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10話 祭りの後、新しき友人達 その9

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「ごめん、どなたかおられるか」

不意に玄関口に訪問者がある、夕刻の訪問者とは珍しく、宴の喧騒の中でもあった為その声は聞き取りづらかった、唯一人気付いたソフィアがパタパタと玄関口へ走った、

「はいはい、どちら様ですか?」

「あ、あのすいません、こちらユーフォルビア第2女子寮で宜しいですか?」

戸口には身なりの良い青年が立っていた、とてもこの時間に不案内な家の戸口を叩く人物とは思えない、さらに成年の後ろには豪奢な馬車が止まっていた、

「はい、そうですが、どういった御用で?」

ソフィアはどう応対したものかと困ってしまう、

「良かったです、えっと、商工ギルドでこちらの生徒さん達が屋台を出したと伺いまして、そのもし可能であればですがその屋台で出されたものを購入したいと思いまして、失礼である事は重々承知の上でお邪魔致した次第です」

青年はホッとした表情で用向きを伝える、

「屋台の品を購入ですか・・・」

ソフィアは困ってしまった、今、この瞬間であれば提供は可能である、しかし、食堂内はお酒も入った状態でやや荒れてしまっている、さらにやんごとなき身分の人がいることを考えるとこの青年を中に入れる事は難しいと思われる、かと言ってこのまま突き返すのもまた礼を失するというものであろう、青年の身なりと背後の馬車を見る限りこの青年もまたやんごとなき人達の先鞭であろうから、

「不躾な上に突然のお願いで大変恐縮なのですが、何とかなりませんでしょうか?」

青年は紳士にソフィアを見詰める、流石のソフィアも即対応とはいかずどうしたものかと寮内と青年を交互に見つつ、これも奇縁かと腹を括った、

「購入頂くのは難しいと思います」

ソフィアははっきりと言い切った、その言葉に青年は落胆の表情を浮かべる、

「しかし、今、お召し上がりになる事は可能かと思いますが、如何でしょう?」

ソフィアの想定外の提案に青年は顔を明るくする、

「しかし、今ですか?失礼ながら、会食中の御様子ですが・・・」

青年は木戸とソフィアの背後から漏れ聞こえる喧騒に自身が場違いである事は自覚できているらしい、

「そうですね、でも、そんな事で諦めるのですか?」

今度はソフィアが挑戦的に青年を見る、口の端にはうっすらとした笑みさえ浮かべている、

「危ない橋も一度は渡れといいますよ、如何致します?」

さらにソフィアは青年を煽る、

「分かりました、少々、お待ちください」

挑戦的なソフィアの瞳に青年は攻守が代わった事を理解し、馬車に走った、そして馬車内の人物と何事か話し合っている、ややあって、青年は小柄な女性と共にソフィアの元へ戻ってきた、

「まずは、名乗らせて頂きます、私はライニール、クレオノート伯爵家の従者であります」

突然のビッグネームにソフィアは目を剥いた、身分は高そうだと思っていたがまさか領主様に連なる者とは予想しえなかったのである、

「これは、御丁寧に、私はソフィア・カシュパル、ユーフォルビア第2女子寮の寮母を務めております」

ソフィアはならばと優雅に腰を折る、

「失礼の段どうぞ、お許しください」

ライニールは一旦頭を垂れると、

「こちらが我が主、レアン・ギリ・クレオノート嬢であります」

すっとその場を退きレアンをソフィアと対面させた、

「レアンである、我が従者が失礼をしたな、許せ」

居丈高といった挨拶であるが、ソフィアは貴族はこんな感じだったーと昔の事を思い出していた、クロノスやパトリシア、エレイン、シェルビーもそうであるが、彼等は希少といってよいほど貴族らしく無い人々なのである、貴族と平民との距離とは基本的に非常に開いたものなのであり、本来であれば直接話すことなど無いのだ、この場に於いて彼女がソフィアに対して直接会話をしただけでも実は大したことであったりする、

「これは、こちらこそ失礼致しました、レアンお嬢様、寮母のソフィアで御座います、お会いできて光栄の極みであります」

ソフィアはこんな感じだったかなと思い出しながら腰を折る、冒険者時代にクロノスから聞いた貴族向けの挨拶であった、

「こちらこそである、で、我はどうしても話題の菓子を食したくてな、屋台で供されたというその品を求めてきたのだが・・・」

ソフィアは頭を下げつつもレアンを観察する、年齢は10歳前後であろうか、クレオノート家は貴族としても裕福な方であると聞いており、その噂を証明するように衣服は豪奢である、赤色を基調とした要所にフリルの付いたドレスに純白のブラウスが映えている、市井にあるというのに首元は細い金細工で彩られ指には幾つかの宝石が輝いていた、

「はい、今日、この場にてお出しする事はできます、しかし、お嬢様の経験した事のないような会食の最中でございますれば、それを我慢頂けるのでしたら、すぐにでもお応えできます」

「・・・ふん、それもまた一興か、ライニールも居る、何かあれば首ではすまんぞ」

レアンは刺々しく言い放つがそれは受け入れたとの意思表示であろう、ソフィアはそう理解し、

「では、こちらへ、ライニール様が先達になられますか?」

ソフィアは半身をずらしライニールに視線を向ける、ライニールは静かに目礼をしてソフィアの後に続いて寮に入った。



「おう、ライニールか久しぶりだなぁ」

すっかり出来上がったユーリが戸口に立って硬直する青年を見付け、楽し気に叫んだ、

「あ、ホントだ、ライニールじゃん、どうしたの?」

その隣りに座るダナも十分に出来上がっているらしい、上気した頬が艶めかしい、

「えっと、飛び入り参加です、ライニールさんと、レアンお嬢様、皆さん宜しくね」

ソフィアは先程とはまるで別人の言葉使いで二人を一同に紹介した、

「これは一体・・・」

ライニールは食堂内の面々を見て言葉を無くす、

「どうしたのですか、ライニール」

レアンはライニールの背で食堂内を見る事が出来ない、

「いえ、お嬢様、これは、もしかしたら大変な場所に来てしまいました」

ライニールの知る限り、その場には同級生であったダナ、恩師であるユーリ、さらに学園長と事務長、学園で顔を見た事のある先輩が数人居た、それも居るだけならまだしもその半数以上が酔っている、ライニールはこれは判断を間違えたかと眩暈を感じた、女子寮であるのだから女子生徒達が騒がしく夕食を摂っているものとばかり思っていたのである、まさか女子寮内に大人達が集まり宴会をしているとは、さらにその内に知り合いがいるとは想像すら不可能な魔窟であった、

「あら、イイ男じゃない、ダナ知り合いなの?」

酔ったサビナが早速喰い付いた、

「うん、同級生ですね、どうしたんでしょう、久しぶりです」

「ふーん、ライニールさんね、こっち、こっちよ」

サビナの目がキラリと光り、大声で自分の隣りの席を指差すが、ライニールはどうしたものかと頬を曳き付かせて動けないでいる、

「お嬢様こちらですよ、今ならじっくりと制作過程から見物できます、かぶりつきってやつです」

ソフィアはにこやかににレアンを誘うがライニールは意図的に戸口を塞いでいた、このような場所に自分の主を入れて良いものか判断が出来ないでいるのである、

「ええい、邪魔だライニール」

とうとうお嬢様の怒りが爆発してライニールを力任せに押し退けた、

「お嬢様、お待ちを・・・」

ライニールは何とか体を躱してレアンを押し止めようとするがそれより先にレアンは食堂に足を踏み入れた、

「あら、可愛らしいお嬢様?どちらの方でしょう?」

一同の視線がレアンに向かう、酔漢の無遠慮な視線にレアンは一瞬たじろぐが貴族の意地か性根の強さかキッと睨み返した、

「はて、何処かで・・・」

シェルビーはレアンの顔を見て顎を2度掻いた、

「クレオノート家のレアンである、皆の者、邪魔をするぞ」

レアンは少女の声で少女とは思えない啖呵を切った、

「あぁ、クレオノート伯の御令嬢ですな」

シェルビーはすっと立ち上がり、レアンの前に進み出ると優雅に礼をし、

「ゲイル・イル・シェルビー、シェルビー伯家縁の者です、お会い出きて光栄です、お嬢様」

「・・・これは、シェルビー伯家の方ですか、このような場でお会いできるとはこちらこそ光栄でございます」

レアンは面喰いながらも礼を返す、恐らく彼女の想定とは大きく異なる状況であろうと思われるが冷静に対応する様は彼女の胆力の証であろうか、

「飛び入り参加との事ですが、一体どうされたのですかな?」

シェルビーの丁寧な対応にレアンとライニールは取り合えずホッとする、同じ貴族に席を持つものとしてこの空間に取り入るには最適な人物であろう、さらにシェルビーはソフィアに目配せをした、ここは任せろとの合図であろう、ソフィアはそう判断して笑顔を見せて、自席に戻る、

「それなのですが」

ライニールはすっとレアンと位置を代えると事の次第を説明した、

「なるほど、では、私が御案内致しましょう、こちらへ」

シェルビーはジャネットの元へレアンを誘った、

「こちらが御所望のミルクアイスケーキになります、作成の様子も楽しい一品ですよ」

シェルビーの説明にレアンはやっとその年齢らしい笑顔を見せる、

「ジャネットさん、3種を2人分御用意頂けますか?」

「はい、御注文ありがとうございます」

ジャネットは景気よく答え、種類毎にその手際を披露する、

「これは、また、奇妙で面白いのう」

レアンの瞳はキラキラと輝きながら作業一つ一つから視線を外せなくなった、

「おねーさん、はお嬢様なの?」

気付くとレアンの隣りにミナが寄り添っている、

「なんじゃ、おねーさんとは私の事か?」

レアンはビクリとして反射的に答えた、

「そうだよ、えっと、ミナはミナだよ、おねーさんは何お嬢様?」

「私か、私は、レアンだ、ミナさん、ミナちゃんでよいのか?」

「うふ、レアンお嬢様もミルクアイスケーキ好きなの?」

人懐っこいミナの笑顔にレアンはしどろもどろとしながらも、

「美味しいと伺って、調べさせてもらってな、失礼とは思ったが門を叩いた次第じゃ」

「ふーん、ミナはね、苺入りのが好きー、あとこの黒いソースも美味しいのよ」

「なんだ、ミナッちもう一つ作るかぁー」

ジャネットは忙しく手を動かしながらミナを見る、

「むー、でも、お腹いっぱい、それに、ソフィにもうその辺にしときなさいって言われたー」

「そうか、んじゃ、今日はもう、沢山だなぁ」

ジャネットはコンコンと手にしたヘラで大理石を叩き、

「はいどうぞ、フルコース、このソースはトレーにちょっと載せて付け乍ら食べても美味しいよ」

レアンとライニールはそれぞれにトレーを受け取る、

「わたしまですいません」

ライニールは恐縮するが、

「はいはい、でね、そっちにあるのがスポンジケーキ、それも屋台で提供したのね、ちょっと待ってな」

ジャネットは前掛けで手を拭ってからスポンジケーキを適当な大きさに切り分ける、

「トレーに乗っかるかな、うん、こちらもどうぞ」

それぞれのトレーにケーキを2種載せる、

「んで、最後はこれ、アニタ、空いてるコップある?」

「あるわよー、あぁ、お客様の分ね、ならこっちへどうぞ」

アニタは当然のように二人をテーブルに座らせその前にソーダ水を入れたコップを差し出した、

「さ、どうぞ、ごゆっくり御賞味下さい」

側に付いていたシェルビーがもう十分だろうと離れて自席へ戻る、あれよあれよという間に歓待された二人であったが、室内に入った時の印象とは大きく違うその対応に目を廻していた、

「どうしたの?美味しいよ、食べないの?溶けちゃうよ?」

新しい客人に興味津々のミナがピッタリとレアンの側にくっ付く、

「うむ、では、失礼して頂こう、皆の者、御厚意に感謝する」

レアンは同じテーブルに座る一同に頭を下げて小ぶりのナイフを手に取った、まずは真っ白い氷菓子を二つに分けさらに二つに分けた物をナイフの先で口に運んだ、

「うむ、これは、美味い」

初めて食する氷菓子の食感に満面の笑みを見せる、

「でしょう、苺とミカンのも美味しいのよ」

ミナは尚も甲斐甲斐しくレアンの食事を見守もる、二人はあっという間に氷菓子を完食し、ミナの薦めでスポンジケーキにも手を伸ばす、さらにソーダ水を口にして歓喜の声を上げた、

「いや、満足じゃ、ミナ殿、しかしこれは素晴らしい料理ですね、誰が考案されたのです?」

「うーんとね、ソフィアとジャネットとアニタとパウラ?それとエレインとオリビアとケイス」

ミナは指折り数えて名を上げる、

「それとね、リシア様とスイランズ様とか、うん、いっぱい!!」

「なるほど、という事はここにいらっしゃる皆様の努力の結晶なのですね」

「うん、で、今日は、屋台の成功を祝して打ち上げ?なのです」

ミナは自分の事のように誇らしげに胸を張る、

「そのような場に闖入してしまうとは・・・いや、これは失礼を・・・」

レアンは急にしおらしくなるが、

「いや、まぁ、大丈夫だと思いますよ、何か貴族の人も多いし、ソフィアさんが受け入れたって事は害は無い筈ですし、失礼な言い方ですけど・・・」

アニタがレアンを気遣う、

「それは、そうかもだが・・・」

「あの言葉遣いが間違っていたら申し訳ないのですが、折角お知り合いになれたのですし、屋台のお菓子も良いですが、こちらの私達の自慢の郷土料理も如何でしょう?今日は打ち上げと称して私達生徒からの御恩返しのつもりなのです、これも合縁奇縁と思えば楽しまなくては損ですよ」

パウラは大皿から数種の食物を取り分けて二人に差し出した、二人はパウラの言葉に顔を見合わせつつ、

「感謝する、わたしも見慣れぬ料理に興味を惹かれていた所でした」

レアンは素直に好意を受け取った。
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