれの要求事項と特性を確認する、
「えぇ、であればもう、皆さん採用して上手い事勤務表を作りましょう、ただ、開店時と研修期間は連続での勤務となりますので、その点だけ無理をしてもらう必要がありますが」
「そうね、まぁ、研修期間は時間の融通もききますし、それで納得して頂ければ・・・、まぁ、こちらとしては日給制ですからね、仕事した分だけ支払う形は崩さなければいいのですし」
エレインはそうねと頷いて席を立つ、オリビアも納得した顔であった、二人が食堂に入ると、列席者はご自由に試してくださいと置いたソーダ水を片手に歓談している様子であった、彼女達もまたお互いの旦那の職場が同じであるだけで直接の面識は無かった、中年女性らしいそれとは分からない探り合いのような井戸端会議の様相である、
「はい、皆さんお疲れ様でした」
エレインが席に着くと、女性陣も静かになり席に着く、
「えーと、大変失礼な言い方になるかもしれないのですが・・・」
エレインは前置きし、
「皆さん全員を採用したいと考えます」
と列席者を一望し、それぞれの表情を伺う、最も険しい顔をしたのが奥にいるルーツであった、女性達はあらあらといった感じであろうか、
「個別にお話を伺った所、お休みを取りたい方もいらっしゃる様子でして、であれば、こちらとしてはある程度の人数を確保するのが良かろうかなという所です、ですのでこちらとしてましては皆さん全員を採用とさせて頂ければと思うのですね、ただし・・・」
とエレインは言葉を区切り、開店当初と研修の件、それから勤務体制等を話した、
「以上となります、納得頂ければこちらの木簡にサインを、それで・・・」
と黒板に書かれた予定表を見て、
「7月3日の午後一から研修を始めたいと思います、如何でしょうか?」
居並ぶ面々はそれぞれに思案している様子である、
「はい、私はそれで、宜しくお願い致しますね、会長」
先にエレインへ苦言を呈した女性が手を挙げる、子供が二人どちらも女の子で日々が楽しいらしいマフレナという名の気丈な女性である、
「ありがとうございます」
それから残りの女性も参加を表明した、それぞれにエレインは礼を伝え、
「では、今日はこちらにサインを頂いたら、お帰り下さい、3日に会えることを楽しみにしています、それと、どうしましょう、スポンジケーキはある?」
オリビアに問うとオリビアは無言で頷いた、
「であれば、アイスケーキはお土産には向かないですが、スポンジケーキならお持ち帰り可能かと思います、御家族でお楽しみ下さい」
オリビアは音も無く厨房に入ると盆に幾つかの籠を乗せて戻ってきた、それは既に用意されていたもので、エレインの先程の発言からはやや矛盾を感じる、
「では、えっと、マフレナさんからこちらにサインをお願い致します、文面は先程説明致した通りです」
マフレナがサインをするとエレインはニコヤカに、
「宜しくお願い致しますね」
とその手を取って籠を持たせる、小さな籠には葉っぱを覆いとしているがスポンジケーキが6片入れてある、家族の分という事であろう、
「こちらこそ、お心遣いありがとうございます、お力になれれば幸いです」
マフレナは楽し気に笑みを浮かべ、それから残りの女性達もサインをして散会となった。
「いや、最初はどうなるかと思ったがよ」
女性たちを帰した後、食堂にはルーツとエフモントが残っている、
「すいません、こちらこそ、そのお構いもしませんで」
エレインは未だ慇懃な態度を崩さない、
「それはかまわんよ、だが・・・」
とルーツは言葉を探し、
「うん、これがあんたのやり方ならそれでいい、今日連れて来た連中は俺から見ても良い人間達だ、その点は信用してくれていいぞ、うん」
「へー、あんたがそう言うなんて、よっぽどね」
いつの間にやらソフィアが厨房の入り口に立っている、
「へ、うるせえよ、でだ、俺はコッチには居ないからよ、今後、人が欲しい場合や、まぁ何かあれば、こいつに声をかけてくれ、エフモントだ」
エフモントを紹介し、エフモントは笑みして一礼すると、
「リューク商会モニケンダム支部長のエフモントです、どうぞ宜しく、用があるときは奥様方に声を掛けて下さい、事務所もあるんだが普通の家でね、看板も無いからさ」
「こちらこそ、ユーフォルビア六花商会のエレインです、あらためまして宜しくお願い致します」
エレインも返礼する、
「で、商売の話をすれば、紹介料は一人辺り銀貨2枚、次回からな、まぁ、金額についてはエフモントの機嫌しだいだがよ、銀貨2枚以上は取らねぇ、もしそれ以上吹っ掛けられたら俺に言ってくれ」
「いや、会長、それはあんまりだぜ」
エフモントは苦笑いとなる、
「わかりました、その時は相談致します」
真面目に受け取ったエレインに、
「いや、エレイン会長、それは無いからさ、勘弁してくれよ」
へー、とルーツとエレインは同時に声に出して、同時に笑うのであった。
「じゃ、俺は3階使わせてもらうぜ、あぁ、ソフィアこれで貸し一つチャラだからな」
エフモントは玄関から、ルーツは慣れた様子で階段に向かう、
「ちょっと、どの貸しよ、ってかアンタまだそんな事言ってんの?」
「へへ、じゃあな」
ルーツはニヤリと笑みを残して2階へ消えた、急激に人の減った食堂内には疲れ切ったエレインとオリビアが残る、魂が抜けたかのような二人にソフィアは、
「あらあら、大丈夫?」
楽し気に話し掛けるが返答は無い、
「まぁ、そうよね、少し休みなさい、お茶入れてあげるから、ほら、オリビアさんも座って」
ソフィアはオリビアを手近な椅子に座らせると厨房に入るのであった。
「なるほど、これは目を引くし、何より商品を選べるのがいいですね」
普段よりもややこざっぱりした装いのエレインが手にした木簡から視線を移してボソリと呟いた、ミルクアイスケーキは今朝の朝食後にジャネットが手早く作ったものである、実証実験は済んだが実際にどの程度持つのかを探る為実物で検証中なのである、
「そうですね、ただやはり最下段はトレーか何かを置きましょう、中段のガラス板は良いかとも思いますが」
隣りに立つオリビアも昨日の騒動を思い出しつつガラス容器を見詰める、昨日の夕食後、ユーリが開店祝いと称して持ち出した代物は大仰なガラス製品であった、パッと見では何をするものかまるで理解できなかったが、その用途を知ってエレインは涙ぐみジャネットとケイスは歓声を上げた、オリビアはただ言葉も無く感動したのである、
「まったく、私達はなんて恵まれているんでしょう・・・」
「そうですね、研究の一環だなんて言ってましたけど、ガラスですからね、かなり高価ですよ・・・」
しみじみと言葉にする、
「いよいよ、失敗できませんわね・・・」
「そうですね、でも、大丈夫です、お嬢様の本気を見せてやりましょう」
「なによ、アナタまで・・・」
エレインはオリビアをジロリと睨む、
「何でしょう?」
オリビアはニコリと笑顔を見せた、
「おう、ソフィアはいるか?」
玄関先で野太い声が響いた、
「あ、私が出ます」
オリビアはパタパタと動いた、やがて食堂にはゾロゾロと男性二人、女性が6人入って来る、
「ようこそ、お越しくださいました、そちらへお座り下さい」
食堂内のテーブルは配置を変えていた、壁掛けの黒板を背にしてエレインが座り、それに対面する形でテーブルが並べられている、食堂内を一瞥したルーツはふふんと鼻で笑うと、
「ほれ、皆は前に座って、俺達はこっちだ」
机の配置からその意図を理解したルーツはほれほれと女性達の尻を叩く、それぞれに強張った顔をした女性陣は静々と席を埋めた、
「では、早速ですが御挨拶から」
ニコリと外面の笑顔を見せてエレインは自身とオリビアを紹介する、
「で、細かい点を説明する前に、皆さんの緊張を解く為にも私共の商品を実際にお試し下さい」
エレインはそう言って席に着く、サッとオリビアが動いて厨房からソーダ水とスポンジケーキを全員に供した、
「それともう一つ」
エレインは席を立つとガラス容器から中段のガラス板をまるごと取り出して、
「こちらも一つずつお取り下さい、美味しいですよ」
自らそれぞれにミルクアイスケーキを供する、
「へぇー、大したもんだ」
ルーツの前にも一式が供され、突然の厚遇にどうしたものかと顔を見合わせている女性達に、
「みんな、ありがたく頂こう、旨そうだ」
濁声を張り上げると、やっとそれぞれの手が動き出した、
「ふふ、是非、楽しんで食して下さい」
柔らかく笑みするエレインの顔は誰の目にも映っていないようである、皆トレー上のスポンジケーキとミルクアイスケーキに釘付けである、
「こりゃ、美味いな、うんうん、大したもんだ、これはあれかい会長が作ったのかい?」
ルーツの質問に、
「そうですね、発案は別の人ですがこの形にする為に努力はしましたわ」
「なるほどね、うん、これなら商売になるな」
ルーツは納得し、
「そうですね、こりゃ、すげえや」
ルーツの隣りに座るエフモントも同意する、やがて女性達も隣り同士で感想を言い合った、
「良かった、好評のようですね、で、簡単に言いますと、この商品を屋台のような店舗で販売致します、どうでしょう?楽しそうだと思いませんか?」
エレインはそれぞれの皿の減り具合をみながら話し始めた、
「ですのでこの商品の作り方とか材料とか全てを覚えて頂く必要があります、それとこれも経験豊富な皆様からすると異例の事と思いますが、この商品を実際に開発したのは私を含めてまだ学生の年端もいかない娘達です、より詳しく言えばこの女子寮の生徒達で作り上げた商品なのですね」
言葉にならない感嘆の声が上がる、
「私が今回従業員を募集する際に一番懸念しているのが実はそこなのです」
エレインは言葉を区切ると女性達を見る、皆、エレインよりも年上であり、恐らくユーリやソフィアと同年代であろう、皆真剣にエレインの言葉を聞いている、
「実際に仕事が始まった場合、皆さんを指導するのも指示するのも年下の学生になります、私やオリビアも含めてですね、もしそのような関係が受け入れられないとなれば、ここでの仕事は難しいと思います、如何でしょう?」
エレインは再び言葉を区切ると、静かに女性達を見渡した、皆、それなりに思案しているようである、この状況に後ろに控えるルーツとエフモントはにやにやと笑みを浮かべていた、
「はい、いいですか?」
最前列に座った女性が手を上げた、
「はい、どうぞ」
「えっと、言わんとしている事は理解できます、が、まぁ、そんなに力まないで、いいですよ、その業務内容とかは全然聞いてないですけど、新しく始める商会で、若いのががんばるっていうか手伝ってやれって、うちの旦那の会長から聞いてます」
フイっと後ろを見る、ルーツと目が合うとルーツはわざとらしく視線を外した、
「なんで、うん、若い娘達と仕事するのも楽しそうだし、私個人は元メイドなんで、貴族様達の扱いはある程度理解してますし、そのお陰かな?年下でも年上でも上司として扱う事は普通ですね、あぁ、まぁ、言葉使いはおいおい思い出しますんで」
そこで女性達から笑い声が上がる、
「そういう意味でエレイン会長の懸念は大丈夫かと思いますよ、なにより、うちの旦那の会長の目で選ばれてますからね、きっと、この場にいる人ならまぁ柔軟に対応できるんじゃないですか」
ニコリと笑みしてエレインを見る、そこでやっと女性達も皆表情が柔らかくなったようだ、
「そうですか、なるほど、ありがとうございます」
誰よりも緊張し悩んでいたのエレインなのである、その事実をエレインはその女性の言葉で自覚したようであった、
「あら、始まってた」
厨房からソッとソフィアが顔を出す、
「おう」
とルーツは囁いて軽く手を上げた、
「どんな感じ?」
エレインに視線を合わせながらソフィアはルーツの隣りに来て静かに問う、
「ん、まぁ、いいんじゃね、初々しくて、こそばゆいな」
「そう・・・」
ソフィアは何となく察してその場を離れた、ここはエレインの晴れ舞台であり今後こなしていくべき大事な仕事の場である、直接関係の無い自分が物珍しさで眺めて良いものではない、その成果についてはいつでも聞いてやれるのだし、愚痴くらいならいつでも・・・と、うんうんと一人自分を納得させて内庭に出た、
「では、あらためまして」
エレインは努めて口調を変えず淡々と進行していき就業条件と給与の説明を終える、事前にルーツに話した事と差異は無いが必要な儀式であろう、それから別室へ一人ずつ呼び出しての個別面談を終えた、この時点で慣れない作業の為かエレインの脳は許容量を大幅に越える情報を処理している、そのお陰か緊張はやっと薄らぎ表情は幾分か柔らかくなる、しかし、それはどこかが緩んだものであり、側で補佐するオリビアにやきもきさせる事となった、
「どうしましょう、皆さんを採用したいところですが・・・」
個人部屋にて面接が終わった後、オリビアと二人休む暇も無く相談を始める、
「そうですね、えっと、確かこの3人は3日に一度は休みが欲しいと、それからこの2人は魔法が難しいのでしたね、それと・・・」
オリビアは木簡を並べてそれぞれの要求事項と特性を確認する、
「えぇ、であればもう、皆さん採用して上手い事勤務表を作りましょう、ただ、開店時と研修期間は連続での勤務となりますので、その点だけ無理をしてもらう必要がありますが」
「そうね、まぁ、研修期間は時間の融通もききますし、それで納得して頂ければ・・・、まぁ、こちらとしては日給制ですからね、仕事した分だけ支払う形は崩さなければいいのですし」
エレインはそうねと頷いて席を立つ、オリビアも納得した顔であった、二人が食堂に入ると、列席者はご自由に試してくださいと置いたソーダ水を片手に歓談している様子であった、彼女達もまたお互いの旦那の職場が同じであるだけで直接の面識は無かった、中年女性らしいそれとは分からない探り合いのような井戸端会議の様相である、
「はい、皆さんお疲れ様でした」
エレインが席に着くと、女性陣も静かになり席に着く、
「えーと、大変失礼な言い方になるかもしれないのですが・・・」
エレインは前置きし、
「皆さん全員を採用したいと考えます」
と列席者を一望し、それぞれの表情を伺う、最も険しい顔をしたのが奥にいるルーツであった、女性達はあらあらといった感じであろうか、
「個別にお話を伺った所、お休みを取りたい方もいらっしゃる様子でして、であれば、こちらとしてはある程度の人数を確保するのが良かろうかなという所です、ですのでこちらとしてましては皆さん全員を採用とさせて頂ければと思うのですね、ただし・・・」
とエレインは言葉を区切り、開店当初と研修の件、それから勤務体制等を話した、
「以上となります、納得頂ければこちらの木簡にサインを、それで・・・」
と黒板に書かれた予定表を見て、
「7月3日の午後一から研修を始めたいと思います、如何でしょうか?」
居並ぶ面々はそれぞれに思案している様子である、
「はい、私はそれで、宜しくお願い致しますね、会長」
先にエレインへ苦言を呈した女性が手を挙げる、子供が二人どちらも女の子で日々が楽しいらしいマフレナという名の気丈な女性である、
「ありがとうございます」
それから残りの女性も参加を表明した、それぞれにエレインは礼を伝え、
「では、今日はこちらにサインを頂いたら、お帰り下さい、3日に会えることを楽しみにしています、それと、どうしましょう、スポンジケーキはある?」
オリビアに問うとオリビアは無言で頷いた、
「であれば、アイスケーキはお土産には向かないですが、スポンジケーキならお持ち帰り可能かと思います、御家族でお楽しみ下さい」
オリビアは音も無く厨房に入ると盆に幾つかの籠を乗せて戻ってきた、それは既に用意されていたもので、エレインの先程の発言からはやや矛盾を感じる、
「では、えっと、マフレナさんからこちらにサインをお願い致します、文面は先程説明致した通りです」
マフレナがサインをするとエレインはニコヤカに、
「宜しくお願い致しますね」
とその手を取って籠を持たせる、小さな籠には葉っぱを覆いとしているがスポンジケーキが6片入れてある、家族の分という事であろう、
「こちらこそ、お心遣いありがとうございます、お力になれれば幸いです」
マフレナは楽し気に笑みを浮かべ、それから残りの女性達もサインをして散会となった。
「いや、最初はどうなるかと思ったがよ」
女性たちを帰した後、食堂にはルーツとエフモントが残っている、
「すいません、こちらこそ、そのお構いもしませんで」
エレインは未だ慇懃な態度を崩さない、
「それはかまわんよ、だが・・・」
とルーツは言葉を探し、
「うん、これがあんたのやり方ならそれでいい、今日連れて来た連中は俺から見ても良い人間達だ、その点は信用してくれていいぞ、うん」
「へー、あんたがそう言うなんて、よっぽどね」
いつの間にやらソフィアが厨房の入り口に立っている、
「へ、うるせえよ、でだ、俺はコッチには居ないからよ、今後、人が欲しい場合や、まぁ何かあれば、こいつに声をかけてくれ、エフモントだ」
エフモントを紹介し、エフモントは笑みして一礼すると、
「リューク商会モニケンダム支部長のエフモントです、どうぞ宜しく、用があるときは奥様方に声を掛けて下さい、事務所もあるんだが普通の家でね、看板も無いからさ」
「こちらこそ、ユーフォルビア六花商会のエレインです、あらためまして宜しくお願い致します」
エレインも返礼する、
「で、商売の話をすれば、紹介料は一人辺り銀貨2枚、次回からな、まぁ、金額についてはエフモントの機嫌しだいだがよ、銀貨2枚以上は取らねぇ、もしそれ以上吹っ掛けられたら俺に言ってくれ」
「いや、会長、それはあんまりだぜ」
エフモントは苦笑いとなる、
「わかりました、その時は相談致します」
真面目に受け取ったエレインに、
「いや、エレイン会長、それは無いからさ、勘弁してくれよ」
へー、とルーツとエレインは同時に声に出して、同時に笑うのであった。
「じゃ、俺は3階使わせてもらうぜ、あぁ、ソフィアこれで貸し一つチャラだからな」
エフモントは玄関から、ルーツは慣れた様子で階段に向かう、
「ちょっと、どの貸しよ、ってかアンタまだそんな事言ってんの?」
「へへ、じゃあな」
ルーツはニヤリと笑みを残して2階へ消えた、急激に人の減った食堂内には疲れ切ったエレインとオリビアが残る、魂が抜けたかのような二人にソフィアは、
「あらあら、大丈夫?」
楽し気に話し掛けるが返答は無い、
「まぁ、そうよね、少し休みなさい、お茶入れてあげるから、ほら、オリビアさんも座って」
ソフィアはオリビアを手近な椅子に座らせると厨房に入るのであった。
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