上 下
25 / 1,062
本編

5話 幕間的日常と祭りの仕込み その1

しおりを挟む
初夏の朝である乾燥した爽やかな大気と涼しげな風がモニケンダムを包んでいる、この街の人間はまだ日が昇りきらぬ前に動き出すのが常であるが、その日の朝もいつものようにミナとレインの遠慮無い足音が薄暗闇の中に響き渡って寮母宿舎は動き出す、やがてそれは女子寮に伝播して一日が始まるのであった。

「洗い物があったら登校前に出しておいてね、籠作って置いたから各部屋毎にね、見ればわかるわ」

ソフィアの大声が厨房内から食堂へ響き渡る、やや寝ぼけ気味のエレインを除き他の3人は快活にそれぞれに返答を返した、

「何か、日に日に効率的になっていきますね」

ケイスは楽し気にそう言って黒パンを引き裂いてスープに浸ける、

「うんにゃ、でも下着とかどうしよう、駄目かしら」

「それは、個人で洗いなさいと指導がありましたでしょう」

オリビアの冷ややかな言葉にジャネットは、

「でも、お嬢様のは洗っているんでしょう?」

「そりゃ、まぁ、一人分も二人分も変わりませんし・・・」

「なら3人分も一緒でなーい?」

嫌らしく笑って見せるがオリビアの見せる心底軽蔑した視線を見て、

「冗談だよ」

と矛を収める、

「洗濯も掃除もやれば楽しいですよ」

ケイスはそそくさと食事を終えて白湯を片手に涼し気にそう言った、

「やればって、うん、実家ではちゃんとやってたさ、でも・・・なぁ」

すっかりと怠け癖がついた模様である、ソフィアが来る前の環境ではそれもしょうがないかと思われるが、

「もしかして、下着洗ってないのですか?ジャネットさんそれは・・・」

オリビアの疑念の視線にジャネットは慌てて、

「洗ってる、うん、大丈夫、ほっといて」

「そういえば、洗濯場でジャネットさんに合った事殆ど無いですよね」

洗濯場とは一階の東側の裏側に設けられた土間の事である、元来は倉庫であった場所だが内庭の井戸に近い為、床を剥がして土間とし洗濯場件水を使った作業場として活用している部屋である、厨房も近いので洗体の時にもお湯が簡単に使える為重宝されていた、

「そりゃ、寝る前に洗濯してるし・・・」

「暗がりで洗濯ですか?贅沢ですね・・・」

ケイスやオリビアは専ら放課後の夕食前に洗濯を済ませていた、日によってはそのまま行水をしたりお湯を貰って身体を洗ったりしている、

「もしかして」

ケイスはジャネットの肩口の匂いを嗅ぐ、

「や、駄目だよ、ケイスってば」

ジャネットの口から何とも可愛らしい声音が出てきた、

「ちょっと、ミナさんを呼びますか」

「なんでさ」

「ソフィアさんの旦那さんと比べてみて欲しいかなぁと」

「ひど、酷い、おっさんと一緒にするなし」

「えぇ、でも、これは、ちょっと」

ケイスは言葉を濁した、

「なんだよ、ケイスだって、姿消してた時はどうしてたんだよぉ」

「それは・・・」

楽し気であったケイスの顔が一気に曇りジャネットはしまったと感じるも遅かった、早朝特有の気怠くも爽やかな空気は何とも重苦しい沈黙に一変してしまう、

「ごはんー、ごはんー」

ミナとレインが珍しくも遅れて食堂に入ってくる、普段最も早く食堂にたむろしている二人であるが菜園で何やら作業をしていたらしい、

「みんないるー、あのね、あのね、芽が出たよ、スイカとメロン、それとね、あとね、苗もしっかり根付いたってレインがねぇー」

沈黙を蹴破ったミナの言動にジャネットは心底感謝する、

「むー、エレイン眠そうどうしたの?」

勢いそのままにエレインの隣の席に座る、

「・・・二日酔いってわかります?」

エレインは目頭を抑えて溜息を吐いた、

「あー知ってる、タロウがよく言ってた、呑み過ぎ?」

「さすが、ミナさん、何でも御存じねぇ」

「はいはい、ミナとレインの分はこれよ、エレインさんお水か白湯欲しい?」

ソフィアが盆に乗せた二人分の朝食を持って食堂に入ってくる、エレインへの気遣いはその辛そうな姿に一応声を掛けておくかといった程度の風情である、

「・・・お気遣い痛み入ります」

エレインの反応に大丈夫そうねとソフィアは言って、

「そろそろ、朝の鐘よ、皆さん支度なさい」

ソフィアの言葉に寮の朝は一段落を見せ、生徒はそれぞれに登校準備を始めた。



「それで、今のうちにやっておいて欲しいかなって」

昼を過ぎた頃合いにユーリとダナが揃って顔を出した、昨日のスイランズを連れた学園の視察は、やはり視察という名目で王の権力下にある学園としての意思統一を図るための下準備が行われたらしい、スイランズとしては下水道の問題もそうだが魔法石の有用性に関心があり、王国として監視下に置く必要性があるとの見解を示したそうである、学園としてもその意見に異は無く学園長及び事務長はその意見に賛同する事とし領主対策と下水道の始末について共同歩調を取る事としたそうだ、

「で、馬屋をつぶして下水道への入口にすると・・・」

ソフィアはなるほどねと納得した、

「学園の敷地内ですし、現在ほとんど使ってないですからね、先日のように内庭から冒険者を入れるわけにはいかないですよね、曲がりなりにも女子寮ですし、学園の施設ですから関係者以外は基本立ち入りして欲しくないというのもありますし」

白湯を片手にしたダナの言である、

「スイランズ君の予算組次第だけど、早ければ5日以内に何らかの行動を下水道に対して起こすつもりなのよ、具体的には全容把握ね、その為の入口は現状この女子寮しかないわけで、そういう事で一つ作業をしておいてもらえると嬉しいんだけどなぁ」

ユーリはテーブルに寝そべるように低頭するとソフィアの顔を横目で見上げる、

「はいはい、わかったわ・・・けど」

「けど?」

「たぶんだけど、馬屋から竪穴はいいとして、横穴が難しそうね、横穴を通すのも建物をかわすのも可能だけど、穴そのものの補強が必要よ、菜園の下を通ると思うからその点もだし」

「それについては、そうねヘッケル夫妻に頼めば何とかなるかしら、少々無理言っても何とかしてくれるわよ」

「無理言ってもって、普段からそうなの?」

「そうね、うん、だいぶ鍛えたわ」

ソフィアは言葉も無くユーリを見詰めて、

「恨まれてない?」

「・・・たぶん、大丈夫」

ユーリはあからさまにそっぽを向いた、

「ん、では、どうしよう、私としては馬屋を目隠しして欲しいかしら、結界を拡張するから騒音の問題は大丈夫なんだけど、視覚情報は・・・遮断しないとだわね、それでいい?」

ソフィアはミナと共に静かに成り行きを見ていたレインに問い掛ける、

「ふむ、構わんぞ、好きにせい」

「わかったわ、作業用として馬屋兼倉庫全体の目隠しと念のため母屋との間の通路も目隠ししてもらって、それが済んだら作業を開始、竪穴と下水道迄の横穴を開通させます」

ソフィアはテーブルの上に指先で竪穴と横穴を示して見せる、

「その後ヘッケル夫妻に横穴の補強、必要とあらば竪穴もといった感じかしら」

「うん、さすがソフィアね、話が早くて助かるわ、ダナもそれでいい?」

「私は異論ありません、期間はどれほど掛かります?」

「うーんどうだろう、目隠しと補強作業次第じゃない?ヘッケルさんには話って?」

「まだ」

「ならそれ次第って事で」

「はい、なら早速、今からヘッケル工務店に向かいます、都合がつけば今日中に下見を、作業についても同様に」

宜しいですかとダナは二人に問い掛ける、二人が了承するとダナは腰を上げ寮を出た、

「腰の軽い娘ねぇ、よいことだわ」

「何ババ臭いこと言ってんのよ」

「うーん、やっぱり年なのかしら最近こう、行動にこう、メリハリが無くて・・・」

ソフィアは左手を右肩に当てて首を左右に振り傾ける、

「たまには剣でも槍でも振り回しなさいよ、目が覚めるわよ」

「へぇー、あなたそんな事してるの?」

「うん、学園で若い子見てるとね、たまにやりたくなるわよ、現役の冒険者も遊びに来るし、やっぱり彼らの生気は良いわよ」

「言ってる事が、ババ臭いわよ」

目を細めるソフィアに、ユーリは曖昧な笑みを浮かべる、

「ユーリ、ババ臭い・・・」

ミナがボソリと呟く、ユーリは途端カッとミナに視線を合わせ、

「ミナ、忘れて」

「ユーリ、そういうのは止めて」

ソフィアがやんわりと止めるも、ミナが意地の悪い口元のみの笑顔を浮かべると、

「ミナ、忘れなさい」

「ユーリ、ババ・・・」

みなまで言わすかとユーリは立ち上がる、

「わぁ、怒った、ユーリの怒りんぼ」

ミナは悲鳴を上げて厨房へ逃げ込むと、ユーリが追ってこないのを確認して、戸口からこちらを盗み見る、

「ミナ、ユーリを揶揄わないの、ユーリも座りなさいよ、大人げない」

ふんと鼻息を荒くして座ったユーリに、

「ユーリ、大人げない」

ミナはさらに追い打ちをかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

悪行貴族のはずれ息子【第1部 魔法講師編】

白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
★作者個人でAmazonにて自費出版中。Kindle電子書籍有料ランキング「SF・ホラー・ファンタジー」「児童書>読み物」1位にWランクイン! ★第2部はこちら↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/450916603 「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」 幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。 東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。 本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。 容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。 悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。 さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。 自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。 やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。 アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。 そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…? ◇過去最高ランキング ・アルファポリス 男性HOTランキング:10位 ・カクヨム 週間ランキング(総合):80位台 週間ランキング(異世界ファンタジー):43位

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

処理中です...