悪魔祓いと復讐者

陸亜

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悪魔祓いと復讐者(7)

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「シュウ。今、何て?」
「その歳で耳が遠くなったのか? 言った通りだが」

ごく落ち着いた、それでも隠し切れない困惑が滲むオースの声に、いけしゃあしゃあと応えるシュウ。声音のままの視線はまもなく焦燥を滲ませ、殺意とも敵意とも異なる圧を孕んでゆく。
ラウルが向けられれば蛇に睨まれた蛙のごとく固まったであろうそれに、しかしシュウは何処吹く風といった様子である。むしろ、シュウの側にこそあからさまな苛立ちが浮かんでいた。当事者であるはずのラウルをそっちのけに、オースの眼光を真っ向から受け止めた黄金瞳が、斬り返すかのごとく閃く。

「こいつは、お前が昨夜退治した悪魔の憑依対象の息子だ。教会が悪魔の被害者の血縁者に対し、保護する権利を持つことくらいは知っているだろう」
「まあね。僕は教会とは無関係だけれど」
「今回の任務は、もとより教会から与えられたものだ。それを引き受けた以上、所属こそしていなくともお前が教会関係者であることは否定できまい」

片鱗とはいえ、オースの実力はラウルも目の当たりにしていたが、口論となるとなるほど別のようである。少なくともシュウが相手では、言い分の一つもまともに通せはしないだろうことが、ただ数度のやり取りだけで伺えた。つい先ほど似たような経験をしたためか、奇妙な親近感すら感じられるも、それどころではないと思い直す。
不服ではあるが、ラウルもオースと同意見なのだ。教会に入り悪魔を祓う方法を会得したいことは事実だが、何も母の仇に師事することは無いだろう。オース自身にその自覚が無かったとしても(ある意味、その方がより腹立たしい)。
しかしながら、ラウルとて二人の口論に割って入れる身分ではない自覚はある。できればオースに押し切ってもらいたいもので、不本意ながら期待の眼差しを向けるものの。

「……はぁ、」

決着は、見るも鮮やかであった。
シュウの言葉を退けるほどの武器はオースも持ち得なかったのか、早々に白旗を揚げたのだろう。長めの前髪をざっくりと搔き上げ、そのままぞんざいな仕草で後ろに撫で付ける。鼻筋の傷痕がより鮮明に浮かび上がって、ほんの一瞬視線を意識を奪われてしまう。
ゆっくりとした動きで前髪が元に戻る頃には、その下に揺れる視線が鋭さを収めていた。それをちらりと向けられて、反射的に唾を呑む。そこに敵意や警戒は無く、ラウルが抱いているものとそう変わらないだろう億劫さが窺えた。

「それで、この子をどうすれば?」

負けを認めるならば、次に問題となるのは負け方――すなわち、敗者としてどういった条件を呑むか、となる。言い換えれば、ラウルをどう扱えば良いかを確認しなければなるまい。目的、条件、期間。ラウルもまた、知る必要のある事柄である。
思ったよりも諦めが早かったためか、シュウはいささか拍子抜けたと言わんばかりに肩をすくめるも、その唇には美しい弧を描いていた。

「悪魔祓い志望のようだ。お前の働きぶりを見学させてやるといい」
「僕みたいな悪魔祓いを増やそうっていうなら、君も焼きが回ったね」
「安心しろ。こいつは反面教師が分からないほど莫迦じゃあない」
「ずいぶん買っているんだね、会ったばかりだろう子どもに」
「そうだな、お前よりは有能そうだ」
「君の言う有能さは、自分の手駒たり得る存在のことを指すのかな」
「少なくとも、自分の立場を忘れて猪突猛進になるような男じゃあないことは確かだな」
「そんな男の下に付けるなんて、随分薄情じゃないか」
「自分のことを言われている自覚があったとは驚きだ。そして俺ば別にこの子どもの保護者じゃあない」
「だから僕に押し付けるって?」
「そうとも言えるな。お前が戦うだけしか能がないことを証明する手段を与えてやっているとも言う」

「……あの、」

なおも続く応酬に、多少腰が引けながらも今度は意を決して口を挟む。お互いに対してだけではなく、ラウルに対してもずいぶんな言われように聞こえたが、そこに文句を言うべき時ではないだろう。
果たして声はきちんと届いたようで、ふたりの男はそろってラウルをかえりみた。金と灰、二対の双眸に見下ろされて全身が固くなるのを自覚しながら、それでも後退ることなく言葉を続ける。
どうしても、聞いておくべきことがあった。確かめておくべきことが。

「敢えてこの人である理由は、あるんですか?」
「お前が襲われた悪魔を退治したのがこの男だからだ」
「……それが、俺の母だって言うのに?」

眼球がじわりと熱を帯びる。あの夜と似た、けれどずっと静かな熱を。抑え込まれていた怒りが、嘆きが、哀しみが、少しずつ炙られていくように露わになってゆく。反射的に拳を握る。まだ、食い込んだ爪の痕さえ消えていない手のひらで。
その様を、シュウはやはり面白がるような視線で眺めていた。オースは――いや、駄目だ。自身の裡を占める、冷静で合理的な自分が、男の様子を窺うことに待ったをかける。踏みとどまれと。ここで怒り狂えば、自身の決意がその程度のものであったと証明してしまう。
理解したはずだ、母の仇は悪魔であって、オースではないのだと。本気で仇討ちを果たそうとするのであれば、荒ぶる感情の矛先を向けるのは悪魔であるべきだと。ならば、そのために手段は問うていられまい。悪魔狩りになれる可能性があるのなら、是が非でもしがみつかなければならないのだと――

「成程? そういうことなら、歓迎しよう」
「は?」

決意に燃ゆるラウルの思考は、けれど続けられた言葉によってばっさりと断ち切られた。
思わず見上げた先、こちらを見下ろす灰色の双眸が、無関心の中にわずかな興味のひかりを灯す。それが良いことなのか、ラウルには分からなかった。考えようとしたところで、続けられた言葉によって思考はものの見事に打ち砕かれただろう。

「僕の――仇の首を取ればいい。君に取れるものならね」

わざわざご丁寧に、軽くあおむけてその首筋を晒しながら、男は言ってのけたのであった。
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