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本編

8話 宵宮の喧騒の中で その6

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「それで昨日は来れなかったのよ」

午前の遅い時間にユーリは女子寮に現れるとその不満を大声でソフィアにぶつけた、手には昨日クロノスが持って来た巻物の一本を手にしている、研究用に学園長から預かったらしい、

「でも、それって、その学部長さんの言う事も分かる気がするけどねぇ」

「何よ、あんたも敵ってわけ?私がどんだけ根回しに駆けずり回ったか」

「そりゃ、申し訳ないけど、その根回しが足りなかったんでしょ、つまりは・・・」

ソフィアの身も蓋も無い発言に、ユーリは顔面を引き攣らせる、

「ユーリ言ってたじゃない、学園内の政治的なうんたらって・・・」

「そうよ、言ったわよ、確かに足りなかったのかもしれないけど、それは、先生になって私まだ1年ちょいよ、学園内の駆け引きなんて誰も教えてくれないのよ、貴族派閥がどうのなんて知ったこっちゃないわよ、私バリバリの平民よ田舎者なのよ、それをあのおっさんと来たら頭ごなしにもうー、腹立つわー」

それは聞いていてよく分かったわとソフィアは言いかけて飲み込んだ、

「最初に言っとけってのよ、こちとら学園長派なの知ってて放置してたくせにさ、何が役職を飛び越えて仕事をするな、よ、舐めてたのはそっちの方じゃないのよ、最初に会った時なんてなんて言ったと思う?実力は学園長から聞いていますーって、その力を自由に発揮して下さいーって、まぁ、それだけで放置してくれやがりやがってホントにもう、魔法石の研究だってまるで興味無かった癖によ、王族が絡んでるのやっと理解したらしくてさ、魔族がどうの、兵器利用がどうのって、戦争経験の無い頭でっかちの見本よあれは、冒険者時代に戻って無茶苦茶やってみせようかっての、こんな街一つぶっ飛ばしてやるんだから」

一般人であれば妄言の類であるが、ユーリにとっては実現できる事ではある、徐々にその言動は不穏な空気を増していくが、大きく溜息を吐いてユーリは口を閉じた、

「満足?」

ソフィアが問う、

「お酒入れたら、あと3倍はいけそうだけどねぇ」

「んなら、十分ね、で、愚痴りに来たの?」

「今朝がた学園長からこいつの解読任されちゃってさ、どう見る?」

ユーリは手にした巻物をコロコロと転がして中身を見せた、

「昨日チラっとだけど見たわよ、ストラウク先生でも難儀してたわね」

「そうなのよね、うちの学園であの人で駄目だと、他の学園とか在野の研究者とか他国の人とか・・・それか・・・」

「タロウさん?」

「そう」

「クロノスにも言われたけど、居ないものは居ないのよ、呼んでも来るかしら?」

「なに?あんたら喧嘩でもしたの?」

「そうではないけど、うーん、ほらあの人の放浪癖はどうしようもないじゃない、出来れば付いていきたいんだけど、ミナの事を考えると腰を落ち着けたいし・・・、今はミナの事を大事にしようって話し合った上で私達は田舎に帰ったのよね」

「なるほど・・・、タロウさんミナの事一番大事にしてたしね・・・」

ユーリは冒険者時代のタロウとミナを思い出す、タロウはどのような状況にあっても常に左腕にミナを抱いて巨大な盾を構えていた、それは傭兵として正規兵の露払いをさせられた時も魔王討伐時の最終決戦の時も変わらない彼の戦闘スタイルであった、

「あれは大事にしてたのかな・・・彼の左腕に抱かれたミナを見たときは思わず叫んじゃったわよね、あの頃のミナ・・・小さかったな・・・」

「そうね、何でこの人赤子を戦場に連れてきてるんだろうって、二人で責め立てて、でも絶対に手放さなくて、ミナもタロウさんから離れなくて、無理矢理離したら大泣きしちゃって・・・失礼しちゃうわよね」

「そうそう、で、この腕の中は世界で一番安全な場所だってタロウさんは笑って、あのゲインまで賛同してたからね、クロノスは呆れてたけど・・・」

「今、考えると・・・」

「奇特よね」

「変態よね」

二人の意見は似通ったものとなり、二人は小さな笑い声をあげる、そこへおつかい帰りのミナが飛び込んで来た、

「戻ったよー、あー、ユーリだ、何々遊ぶ?遊ぶ?」

「なによ、ミナ、遊びたいの?このユーリ様とー」

「えー、ソフィ、ユーリが偉そうだよー」

「そう?いつもの事でしょ」

「違うよー、ユーリはいつもはグダグダでヘロヘロなのよー」

「どういう評価よ、失礼な娘ねぇ」

「でもでもー」

「はいはい、レインも戻った?厨房ね」

ソフィアは腰を上げると、

「ミナ、ユーリの相手してあげてね、今日すんごいお疲れだから」

ソフィアは片目をつぶって笑顔を見せる、

「了解したー、ユーリの相手する」

ミナは張り切ってユーリに飛び掛かった。



翌日、放課の時間となり生徒達が内庭に集まった、明日の初夏祭りに備えて現地確認から仕込みから全員がてんやわんやの大車輪の活躍である、ミナとレインもそれに巻き込まれ楽し気に手伝っていた、

「はいはい、皆さん手を動かしながらでいいから聞いてねぇー」

ソフィアが木箱を持って内庭に出てくる、

「えっと、皆さんの最も大事な友人であるリシア様より差し入れが届いております、代表は取りに来てください」

仰々しく宣言し木箱を地面に置いた、

「リシア様からですか、なんでしょうか」

警戒しつつもエレインが参集し、

「美味しい物?それとも美味しい物?」

ジャネットが揉み手で近寄ってきた、

「なんですの、空腹なんですの?」

「いやー、差し入れと言えば美味しい物でしょー」

「はいはい、それは残念ねぇ、少なくとも食べ物ではないわよ」

「えー、ならー」

ジャネットは不満そうに声を上げるが、

「でも、素敵なものよ」

ソフィアは二人の気を引きつつ木箱を開ける、中には綺麗に畳まれた白色の布と木箱他が入っていた、

「なんですの?」

警戒心は解かずにそれでも興味に負けてエレインは木箱を覗く、

「そうねぇ、ミナ、レインもおいで」

ソフィアはミナとレインを呼ぶと、小サイズと縫い付けがある布を取り出すと二人に着せた、

「すごい、可愛らしいわね、さすがリシア様、愛らしい」

それは真っ白で新品の前掛けであった、

「これは、もしかしてお城で使用されているものと同じものではないですの?」

エレインは驚いてエプロンの触り心地を確かめる、

「すごい、真っ白で輝いています」

遠目に見ていたケイスが感嘆の声を上げる、その声で皆の視線がミナとレインに集まった、

「そうですね、えっ、これが差し入れですか?」

「そのようね、胸元に花の刺繍が入ってますね、これはユーフォルビアですかそれが6輪・・・つまり・・・」

「そうね、貴方達を具象化したのでしょうね、美しいですね」

「すごーい、何々、リシア様って何者なの?えっもしかして皆の分あるの?」

ジャネットはレインの回りをグルグル観察しながら興奮を隠さない、

「そうよ、皆の分あるわ、いい、良く聞いてね、リシア様から言伝よ、皆も聞いて」

ソフィアは立ち上がり皆の視線を集めると、

「友人達の晴れ舞台にささやかながら花をお送りします、これを着てお仕事をして頂ければ幸いです、尚、より美しい花を磨く為の道具も入れました、花は磨いてこそ光るものです・・・とのことです」

「もしかして、私達が花ですの?」

「いやー分かる人にはわかっちゃうよねぇー」

「勿体ないお言葉ですね」

「ホントにあの人は何者なんでしょう?」

「ソフィー、この前掛けピカピカすぎるよー」

「そうじゃな、ミナではすぐに汚しそうじゃな」

「はい、全員分ある筈よ、大サイズと縫い付けがあるから皆に1着ずつね、はい、持って行って」

ソフィアは二人に3着ずつ手渡した、前掛けそのものはもう何着か入っている様子である、手渡された前掛けはそれぞれが受け取り身に着けた、途端、午後の陽を浴びて皆が真っ白く輝いて見える、

「うわ、皆輝いてるよ」

ジャネットは驚きの声を上げ、

「そうですわね、これは、輝きの魔法が織り込まれているのかしら?」

「でも、これは目立って良いかもですね」

輝きの魔法といっても暗闇で光り輝くものではない、陽光の反射を増幅し目立たせる程度の魔法であろう、

「なるほど、そういう効果も狙っているのでしょうか?」

「いずれにしても、ありがたいことですわ」

「そうですね、なんか一体感というか、仲間意識が生まれますね・・・いや、今までも充分仲間でしたけど」

パウラが恥ずかしそうに言って、皆がなるほどと納得する、

「同じ衣装に身を包むという事ですわね、確かに一体感があります」

「ええ、これまで以上に」

オリビアは嬉しそうにエレインと頷き合う、

「皆、行き渡ったようね、でも、汚さないように今日は回収した方がいいかしら?予備も含めて明日あらためて配った方がいい?」

「そうですね、その方が安心できます、今日このまま使ったら汚してしまいそうですね」

アニタが率先して回収に回った、

「では、次なんだけど、お湯沸かすわね」

「えっ、もしかして洗髪できますか?」

ケイスが飛びつく、

「洗髪もだけど、ほら」

ソフィアは木箱から何かを取り出して見せる、

「極上の石鹸と海綿スポンジよ、それも人数分、これでしっかり身体を洗えって事ね」

「うわ、ホントですか」

「えぇ、さっき言ったでしょ、花は磨かないとって、だから今日はタップリお湯を沸かすから、準備が一段落したら皆身体を洗って明日に備える事、いいわね」

歓喜の声が内庭に木霊した。
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