上 下
112 / 140
第六章.醜い■■の■

プロローグ

しおりを挟む
「うぅ~、あぁ~」

「……」

 先ほどから私の目の前で親友であるアリシアがテーブルに突っ伏しながら唸っている……チラチラと他の客とカフェの店員が見てるから控えて欲しいんだけどなぁ……どうしたのやら。

「……アリシアったら、どうしのよ?」

「うぅ~、リーゼリットぉ~」

 こりゃダメだわ……これで三回目だけれど、話し掛けても『あぅあぅ』みたいな鳴き声ばっかりで言葉を発してくれないから、もうどうしようもないや。

「……ズズっ」

 まぁ面白いし可愛いし、暫くは今のアリシアをお茶請け代わりにしようかしら? 相変わらずサラッサラなピンクパールの長髪が綺麗だし、突っ伏してて見えてる旋毛もついついなぞりたくなる。

「あぅ~」

 ……それにしても、何があったのかねぇ~? アリシアがここまで落ち込む事態かぁ……やっぱり〝例の彼〟に関する事かな?
 こう見えてアリシアってば意外に少女趣味だし、乙女チックだからなぁ……未だに幼少期の初恋を引き摺ってるってビックリだよ。

「……やっぱり、〝例の彼〟の事?」

「……(ビクッ」

「やっぱり……」

 途端にさらに呻き声を上げ始めるアリシアにため息をつく……『彼があんな事をする筈がないのよ……』『あの子ども達が重なって見えて……』とかなんとか意味が分からない事を呟いてるのを聞き流しながら、内心どうしようかと考える。
 多分だけど、警察武官の幹部候補生だって言ってたし恐らく仕事で嫌な事件があって、それに〝例の彼〟が関わってた、或いは想起させるような事でも起こったんでしょう。

「……よし! アリシア旅行に行きましょう!」

「……りょこお?」

 うぐっ! ……アリシアはもっと自分の容姿に自覚を持った方が良いと思う。そんな涙目で弱った雰囲気を出しながら上目遣いとか……破壊力高過ぎて死ぬわ。
 ……ほら見てみなさい? 他の男性客が露骨に赤面して目を逸らしたわよ?

「……でも私には仕事があるし」

「それは私も一緒よ」

「……じゃあどうやって行くのよ?」

 確かに二人共そう簡単に休暇が取れるような仕事じゃないし、取れたとしてもほんの少しで、更には休み中に呼び出される可能性が凄く高い……でも抜け穴がない訳じゃない。

「アリシア、貴女って警察武官でしょ?」

「…………そう、ね?」

「それでね? 今度、司書として『ナーダルレント地方・ホラド伯爵領』に関する史料を現地に取りに行かないといけないの」

 十年に一度、帝都国立図書館では各地方の郷土史や風習なんかの史料を手分けして集めて編纂、新しく更新する義務がある。
 これは無駄に広い領土と数多の民族を内包する帝国が、反乱が起きない様に統治する為の情報と理解を得る為と、定期的に司書という公務員が地方に赴き、地元の民に話を聞く事で帝国政府に親しみを持って貰うのと同時に、反乱の芽を逸早く察知する目的がある。

「そこでね? アリシアには私の護衛を頼みたいのよ・・・・・・・・・……」

「…………なるほど」

 そしてこの地方に赴く司書には警察武官から護衛が付く……当たり前だけれど、全ての司書が全ての民族の文化や風習を知っている訳でも、必ず知っている者が知っている場所に割り振られる訳でもない……そうなると文化や風習の違いから荒事が起きたりもする。
 同じレナリア人の中にも帝国政府の統治や政策に不満を持っている層は必ず存在するんだから、そういったいざこざから司書という大事な人材を護るためにこの制度がある。

「護衛との不仲を避ける為に司書は護衛する人を指名できるでしょ? 幹部候補生なら実力は申し分ないし、それに幹部になる為には現場経験も必要だったよね?」

「……そうね、その通りだわ!」

 おっ、元気が出てきたかな? うんうん、やっぱりアリシアは笑顔が一番可愛いからね、落ち込んで欲しくないね!
 それにお互いに卒業してから全くと言って良いほどに遊べてはいし、やっぱりリフレッシュは大事だよね?

「ふふふ、『ホラド伯爵領』と言えばチューリップが有名だから見るのが楽しみだね?」

「チューリップかぁ……綺麗で可愛いんだろうなぁ!」

 ぐふっ! そんな無邪気な笑顔を無防備に晒さないで……!! ほら! 何人か男性客が胸を押さえてるから!! ……あっ、男性店員がコーヒー落として怒られてる。

「なんなら海を見ても良いかもね? 地中海ほど有名な所は無いけれど、見るだけで楽しめるでしょう?」

「そうね! 海も良いわね!」

 ふふっ、やっぱり元気があるアリシアは最高ね……最初に士官学校で会った時も綺麗過ぎてビックリしたもんなぁ……旅行に行くのが楽しみね。

「じゃあ、そういう事だから日程の調整よろしく!」

「うん! もちろんよ​──あっ!」

「? どうしたの?」

 勢いよく頷いていたアリシアが唐突に何かに気付いた様子で動きを止める……何か他に任務がもう入ってたりしたのかしら?

「……確か『ホラド伯爵領』に限らず、『ナーダルレント地方』って昔は魔物が建国した王国・・・・・・・・・があったのよね?」

「……まだ史料は全部読めてなけど、そうみたいね?」

 確か相当な昔……まだ帝国に編入される前の『ナーダルレント地方』では、魔物が建国した王国が栄えていたっていう噂があるのよね。
 確かホラド伯爵、ベルン侯爵、ルクアリア大公の三家もその魔物の末裔だとかなんとか……まぁ所詮は噂だけど。

「それがどうしたの?」

「うーん、まぁ一応何があっても良いように準備だけでもしておこうかなって?」

「なるほどね、私も緊急連絡手段は用意しておくわ」

「うん、それが良さそう」

 ここ何百年か魔物災害が起きたという記録はないし、別に杞憂だとは思うけど……アリシアの勘は結構当たるし、準備はしていて損はないから良いか。

「とりあえず今日は奢るわね」

「……なんで?」

「この前の仕事が……仕事が上手、く……いったの、よ……………………うん!」

「そ、そう? ありがとうね?」

 うん、この反応を見る限り『仕事は上手くいったけど、後味が悪い終わり方だった』っていうのはなんとなく分かるわ。
 私にその特別手当を使って奢る事で、少しでも気が晴れるなら素直に奢られましょう。

「じゃあまたね!」

「えぇ、旅行が楽しみね」

 笑顔で大きく手を振るアリシアに苦笑しながらカフェの出入り口前で別れる。……さて、と……私も細かい雑事を片付けて旅行の準備をしましょうかね。

▼▼▼▼▼▼▼
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世ポイントッ! ~転生して楽しく異世界生活~

霜月雹花
ファンタジー
 17歳の夏、俺は強盗を捕まえようとして死んだ――そして、俺は神様と名乗った爺さんと話をしていた。話を聞けばどうやら強盗を捕まえた事で未来を改変し、転生に必要な【善行ポイント】と言う物が人より多く貰えて異世界に転生出来るらしい。多く貰った【善行ポイント】で転生時の能力も選び放題、莫大なポイントを使いチート化した俺は異世界で生きていく。 なろうでも掲載しています。

手の届く存在

スカーレット
恋愛
突然出会い、突然付き合い始め、突然別れた彼女。 そんな彼女と再び出会うことになった主人公が、現実を受け入れる為に四苦八苦する物語。 割と陳腐な内容だとは思っていますが、何分素人の書いている自己満足作品なので、読んで少しでも楽しんで頂けたらと思います。 感想やご指摘、ブクマ、レビューや批評など、お気軽に頂けると喜びます。 また、読み進めれば進むほど、味の出るスルメみたいな作品になればと思っています。 尚、男側の主人公はどんどん女を増やすハーレムな要素藻ありますのでご注意を。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が子離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ
ファンタジー
いたって普通の女子高生・花園 アリス。彼女の平穏な日常は、魔法使いを名乗る二人組との邂逅によって破られた。 異世界からやって来たという魔法使いは、アリスを自国の『姫君』だと言い、強引に連れ去ろうとする。 心当たりがないアリスに魔の手が伸びた時、彼女を救いに現れたのは、魔女を名乗る少女だった。 未知のウィルスに感染したことで魔法を発症した『魔女』と、それを狩る正統な魔法の使い手の『魔法使い』。アリスはその戦いの鍵であるという。 わけもわからぬまま、生き残りをかけた戦いに巻き込まれるアリス。自分のために傷付く友達を守るため、平和な日常を取り戻すため、戦う事を決意した彼女の手に現れたのは、あらゆる魔法を打ち消す『真理の剣』だった。 守り守られ、どんな時でも友達を想い、心の繋がりを信じた少女の戦いの物語。 覚醒した時だけ最強!? お伽話の様な世界と現代が交錯する、バイオレンスなガールミーツガールのローファンタジー。 ※非テンプレ。異世界転生・転移要素なし。 ※GL要素はございません。 ※男性キャラクターも登場します。 ※イラストがある話がございます。絵:時々様( @_to_u_to_ )/SSS様( @SSS_0n0 ) 旧タイトル「《ドルミーレ》終末の眠り姫 〜私、魔女はじめました〜」 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載中。

エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥
恋愛
エリザベートは六歳の公爵家の娘。 国一番のフェアレディと呼ばれた母に厳しく礼儀作法を教え込まれて育てられている。 母の厳しさとプレッシャーに耐えきれず庭に逃げ出した時に、護衛の騎士エクムントが迎えに来てくれる。 エクムントは侯爵家の三男で、エリザベートが赤ん坊の頃からの知り合いで初恋の相手だ。 エクムントに連れられて戻ると母は優しく迎えてくれた。 その夜、エリザベートは前世を思い出す。 エリザベートは、前世で読んだロマンス小説『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』で主人公クリスタをいじめる悪役令嬢だったのだ。 その日からエリザベートはクリスタと関わらないようにしようと心に誓うのだが、お茶会で出会ったクリスタは継母に虐待されていた。クリスタを放っておけずに、エリザベートはクリスタを公爵家に引き取ってもらう。 前世で読んだ小説の主人公をフェアレディに育てていたら、懐かれて慕われて、悪役令嬢になれなかったエリザベートの物語。 小説家になろう様、ノベルアップ+様にも投稿しています。

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ

Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_ 【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】 後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。 目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。 そして若返った自分の身体。 美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。 これでワクワクしない方が嘘である。 そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

みそっかすちびっ子転生王女は死にたくない!

沢野 りお
ファンタジー
【書籍化します!】2022年12月下旬にレジーナブックス様から刊行されることになりました! 定番の転生しました、前世アラサー女子です。 前世の記憶が戻ったのは、7歳のとき。 ・・・なんか、病的に痩せていて体力ナシでみすぼらしいんだけど・・・、え?王女なの?これで? どうやら亡くなった母の身分が低かったため、血の繋がった家族からは存在を無視された、みそっかすの王女が私。 しかも、使用人から虐げられていじめられている?お世話も満足にされずに、衰弱死寸前? ええーっ! まだ7歳の体では自立するのも無理だし、ぐぬぬぬ。 しっかーし、奴隷の亜人と手を組んで、こんなクソ王宮や国なんか出て行ってやる! 家出ならぬ、王宮出を企てる間に、なにやら王位継承を巡ってキナ臭い感じが・・・。 えっ?私には関係ないんだから巻き込まないでよ!ちょっと、王族暗殺?継承争い勃発?亜人奴隷解放運動? そんなの知らなーい! みそっかすちびっ子転生王女の私が、城出・出国して、安全な地でチート能力を駆使して、ワハハハハな生活を手に入れる、そんな立身出世のお話でぇーす! え?違う? とりあえず、家族になった亜人たちと、あっちのトラブル、こっちの騒動に巻き込まれながら、旅をしていきます。 R15は保険です。 更新は不定期です。 「みそっかすちびっ子王女の転生冒険ものがたり」を改訂、再up。 2021/8/21 改めて投稿し直しました。

〈本編完結〉ふざけんな!と最後まで読まずに投げ捨てた小説の世界に転生してしまった〜旦那様、あなたは私の夫ではありません

詩海猫
ファンタジー
こちらはリハビリ兼ねた思いつき短編として出来るだけ端折って早々に完結予定でしたが、予想外に多くの方に読んでいただき、書いてるうちにエピソードも増えてしまった為長編に変更致しましたm(_ _)m ヒロ回だけだと煮詰まってしまう事もあるので、気軽に突っ込みつつ楽しんでいただけたら嬉しいです💦 *主人公視点完結致しました。 *他者視点準備中です。 *思いがけず沢山の感想をいただき、返信が滞っております。随時させていただく予定ですが、返信のしようがないコメント/ご指摘等にはお礼のみとさせていただきます。 *・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・* 顔をあげると、目の前にラピスラズリの髪の色と瞳をした白人男性がいた。 周囲を見まわせばここは教会のようで、大勢の人間がこちらに注目している。 見たくなかったけど自分の手にはブーケがあるし、着ているものはウエディングドレスっぽい。 脳内??が多過ぎて固まって動かない私に美形が語りかける。 「マリーローズ?」 そう呼ばれた途端、一気に脳内に情報が拡散した。 目の前の男は王女の護衛騎士、基本既婚者でまとめられている護衛騎士に、なぜ彼が入っていたかと言うと以前王女が誘拐された時、救出したのが彼だったから。 だが、外国の王族との縁談の話が上がった時に独身のしかも若い騎士がついているのはまずいと言う話になり、王命で婚約者となったのが伯爵家のマリーローズである___思い出した。 日本で私は社畜だった。 暗黒な日々の中、私の唯一の楽しみだったのは、ロマンス小説。 あらかた読み尽くしたところで、友達から勧められたのがこの『ロゼの幸福』。 「ふざけんな___!!!」 と最後まで読むことなく投げ出した、私が前世の人生最後に読んだ小説の中に、私は転生してしまった。

処理中です...