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10話 祭りの後、新しき友人達 その7

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翌日、午後から6人娘が集って喧々諤々とやっていた、明日の打ち上げに向けての相談である、ソフィアは楽し気にそれを眺めつつユーリ達の引っ越しを手伝っていた、彼等の引っ越しのうち研究室のそれはすでに大方が済んだらしい、部屋を移動する程度の労力である為大した作業量ではなかったようである、問題は個人の荷物の方であった、それも大した量ではない、3階まで持って上がるという労力が大きいのである、

「はぁはぁ、きついわね、大した量じゃないけど、やっぱり」

腰を押さえてユーリは息を荒くしている、

「所長、あと一往復で終わりですよ」

サビナが見た目通りに大量の荷物を持って通り過ぎる、

「ショチョー、ガンバエー」

ミナの無責任かつ応援に聞こえない応援がユーリに届く、

「分かってるわよ」

「ユーリ、無理しないの、ほら荷車の人に手間賃払わないと」

ソフィアはそうねと頷いてよろよろと玄関口へ向かった、

「あ、ソフィアさんちょっといいですか?」

パウラがソフィアを呼び止める、

「はいはい、何かしら」

「はい、えっと、明日なんですけど厨房を借りたいと思いまして、材料はこちらで用意します、それと、これは相談なんですが、お酒ってどうしたものかなというのがありまして」

「お酒は必要ですわよ」

エレインは即座に反応するが、

「そう言っているのは、エレインさんだけでして、御意見を頂ければと・・・」

ケイスが困った顔をする、どうやらパウラとケイスは酒は好みでないらしい、

「うーん、そうねぇ、確かに難しいわねぇー」

ソフィアも納得しつつ首を傾げた、

「本来、あなた達の打ち上げであって、会食程度に押さえるのであればお酒は必要無いとも思うけど、正直、あなた達からのお礼の意味合いが強いのでしょ?」

ソフィアの意見に皆一様に頷いた、

「そうなると、お酒を用意するのが礼儀ではあるのよね、でも・・・」

「はい、そうなると、うーん、何か違うかなって、私達飲めませんし」

アニタが真面目に答える、

「じゃ、こうしましょう」

ソフィアは手を叩く、

「お酒は飲みたい人は持ってくる事にしましょう、正直なところ呑み助共の趣向まで知ったこっちゃないわ、そのように伝達なさい、ブゥブゥいう奴がいたらそうね、私の責任でそうなったと言えば誰も文句はないでしょ、それとなんだっけ」

皆安心して笑顔を見せた、エレインだけ少々不満顔であったが、

「はい、厨房をお借りしたいと思いまして」

「それも良いわよ、オリビアさん宜しくね」

ソフィアはオリビアに目配せする、オリビアには厨房の使い方をしっかりと教え込んでいる、悪い使い方はしないであろう、

「はい、お任せください」

オリビアはソフィアの信頼に笑顔で答えた。



翌日、放課の時間になると厨房と食堂は生徒達に占領された、なにやらドタバタとやっているらしい、久しぶりに食事の準備という家事から開放されたソフィアは、裏庭にてお湯を沸かしており、研究所組は3階に籠っている、レインは菜園で苗の様子を見ながら雑草と虫を駆除し、ミナは不安気にソフィの背中を窺っている、

「ソフィ、今日も髪洗うのー?」

お湯を沸かす事と洗髪が繋がった行為である事を刷り込まれつつあるミナが嫌そうにソフィアに問うた、

「今日はミナじゃないわよー、そろそろ来るかしらねぇー」

樽の中のお湯を攪拌しながら頃合いを窺っていると、

「お邪魔しますわ、ソフィアさん、あら、ミナさんレインさん、御機嫌用」

寮母宿舎の玄関が開いて御機嫌のパトリシアが姿を現す、

「リシア様、御機嫌麗しゅう」

ソフィアは片足を引き腰を折った礼をする、それを見たミナもたどたどしくも真似をした、

「リシア様、ゴキゲンウルワシュー」

「ありがとう、お二人共、今日はお招き頂きましてありがとうございます、打ち上げに私まで呼んで頂けるとは望外の幸せですわ」

「そんな、リシア様の協力が無ければ今回の屋台は成功しませんでした、本当にありがとうございます」

ソフィアは生徒に代わり厚く礼をいう、

「わ、リシア様も付けてるのね、ミナもミナも付けてるよ」

リシアの腰にぶら下る木工細工にミナは喰い付いた、

「勿論ですよ、これはわたくしの大事な思い出の品ですもの、ね、アフラ」

「はい、勿論ですリシア様、なのでわたくしもほら」

背後に控えていたアフラがすっと進み出て自身の木工細工を見せつける、

「うふふ、嬉しい、一緒だね、オソロだね」

ミナはピョンピョンと二人の周りを飛び跳ねた、

「オソロ・・・あぁ、お揃いの短縮ですか・・・また不可思議な言葉を覚えられましたわね、ミナさん」

「えー、みんな使ってるよ、オソロだよー、使いやすいしー」

「なるほど、オソロですか、確かに使いやすいですね」

アフラの静かな笑顔にミナは得意気に鼻をすすった、

「それでと、今日は確か6名位と聞いておりますが」

「えぇ、先日の従者と乳母とで参りましたの、皆、こっちへ」

アフラの後ろからさらに4名のメイド服に身を包んだ女性達が姿を現す、先日見た顔が半分、初見の顔が半分である、パトリシアよりも遥かに高齢な女性もおり、彼女が乳母なのかなとソフィアはそう判断した、

「本日の打ち上げには招待頂きました私とリシア様、それとクロノス様とリンドが出席致します、他の者は洗髪の勉強会のみの参加です、宜しくお願い致します」

アフラはソフィアに状況を説明した、

「はい、確かに確認致しました、では、早速ですが洗髪の方準備が出来ております、こちらへどうぞ皆様」

ソフィアは一行を優雅に樽へと導いた。




「なるほど、これは良いな、同じものを作れるか?」

3階から降りてきたクロノスは湯沸し器を見るなり大声を上げる、すぐ側の椅子には洗髪後の脱力感に身を任せ、手にしたソーダ水でさらに骨抜きになっているパトリシア一行が座っていた、

「なーによー、今はこれよりも、奥様の方に目を奪われた方がいいと思うわよー」

ソフィアは目を細めてクロノスを睨んだ、何の事だ?とクロノスはソフィアを見詰め、それからパトリシアに視線を移す、ジィッとクロノスはパトリシアを見詰めると、

「何だ、パトリシア、お前、若返ったのか?いや、違うな、あれ?でも、ん」

としげしげとパトリシアを様々な角度から観察しながら言葉を探す、パトリシアはクロノスの無遠慮な視線にキョロキョロと顔を動かし視線を躱す、しかし、見詰められる喜びとからかいたい思いとで徐々に笑いが込み上げてきた、

「わからんが、何だ、美しいな、輝きが違うぞ、どうした、何があった?」

クロノスの反応にいよいよ笑いを堪えきれなくなった一行は、一斉に破顔大笑した、

「何だ、お前達迄、ソフィア、これは一体どういう事だ」

クロノスはソフィアに助けを求める、

「はいはい、種明かしする?」

ソフィアはパトリシアに許可を求める、パトリシアは笑いを押さえられずに涙目で何度か頷いた、

「えーとね、皆さんに洗髪の講習会を開いたの、それだけ、ほら皆さんの髪凄い綺麗でしょ、それと香りも」

クロノスは改めてパトリシアを見る、その視線は髪に集中した、

「もう、クロノスじゃなかったスイランズ様、あまり、ジロジロと女性を見るものではないですよ」

パトリシアは笑顔を押さえきれずにそれでもマナーとして警告するが、

「夫婦であろうが、少し、我慢せい」

クロノスの観察は終わらない、

「我慢とかの問題ではないですよ」

「そうですよ、奥様が笑い過ぎて辛そうです」

アフラと乳母の言葉にクロノスはやっと自分の妻から距離を取った、

「洗髪か、興味深いな・・・」

クロノスはじっと樽と湯沸し器、それと斜めに倒された2脚の椅子に視線を移す、

「そうねぇ、スイランズ様も洗っちゃいましょう、男っぷりが上がるわよ、お湯もまだあるしね」

ソフィアは有無を言わさずクロノスを洗い場に座らせると、

「奥様、講習のおさらいといきましょうか?」

パトリシアに笑い掛ける、その意図を汲み取ったパトリシアは満面の笑みで立ち上がると、

「旦那様、別世界を見せて差し上げますわよ」

と腕捲りをしながら大股で夫の頭上に立つ、

「お、おう、宜しく頼むぞ」

上下逆さで自分を見下ろす愛妻にクロノスはどぎまぎしつつも、何とか威厳を保とうとやや高圧的な言動を選んだ、しかしその言葉の震えが彼の内心を連れ合いに晒す事になる、

「あら、緊張してるの?百戦錬磨の勇者様が?」

パトリシアの悪戯癖が鎌首を上げたうえに大きく牙を向く、パトリシアは頬を上気させ舌なめずりをしつつ桶にお湯を汲んだ、

「パトリシア・・・人が見ているぞ、忘れるなよ」

クロノスは従者達の好奇の目を気にしつつパトリシアの笑顔からも目が離せない、

「大丈夫ですよ、旦那様、痛い事はないですからね、さぁ目を閉じて下さい」

ソフィアの頑固ともいえる平等主義によりパトリシアは乳母である女性に対して実際の手技を行い洗髪の要点を取得していた、乳母に対してはとても実直に作業を熟したが、手技が2回目という事と他人の手技をじっくりと観察していた事もあって、余裕を持って作業を進めている、しかしそれは洗髪というよりも一つの睦事のような様相を呈し始め、パトリシアは嗜虐趣味が押さえられないのか手技は次第に淫靡になっていった。

「はい、それまで」

ソフィアは冷静である、

「何がですの?」

クロノスの頭皮を両手でマッサージするパトリシアはキッとソフィアを睨む、

「はい、そうね、リシアさん、あれ」

ソフィアは従者達の方を親指で差した、従者達は顔を真っ赤にして二人の行為をランランと光る眼で見詰めている、その表情にパトリシアはハッと気付くと、

「やぁーねぇー、もう、冗談よ、冗談、ね、クロノス」

と何とか誤魔化そうと手に力を入れる、

「すまん、何がだ、よく分らん」

目を瞑ったままのクロノスは妻の慌てぶりに上体を起こそうとして、両手でガッチリと頭を押さえられた、

「ふふん、もう少しですから、お待ち下さい」

パトリシアは誰にも聞こえないように優しくクロノスに耳打ちした。



「しかし、お前はこのような事をどこで知ったのだ?」

パトリシアに洗われたクロノスはソーダ水を片手に妻の隣りに座っている、その二人の姿はなにやら事後のようで艶めかしく感じられた、

「んー、そうねぇ、場所は教えられないし、例え辿り着いても言葉は通じないと思うんだけど、なんと、エルフの隠れ里で教わったの、ほらタロウさんと放浪してた時に偶々迷い込んじゃって、そこでね、タロウさんが通訳してくれていろいろと技術交換したのよね、その一つ、これはまだ序の口よー、ホントはねぇ全身洗浄と全身体内洗浄っていう秘儀があるの、それを再現したいんだけど、まぁ、もうちょっと先よねぇー」

ソフィアは相手が嘗ての冒険者仲間であるからか、とても一般人には言えない事を堂々と開陳する、

「なるほど、って、なんだその全身洗浄ってそれのが良いのか?」

「うん」

ソフィアは素直に頷く、

「いつできる?」

「まぁそのうち?」

「急げ!!」

「やだ」

「やだってお前なぁー」

クロノスは何とも困った顔をする、

「問題は一つ一つ解決しないとその先には行けないのよ、まぁ、考えてはいるからゆっくり待ちなさいよ」

「ぐぬー、分かった、しかし、完成したら・・・」

「はいはい、お二人には是非体験してもらうわよ、とんでもないんだから」

ソフィアの笑顔に二人は期待よりも不安を感じるのであった。



やがて、準備できました、とジャネットが内庭に顔を出す、

「えっと、会そのものは皆さん揃ってからですが、いらっしゃる方はどうぞ食堂へお入り下さい」

陽が陰り始めた時刻である、夕食を摂るには少しばかり早い時間であるが会食であれば、程良い時間であろう、丁度良くリンドが小さめのワイン樽を持ってクロノス達に合流したところであった、

「それでは、私共はこれにて、ソフィア様、本日は貴重な技術を伝授頂きましてありがとうございました」

帰宅する従者を代表して最年長である乳母が静かに頭を下げた、

「こちらこそ、失礼がありましたら・・・至りませんでした、申し訳ありません、そうですね、もっと洗練された技術として昇華なされる事を期待しております、わたくし等よりもこういった技術に対する造詣は皆様の方が深いとも思いますので。その上で是非、新しい技術で私の髪を洗って欲しいです」

ソフィアの明るく丁寧すぎる挨拶と笑顔に、乳母も柔らかい笑みで答え、それではと従者はアフラを残して寮母宿舎に入っていった、

「さて、行くか、しかし、酒持参の食事会なぞ始めてだぞ」

クロノスは非難めいた口調である、

「あら、酒を飲まない娘達からの感謝の食事会ですよ、お酒が出てくること自体が問題かと思いますが」

ソフィアの意見にクロノスはムスッと黙り込み、パトリシアは、

「実に正しいですわね、お酒等無くても美味しい食事があれば楽しいものとよっく思い知るべきですわよ」

「いや、そうは言うが今日はしっかり持ってきておるし、美味い食事には美味い酒だろうが」

「あぁ、思い出しました、ソフィアさんお土産ですわ」

パトリシアは急に立ち止まりアフラに目配せする、アフラはホッとしたような顔をして腰のポーチから小さなガラス瓶を取り出した、

「ソフィアさん、私共で作成しました香水です、数本ありますのと、高価なものなので管理を厳にしていただければと思います」

アフラはガラス瓶を一つソフィアに手渡す、

「わっ、ありがとうございます、こちらは?」

「薔薇の香油ですね、香油と香水2種類ずつ3種の花の香りになります、薔薇、ジャスミン、アイリスですね」

アフラはポーチを外しその中身を見せる、

「まぁ、ありがとうございます、そうなりますと、うーん、ちょっと試してみたい事が、そうですね、パトリシア様ならより似合いますね、少々お待ちを」

ソフィアは受け取ったポーチを手に宿舎に走り、すぐに戻ってきた、

「リシア様、腰の木工細工をお借りして宜しいでしょうか?」

ソフィアはポーチをアフラに返却しつつパトリシアに確認し、木工細工を受け取った、

「この細工物の中に」

ソフィアは無色の魔法石の最も小さい欠片を手にしており、そこに何やら呟いて魔法をかける、内側で軽い光が発生した瞬間に薔薇の香油を一滴欠片に垂らした、

「これで・・・」

欠片はミナの爪程もない小さな物である、野外でやる作業とも思えなかったがソフィアにそういった思慮は無い、変な所で考えが足りないというか視野狭窄なのである、思い付いた瞬間、又はそれが実行できるとなった瞬間に周りが見えなくなるのであろうか。

「はいどうぞ、これを身に着けて下さい、どの程度の期間楽しめるのかは未知数ですが、身体に振り掛けるよりもはるかに長い時間楽しめると思いますよ」

ソフィアは欠片を木工細工に納めると少しばかり隙間を開けてパトリシアに手渡した、

「なるほど、ふむ、確かに薔薇の香りがするのう、屋外故に拡散してしまっているが」

「そうですね、昔、綿に滲み込ませたりもしたんですが、それだと、量が必要なのと効果時間が短くて、ですので、今回は例の魔法石を使用してみました、私の勘が正しければ、かなりの長期間有効な筈です」

「ふむ、これも研究の一環か、ソフィア、俺にも一つ頼めるか、魔法石を出されたら私も口を挟まざるを得ない」

「えぇ、そう言うと思いまして」

ソフィアは先程と同じような大きさの無色の魔法石を取り出し同じように魔法をかけた、そして懐から別の瓶を取り出し一滴落とす、

「えっと、スイランズ様は木工細工は?」

「すまぬな、置いてきた」

悪びれる事無く言い放つが、

「スイランズ様、こちらに」

リンドがスッと木工細工を差し出す、

「・・・すまぬな、リンド、何から何まで」

「いえ、これが仕事でございます」

微笑むリンドにクロノスは頭を掻いた、

「はい、それではそちらに入れましょう、こうやって、少し隙間を開けるのがコツかなと思いますが、こちらはジャスミンの香水ですね、花の種類もですが香油と香水も分けてみました、使い比べて下さい」

「うむ、心得た、リシア、頼むぞ」

「あら、それはこちらの台詞ですわよ、スイランズ様、なにせ香水は女の装いの一つでありますから・・・」

パトリシアは腰の木工細工を手慰みつつ艶やかに微笑む、

「さ、行きましょうか、ついでのつもりが長くなってしまいました」

ソフィアは小瓶を懐に隠すとスイランズ達に先立って厨房に入った。
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