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本編

8話 宵宮の喧騒の中で その3

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模擬販売当日、最も気合の入っていたのは出店する生徒でも彼女達の監督となったブノワトでも無かった、

「それで、皆さんはまだ戻られないのですか?」

「リシア様、御自重下さい、皆さんはまだ学園です」

「もー、楽しみにしていたんですよ、まったくー」

グチグチ言いながらパトリシアとアフラが食堂へ入って来る、昼を過ぎてすぐ頃に二人は宿舎から姿をあらわした、挨拶もそこそこに落ち着かない様子でウロウロと狭い寮内を歩き回っている、

「リシア様、お茶を入れました、どうぞお座りください」

見兼ねたソフィアが茶を点てる、

「ありがとう、ソフィアさん、しかし、皆さんはまだですの?」

「はい、まだです」

「そんな、はっきり言われましても」

「まだなものはまだなんです、お座りになってお待ち下さい」

ソフィアの言葉は、慇懃な言葉使いを意識しつつも感情を押さえた強い口調になってしまう、

「リシア様、お座り下さい」

ソフィアの軽い苛つきに勘付いたアフラはパトリシアを強引に座らせた、

「リシア様は今日はリシア様なの?」

漸く落ち着いたパトリシアにミナが不思議そうに問い掛ける、

「そうですね、今日はリシアです、そう呼んでくださいね」

「うん、分かった、じゃね、じゃね、お絵描きするの見てて」

「あら、黒板をお持ちですの」

「うん、これミナ専用なんだよ、じゃね、リシア様とえっとアフラさん書くね」

二人の前にミナは座り、二人の姿を見ずに黒板に向かう、あらあらとリシアは上品な笑顔を見せ、その笑顔にアフラはホッと一息を吐いた。

「戻りました、早速、椅子の用意をーって」

相も変わらず最も早く帰寮するのはジャネットである、食堂に入りつつ模擬販売の支度に取り掛かかろうとする、

「こんにちは、ジャネットさんね」

パトリシアの優雅な佇まいにジャネットは言葉を無くし、女性相手だというのに顔を真っ赤にして照れてしまう、

「えっと、リシア様でしたよね、えへへ、お久しぶりです」

「お久しぶりです、今日はお招き頂きありがとう、氷菓子ですか、楽しみですわ」

「や、そんな、へへ、勿体ないです・・・じゃ、えっと、すぐに戻りますね」

ジャネットは脱兎のごとく2階へ駆け上がり勢いそのままに戻ってくると食堂の椅子を2脚ずつ内庭へ運び出した、

「どうしましょう?お手伝いを」

「いいのいいの、学生にやらせましょう、お客様はお客様していましょうよ」

腰を上げようとするパトリシアをソフィアは席に着いたままやんわりと抑え込む、

「戻りました、あら、リシア様、御機嫌麗しゅう」

エレインとオリビアが帰寮する、パトリシアの姿を見止め優雅に腰を折った、

「エレインさん、本日はお招き頂きありがとうございます、スポンジケーキでしたか期待していますよ」

「勿論です、期待に答えさせて頂きますわ」

得意満面の笑みでエレインは答える、エレインはパトリシアを招待する事を事前にソフィアから報告されていた、故に今日は覚悟を持って迎えられているのである、ソフィアはパトリシア関連については不意打ちは無しとする約束を守ってくれているのであった。

それから市場に寄り道していたアニタとパウラが入って来る、最後にケイスが帰寮して全員がバタバタと内庭と食堂それと厨房を忙しく動き回り、それと同時に彼女達の友人が集まり始めた、

「わ、皆来ちゃった、内庭に入っちゃって、菜園には注意してね」

来客を察したアニタが表通りに立って内庭へ誘導する、内庭には30名程の生徒が集まっておりその中にはアウグスタ学園長とシェルビー事務長、事務員のダナが同僚を数名連れて紛れ込んでいた、そこへヘッケル夫妻が数人の友人を連れて合流する、友人達はブノワトの学生時代の友人であるとの事で和気藹々と時を待っているがブラスは蚊帳の外のようでボンヤリと集団を眺めている、

「ほら、準備は終わってる?では、始めましょうか」

招待客らは今日の意図は理解しているらしく大人しく屋台の設営と準備を見守っているが、徐々に落ち着きがなくなっているように感じる、ソフィアはこういう時はユーリに仕切ってもらいたいなと考えるが当のユーリは姿を見せていない、しょうがないとソフィアは自ら屋台の裏を確認してそれぞれの準備状態を確認すると、開始の確認をとる、

「こちらは万端です、よね、オリビア、ケイスさん」

「パウラ、大丈夫?なら大丈夫うん、いける」

少々頼りないが始められそうであった、

「はい、では、模擬販売を開始させて頂きます」

招待客らの前に進み出てそう宣言する、

「えっと、あくまで模擬販売で御座います、実際の金銭の遣り取りを含めて少々の失敗や失礼がありましても多めに見て頂ければと存じます」

生徒らに代わって頭を垂れた、
「では、どうぞ」

ソフィアがすっと屋台の後ろに下がるとアニタとオリビアがそれぞれに呼び込みを始める、

「販売始めます、こちらは新商品の氷菓子、ミルクアイスケーキです、本日は苺とミカン、それと黒砂糖のソースを用意してあります、是非、お試しください」

「こちらはソーダ水とスポンジケーキです、セット販売と単品での販売もしております、スポンジケーキはプレーンと干し果物入りの2種類です、どうぞ、御用命下さい」

少女の高く透き通った声が招待客の間に響き、それではとそれぞれの意中の店に列が形成されてゆく、

「ありがとう、来てくれたのね、えっと、ミルクアイスケーキが1つ、御注文入りました、ミルクアイスケーキ1つです、どうぞ、実際に作る様子も楽しいですよ見てみて下さい」

「プレーンセット二つです、はい、こちらも出来立てをお召し上がりください、少々お待ちくださいねぇ」

招待された女生徒の多くがミルクアイスケーキに並んでいる、氷菓子については学園内で主にジャネットにより布教されていたそうである、噂の菓子をやっと食せると黄色い歓声が集っていた、対してエレイン組には大人達が列を成している、最前列には割り込む必要も無く自然とその場に押し出されるようにパトリシアとアフラがにこやかに立っており、ケイスが脂汗をかきながら焼き上げるのを楽し気に覗き込んでいた、

「すいません、リシア様、ケイスさんがその恥ずかしがっております」

ケイスの様子を察したエレインがパトリシアに容赦を求める、

「あら、好奇の目にも慣れませんと、その為の模擬販売でございましょう?」

パトリシアの意見は全く持って正しかった、

「そう言われますと、そうですわね」

エレインはその意見に納得するも、

「エレインさん、出来ました、切り分けはお客様の前で、それとソーダ水は出来ましたか」

ケイスは慌て乍らもしっかりと作業を進めていく、滞らせていたのはエレインの方であったようで、

「はい、お任せを」

視線の下で脂汗をかくのはエレインに交代したのであった。
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