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本編

6話 エレインさんのいちばん長い日 その3

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「いろいろすいません、パトリシア様、その、いっぱいいっぱいで」

トーラーが笑いながら腰を上げる頃、漸くエレインは普段の落ち着きを取り戻し、本来の彼女らしい物腰を取り戻した、

「こちらこそ、少々おいたが過ぎたかしら」

「そうですね、今後気を付けます」

パトリシアとソフィアはそう言ってエレインに謝罪した、エレインは殊勝な二人を見詰め、

「では、友としてお願い致します、その、こういったびっくりする事は遠慮頂くと嬉しいですわ、ホントに寿命が縮みました」

エレインの言葉にパトリシアは笑顔を浮かべた。

「それでは、陛下、私は仕事に戻ります、何かと噂ばかりが先行してしまった愚妹ですが、どうか友の一人に加えて頂ければ幸いと存じます」

トーラーは席に着くことは無く赤く腫れた頬を右手で押さえつつ退出した、

「あとで、ゆっくりとお話なさい、5年も離れていらしたのでしょ、彼に貴女の事を話したら一目だけでもと嘆願されましたの」

「すいません、その兄は、はい、きっと、良い兄なのだと思います」

「まぁ、兄弟なんてそんなもんよ、仲が良いような、悪いような、ね」

ソフィアがそう言って場を纏めると、

「本題に入りましょうか、実は今日お邪魔しましたのは、エレインさんの独立計画の第一歩、屋台計画の知恵をお借りしたいと思っての事ですの」

ソフィアはエレインに話の先を促し、エレインは事の次第をパトリシアに相談した、

「なるほど、その氷菓子、是非食してみたいですわね」

「うん、氷菓子美味しかったよ、ね、レイン」

ミナがやっと出番だとばかリに声を張り上げる、

「うむ、あれは良いぞ、ミナは食べ過ぎて真っ青になったがのう」

「むう、でも美味しかったからいいの」

「食べ過ぎは何でも良くないでしょ、まぁ、向うの3人は今日も試作に励むと思います、初夏祭り迄にはきっとより美味しくなるものと思いますわ」

「えぇ、そこで、あれに負けない品をと思っているのですが」

エレインはここでやっとソーダ水に手を伸ばし口に含んだ、途端、爽やかな刺激が口中に広がると同時に柑橘類の酸味が鼻に抜ける、氷とガラスがぶつかる音も心地良く、冷たい水分が騒動によって絞りだされた冷や汗に代わってエレインの身体の隅々に浸透していった、

「・・・これですわ」

「ふふ、そうですわね、これ・・・ですわね」

パトリシアは不敵に笑うと、

「お手紙を頂いてからワタクシも少々考えましてね、あぁ、これが良いかしらと大至急手配させたのですよ、如何ですかしら」

「はい、パトリシア様、これですよ、ソフィアさんこれですよ、これならあの氷菓子にも負けませんわ」

エレインは歓喜する、

「それなのに、当のエレインさんはいつまで経っても口を付けて頂けないし、お陰で面白かったですけど・・・」

「不躾で申し訳ありません、パトリシア様、このソーダですか、作り方を御教授下さい」

エレインは真剣な目付きでパトリシアを見詰める、その勢いは凄まじくパトリシアはエレインの全身に燃え上がる炎を幻視した、

「勿論ですわ、アフラ、シェフを呼びなさい、ソーダの材料を一式持って来るように、作業はこの部屋で、出来るわね?」

アフラが一礼して退出すると、すぐに料理人と思われる男性と道具一式を伴って入室する、

「エレイン様、こちらへ」

部屋の壁際のテーブルに男性と道具一式が並べられ講習が始まった、

「さ、面白いですわよ、ミナさんもレインさんも御覧下さい」

パトリシアに誘われて一同は講習場所に足を運び料理人の作業に見入った、

「え、これだけですか?」

ソーダ水の作成は実に簡単であった、

「そうですね、水は良く冷やしておくことが肝要です、果実片はお好みですが、必ず入れて下さい、ソーダ水自体を一度に大量に飲むのはあまりお勧めしません、コップに3杯程度迄が許容量かと考えます、どうぞ、実際に作業をなさってみてください」

男性がその場をエレインに譲り、エレインはたどたどしくも男性の作業を真似て作成を終えた、

「頂きますわね」

自分の作ったソーダ水を口にして、供されたものと違わぬ味に目を見張った、

「こんな、簡単に、こんな、美味しいものが・・・」

「ミナも、ミナもやりたい」

「はいはい、アフラ、足台があるかしら」

ミナがぴょんぴょんと跳ねながらパトリシアに縋り付く、むず痒そうに口の端を上げてパトリシアは指示を出した、

「はい、どうぞ、ミナ様」

台座が運ばれると勇んでミナは粉に手を伸ばす、

「待って、ミナ、お手伝いするわね」

ソフィアがミナの手付きに不安を感じてその補助に回った、

「ソーダ水とはよく言ったもんじゃが、儂の記憶だと、湧いて出ておったがなぁ、まさか粉を混ぜればできるとは、素晴らしい発見じゃのう」

レインが腕組みをして関心している。

「この粉苦いー。ソフィー、苦いーー」

好奇心に負けたミナが粉を一舐めしたらしい、涙目でソフィアを見上げている、

「はいはい、お水飲んで、悪戯するからでしょ」

ソフィアの叱り方は外面仕様で実に優しかった、

「口の中がしょっぱいー」

「あぁまって、なにか桶のようなもの」

ソフィアの悲鳴にシェフが瞬時に桶を取り出す、

「あぁ、すいません、ほら、ミナ、これにペッてして」

ミナは何度かうがいをして漸く収まったようである、

「なるほど、直接食すのはよしたほうが良さそうね」

パトリシアは妙に冷静に状況を観察していた。

「おう、やっとるな、どんな塩梅だ」

不意に男性の大声が響く、

「あら、会談はもう終わりですの?」

「うむ、済んだ、詳細はあとでな」

「あ、クロノスだ、久しぶり」

ミナが男性を見上げて抱き付いた、

「おう、何だこの恰好なら俺だって分かるのか?」

「うん、ピカピカはクロノスなの、男なのにピカピカなの」

「また良く分からんことを」

クロノスは言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべて喜んでいる、

「えっと、もしかして」

エレインは手にしたカップをゆっくりと作業テーブルに置き振り返る、

「おう、エレイン嬢だな、どうだソーダ水はなかなかであろう」

ミナを抱きかかえた、目が覚めるようにギラついた服装の長身の男性がエレインを見下ろしていた、

「えっと、もしかして、クロノス王太子殿下でいらっしゃいますか?」

「おう、そう言えばその名で挨拶はしていなかったな」

クロノスはミナを優しく下ろすとエレインの前に片膝を付きその手を取ると軽く口づけをする、

「エレイン・アル・ライダー殿、クロノス・アウル・ロレンシアである、我が命を捧げし王女パトリシアと共に、末長い友情を希求する」

そう言ってスッと立ち上がると、

「まぁ、改めて宜しくなぁ、おう、ソフィアどうだ、ソーダ水なかなかだろう」

「素晴らしいわね、これは生成したのそれとも発見したの?」

「うーん、発見かなぁ、今、流通に向けて採取行程を構築中なんだよ」

ソーダ水に関する話題に花が咲き始めた、エレインはクロノスの口づけを受けた手にそっと触れて、

「えっと、そうですよね、もしかしてとは思ってたんですのよ」

小声でボソボソと独り言を言っている、耳聡くパトリシアはそれを聞き付け、

「あら、クロノスは私の物ですわよ、エレインさんでも差し上げられませんわ」

と笑顔を浮かべる、

「いえ、そんな滅相も無い、でも、あの英雄クロノス様ですよ、あの戦争を終わらせた真の勇者・・・」

「そうねぇ、そんな時もあったはね、でも、貴女だって私にとっては伝説の人ですのよ、以前お話しましたでしょう」

「はい、でも、あの時は殆ど耳に入っても、頭に入らなかったというか・・・」

「そうでしたの、ごめんなさいね、久しぶりにすごい興奮しちゃったもんだから、でも、貴女のお陰なのよ、クロノスと結ばれたのは」

「どういうことですか?」

「あら、興味ある?」

「あー、エレイン嬢、パトリシアのその話は長くなるぞ、どうだ、ゆっくり座るか、何やらソフィアが閃いたらしい、少し時間をくれとの事だ」

見るとソフィアがシェフの男性と話し込んでいる、何やら同意を得たようで、

「すぐに戻るわね、ミナ、おとなしくしてるのよ」

にこやかにそう言って退出した。
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