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本編
6話 エレインさんのいちばん長い日 その2
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二人が通された部屋は、中庭と連結されたバルコニー状の解放感のある部屋であった、モニケンダムとは違うやや湿気を纏った空気が中庭から優しく室内に流れ込み壁際の華麗な薄地のカーテンをなびかせる、部屋の中央には円卓が置かれ薄い黄色のドレスに紫の肩掛けを纏った淑女が席についており、その頭にはティアラが輝いている、側には給仕が一人立っており、同席しているのはミナとレインである、二人は遠慮と恐れというものを知らないのか、にこやかに淑女と話し込んでいる、
「もしかして、王女陛下であらせられる・・・どういう事かしら・・・ソフィアさんこれは一体?」
エレインも腐っているとはいえ一端の子爵家令嬢である、ティアラの輝きを遠目に確認し、その意味を思い出して背筋が凍った、現王国の貴族規範書によれば女性でティアラ若しくは王冠を頂けるのは王族のみとされている、つまりそれは眼前のテーブルに座る人物は王女様か王妃様であるという証左であった、
「さぁ、どうぞ」
アフラに促されソフィアとエレインはそのテーブルに歩み寄る、しかし、エレインは何ともフワフワとした感覚に掴まれそれを凌駕するその淑女の持つ圧に潰されそうになってしまう、
「何で、ワタクシはこんな所に、平服で来ているのであろう、何か、何かあったら放逐では済まない・・・あぁ、短い人生でしたわ、最後にせめてマリア姉にお会いしたかった・・・」
誰にも聞こえない慙愧の念に捕らわれた浅ましい言葉が自然と口を吐く、顔を上げる事が出来ずフカフカの赤い絨毯しか目に映らない、絨毯の感触を楽しむ事もできずただソフィアの後ろを影のように付き従った、
「おはようございます、パトリシア様、突然の訪問にお答えいただいて恐悦至極に存じます」
テーブルの手前、ソフィアは優雅に腰を折り慇懃ではあるが短い挨拶を卒なくこなす、エレインもソフィアに合わせて腰を下り低頭した、
「おはようございます、ソフィアさん、本日は朝から楽しい知らせを頂きましたのよ、なにかお分かりになります?」
「なんでしょう」
ソフィアは腰を折ったまま顔だけを上げて小首を傾げる、
「友人が二人も会いに来てくれると文が来たんですのよ、それも朝一番に、これはきっと友として遠慮等しないという宣言に違いありませんわね、そうでしょ?」
「ふふ、そのように受け取って頂きました事、心より嬉しく思います」
ソフィアは再び低頭した、淑女の言葉が貴族らしい婉曲表現とするならば、非常に迷惑だという非難の意味になるのではないかと解釈できる、エレインはそんな考えに陥ってしまいさらにその意識をグルグルと掻きまわされた、
「元より、遠慮等不要ですわ、さ、お座りになって、小さな友人達はすでに席に着いてますよ」
アフラと淑女の側にいた給仕が席を曳いた、そこに座れとの事である、ソフィアは素直に着席し、エレインもまたギクシャクと着席する、
「ふう、アフラ、台座を」
淑女はアフラに小声で指示し、赤紫色のクッションを運ばせるとそこに自身の被っていたティアラを載せる、
「ごめんなさいね、権威というものはなんとも面倒くさいものなのよ」
淑女は急に砕けた言葉使いになる、
「はい、では今日はパトリシア様で宜しいので、それともリシア様にします?」
その名を聞いてエレインはピクリと眉を動かす、
「どちらがいいかしら、そうねぇ」
淑女は意地の悪い笑みを浮かべると、
「エレインさん、どらちが良いと思います?」
と名指しでエレインに語り掛ける、そこで漸くエレインは事の次第を理解して、
「どういう事ですの」
と大声を出して立ち上がってしまうのであった。
「どうしたもこうしたも無いですわよ、ねぇ、ソフィアさん」
「全くですわ、エレインさんたら何をそんな怒ってらっしゃるのかしら、折角ご友人とお会いしましたのに、ねぇ」
ソフィアはふざけて微妙な貴族言葉を真似ている、実にらしくない、
「うん、エレイン、ビックリした、どうしたの?」
「そうじゃぞ、野鳥も逃げてしまったわ」
一人庭園を眺めているレインが非難がましくエレインを見る、
「それが・・・そ、あぁーもう、どういう事ですの」
エレインの慌てぶりにパトリシアとソフィアはたまらず吹き出してしまう、
「ごめんなさいね、私から説明するわ、何てことないのよ、パトリシアさんからねエレインさんとゆっくり友誼の時間を持ちたいって相談を受けてね、エレインさんは学園もありますし、ご本人の都合もあるでしょ、祭日にでもと思っていたのですね、でも」
ソフィアは出されたグラスに手を伸ばす、
「わ、美味しい、これは、あぁ、以前聞いた事があります、ソーダでしたっけ」
「えぇ、流石ソフィアさん、博学でいらっしゃる」
「わ、凄いよ、ソフィア、口の中でシュワシュワする」
「ほう、これはこれは懐かしいの」
皆に出されたのはソーダ水であった、幾つかの氷と共に果実の断片が入っている、
「それでね、何だっけ、そうそう、昨日エレインさんが朝から相談したい的な事をおっしゃるから、なら今日は一日一緒でしょ、ならねぇ、折角だしと思って朝一番でご連絡を差し上げて、こういう状況?なのよ」
ソフィアはどうもすっ呆けているような、人を食ったような説明を終わらせてグラスに手を伸ばす、
「あら、ソフィアさんも人が悪い、話してなかったんですの?」
「勿論、パトリシア様とクロノス様関連の事は秘事が大変におおございますから・・・」
ソフィアとパトリシアは楽し気に話しているが、エレインは何とも考えが纏まらず言葉も出ない状態で呆けてしまっている、
「それでエレインさん悲鳴以外も何かお話下さらない?」
パトリシアの意地の悪い笑顔をエレインは正面から捉えてしまい、瞬時に赤面する頬の熱が自身が恥を感じている事をエレインに伝え、さらにその権威に対して心の底から来る震えに背中の汗が一瞬で蒸発したかのような怖気を感じた、
「すいません、パトリシア様、その、あまりの事で、言葉もありません」
エレインはたどたどしくそこまで言って、大きく溜息を吐いた、心臓がドクドクと激しい音を立てている、
「失礼、パトリシア様、少しばかりお手柔らかにお願いできますでしょうか」
不意にエレインの背後から男の声が優しくエレインを庇いたてる、どこかで聞いた声、エレインはハッと立ち上がりつつ振り向いた、そこに立っていたのはトーラー・アル・ライダー、エレインの実兄である。
「エレインか、少し背が伸びて痩せたかな、でも、うん、健康そうだね」
トーラーは近衛騎士の城内装束を身に纏い王女の前であるのに帯剣している、
「お兄様・・・」
「5年?ぶりか、元気なのはメイドから聞いていたが、やはり会うのが一番だな」
エレインは言葉も無く兄を見詰める、
「ふふん、言葉も無いか・・・大好きだった兄に会えて感激していると見える、さぁ、この胸に飛び込んでよいのだよエレイン」
トーラーは大袈裟に芝居じみた手振りで両手を開いた、
「・・・この、馬鹿兄貴」
エレインの左手が固く握られその拳が綺麗にトーラーの頬に突き刺さった。
「もしかして、王女陛下であらせられる・・・どういう事かしら・・・ソフィアさんこれは一体?」
エレインも腐っているとはいえ一端の子爵家令嬢である、ティアラの輝きを遠目に確認し、その意味を思い出して背筋が凍った、現王国の貴族規範書によれば女性でティアラ若しくは王冠を頂けるのは王族のみとされている、つまりそれは眼前のテーブルに座る人物は王女様か王妃様であるという証左であった、
「さぁ、どうぞ」
アフラに促されソフィアとエレインはそのテーブルに歩み寄る、しかし、エレインは何ともフワフワとした感覚に掴まれそれを凌駕するその淑女の持つ圧に潰されそうになってしまう、
「何で、ワタクシはこんな所に、平服で来ているのであろう、何か、何かあったら放逐では済まない・・・あぁ、短い人生でしたわ、最後にせめてマリア姉にお会いしたかった・・・」
誰にも聞こえない慙愧の念に捕らわれた浅ましい言葉が自然と口を吐く、顔を上げる事が出来ずフカフカの赤い絨毯しか目に映らない、絨毯の感触を楽しむ事もできずただソフィアの後ろを影のように付き従った、
「おはようございます、パトリシア様、突然の訪問にお答えいただいて恐悦至極に存じます」
テーブルの手前、ソフィアは優雅に腰を折り慇懃ではあるが短い挨拶を卒なくこなす、エレインもソフィアに合わせて腰を下り低頭した、
「おはようございます、ソフィアさん、本日は朝から楽しい知らせを頂きましたのよ、なにかお分かりになります?」
「なんでしょう」
ソフィアは腰を折ったまま顔だけを上げて小首を傾げる、
「友人が二人も会いに来てくれると文が来たんですのよ、それも朝一番に、これはきっと友として遠慮等しないという宣言に違いありませんわね、そうでしょ?」
「ふふ、そのように受け取って頂きました事、心より嬉しく思います」
ソフィアは再び低頭した、淑女の言葉が貴族らしい婉曲表現とするならば、非常に迷惑だという非難の意味になるのではないかと解釈できる、エレインはそんな考えに陥ってしまいさらにその意識をグルグルと掻きまわされた、
「元より、遠慮等不要ですわ、さ、お座りになって、小さな友人達はすでに席に着いてますよ」
アフラと淑女の側にいた給仕が席を曳いた、そこに座れとの事である、ソフィアは素直に着席し、エレインもまたギクシャクと着席する、
「ふう、アフラ、台座を」
淑女はアフラに小声で指示し、赤紫色のクッションを運ばせるとそこに自身の被っていたティアラを載せる、
「ごめんなさいね、権威というものはなんとも面倒くさいものなのよ」
淑女は急に砕けた言葉使いになる、
「はい、では今日はパトリシア様で宜しいので、それともリシア様にします?」
その名を聞いてエレインはピクリと眉を動かす、
「どちらがいいかしら、そうねぇ」
淑女は意地の悪い笑みを浮かべると、
「エレインさん、どらちが良いと思います?」
と名指しでエレインに語り掛ける、そこで漸くエレインは事の次第を理解して、
「どういう事ですの」
と大声を出して立ち上がってしまうのであった。
「どうしたもこうしたも無いですわよ、ねぇ、ソフィアさん」
「全くですわ、エレインさんたら何をそんな怒ってらっしゃるのかしら、折角ご友人とお会いしましたのに、ねぇ」
ソフィアはふざけて微妙な貴族言葉を真似ている、実にらしくない、
「うん、エレイン、ビックリした、どうしたの?」
「そうじゃぞ、野鳥も逃げてしまったわ」
一人庭園を眺めているレインが非難がましくエレインを見る、
「それが・・・そ、あぁーもう、どういう事ですの」
エレインの慌てぶりにパトリシアとソフィアはたまらず吹き出してしまう、
「ごめんなさいね、私から説明するわ、何てことないのよ、パトリシアさんからねエレインさんとゆっくり友誼の時間を持ちたいって相談を受けてね、エレインさんは学園もありますし、ご本人の都合もあるでしょ、祭日にでもと思っていたのですね、でも」
ソフィアは出されたグラスに手を伸ばす、
「わ、美味しい、これは、あぁ、以前聞いた事があります、ソーダでしたっけ」
「えぇ、流石ソフィアさん、博学でいらっしゃる」
「わ、凄いよ、ソフィア、口の中でシュワシュワする」
「ほう、これはこれは懐かしいの」
皆に出されたのはソーダ水であった、幾つかの氷と共に果実の断片が入っている、
「それでね、何だっけ、そうそう、昨日エレインさんが朝から相談したい的な事をおっしゃるから、なら今日は一日一緒でしょ、ならねぇ、折角だしと思って朝一番でご連絡を差し上げて、こういう状況?なのよ」
ソフィアはどうもすっ呆けているような、人を食ったような説明を終わらせてグラスに手を伸ばす、
「あら、ソフィアさんも人が悪い、話してなかったんですの?」
「勿論、パトリシア様とクロノス様関連の事は秘事が大変におおございますから・・・」
ソフィアとパトリシアは楽し気に話しているが、エレインは何とも考えが纏まらず言葉も出ない状態で呆けてしまっている、
「それでエレインさん悲鳴以外も何かお話下さらない?」
パトリシアの意地の悪い笑顔をエレインは正面から捉えてしまい、瞬時に赤面する頬の熱が自身が恥を感じている事をエレインに伝え、さらにその権威に対して心の底から来る震えに背中の汗が一瞬で蒸発したかのような怖気を感じた、
「すいません、パトリシア様、その、あまりの事で、言葉もありません」
エレインはたどたどしくそこまで言って、大きく溜息を吐いた、心臓がドクドクと激しい音を立てている、
「失礼、パトリシア様、少しばかりお手柔らかにお願いできますでしょうか」
不意にエレインの背後から男の声が優しくエレインを庇いたてる、どこかで聞いた声、エレインはハッと立ち上がりつつ振り向いた、そこに立っていたのはトーラー・アル・ライダー、エレインの実兄である。
「エレインか、少し背が伸びて痩せたかな、でも、うん、健康そうだね」
トーラーは近衛騎士の城内装束を身に纏い王女の前であるのに帯剣している、
「お兄様・・・」
「5年?ぶりか、元気なのはメイドから聞いていたが、やはり会うのが一番だな」
エレインは言葉も無く兄を見詰める、
「ふふん、言葉も無いか・・・大好きだった兄に会えて感激していると見える、さぁ、この胸に飛び込んでよいのだよエレイン」
トーラーは大袈裟に芝居じみた手振りで両手を開いた、
「・・・この、馬鹿兄貴」
エレインの左手が固く握られその拳が綺麗にトーラーの頬に突き刺さった。
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