上 下
45 / 140
第二章.愛おしさに諦めない

9.末路

しおりを挟む
魔物に向けて駆け抜けながら信号弾を打ち上げ、領主様に対して当該地域の避難勧告を出すように合図を出す。

『ァァァア!!!』

「ふんっ!」

 膨張した肉が蠕動しているような岩塊の魔物がその巨大な拳を振り下ろす……それをガイウス中尉が大剣型の『猟犬』で防いだのを確認してから急ぎ懐に飛び込み、岩塊の隙間へと突きを放つけれど……絶えず垂れ流されていた黒い粘液が鋭く尖り、こちらを迎撃するのを確認してから急ぎ後方へバク転してから避ける。

「はぁ!」

 追撃してこようとした魔物に向かって刀身を引っ込め、全体を砲身と化した『猟犬』から銃撃を喰らわせて攻撃と牽制をしながらその撃発の反動で跳び、距離を取る。

「チッ……地下室で大技は使えん、なるべく崩落しないように立ち回りを気を付けろ」

「了解致しました」

「幸いな事に産まれたばかりでまだ弱い、業腹だがゴリ押しで行くぞ!」

 ガイウス中尉が振り下ろされた拳を大剣でかち上げてから即座に身体を回転させ、勢いを乗せた一撃で魔物の腕を切り落とす……それに続くように重心のバランスを崩した魔物の小さく、全体的に見てその巨体に不釣り合いな脚を『猟犬』を発熱させながら切断する。

『ネェァァァァアア?!!』

「むっ!」

「っ!」

 そのまま二人がかりで本体を叩こうとしたところで切断したはずの腕と脚が形を変え、鋭い槍となってガイウス中尉の背後から、私の真下から襲ってくる……本体から切り離されても動くのね。

「ぜぇいぃ!!」

「はっ!」

 ガイウス中尉が振り向きざまに大剣を振りかぶって岩の槍を砕き、私は刀身を横へと倒して砲身を出し、ショットガンへと変形させ地面に撃ち込む事で上空へと逃れる。……大きな穴を一部の天井に空けてくれていて、助かったわね。

「アリシア! 上から叩いて切れ込みを入れろ! 引き摺り出す!」

「はい!」

 今度は逆に空へと銃撃し、その反動を利用して奴の脚だった岩の槍を滑り降りながら長剣へと戻す。

「『赫灼せよ──クレマンティーヌ!!』」

 『猟犬』の基となった魔法使いの真名を解放し、本来ならばレナリア人が決して扱う事のできない魔力を擬似的に行使する……煌々と燃え盛る焔を纏った長剣を組み換え片刃として、峰から筒を出し、そこから火を吹き上がらせる事で勢いをつける。

『ジャァァァ』

「どこを見ている?!」

『アバァッ?!』

 気温の変化を感じ取ったのかこちらに振り向く魔物の横顔をガイウス中尉が殴りつけ、意識が逸れた魔物の頭頂部から切り裂く……というより溶断していく。

『ヌァンデェテェデデデダダ?!!!』

「くっ……!」

「共感するなよ?!」

「は、い……!」

 魔物の魔力の乗せた咆哮をこちらも『猟犬』から魔力を噴き出させ、魔力妨害を発動して相殺しながら溶断しきる。

「良くやった! ……『雷轟示せ──アレキサンダー!!』」

 魔物に一撃を喰らわせたのを確認してからすぐさま真っ直ぐ駆け抜け、距離を取る。こちらが入れた切れ込みに真名解放したガイウス中尉が大剣を突き立て、激しくスパークさせる。

『ジャァァァ?!!』

 ガイウス中尉を引き離そうと魔物が振り上げた残った腕を『猟犬』をショットガンに変形させてから撃ち抜き、破壊する。

「そこから……出て来い!!」

「アバアァァァァァァァアアア??!!!」

 突き立てた大剣に捻りを加えながら破壊して、拡げた傷口へと腕を突っ込みナニカを引き摺り出す……それは全身真っ白で末端のみが黒い粘液と化した──

「──人間?」

「この魔物の核となった魔法使いだ」

 確かに言われて良く観察すれば……若い男性の魔法使いの面影はあるけれど……全身から色を奪われ、四肢は黒い粘液のようにしてほどけ、瞳は瞳孔が開き切り、まるで最初から真っ黒であったかのようで視線は定まらず、何処を見ているのかさえ分からない……身体の末端からパズルのピースのようにして崩れていっているそれは……人間とはとても言えなかった。

「アゥ……ウェ?」

 顔中の穴から黒い粘液を垂れ流し、それと連動するようにして魔物の外殻とも言うべき岩塊の巨体が崩れ落ちる。

「核さえ引き摺り出せば暫く復活はしない、このままバルバトス本部まで護送する」

「は、い……」

 これが、これが魔法という素敵な特技を持つ……クレルと同じガナン人だとはとても思えなくて、そもそもこんな生き物は知らなくて……もしかしたらクレルも既にこんな姿になっているのかと思うと──

「──ウ"ッ……! ウ"ォ"エ"……!!」

「……初めは皆そうなる。あまり共感し、同情はするな」

「は、は……い……ウ"ェ"ッ!」

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ……クレルがこんな姿になっているなんて信じたくはない! 涙を流し、ガイウス中尉の言葉に空返事をしながら首から下げたペンダントの先……クレルから遅れ気味の誕生日プレゼントとして貰った……瑠璃色の椿を閉じ込めた紅い石を握り締める。

「……俺は護送の手続きをしてくる、その状態になればしばらくは動かん……好きなだけ泣いて吐け」

「うっうぅ……ぐすっ…………うぅ…………」

 胃の中の物を胃液すら全て吐き出してもなおムカムカは収まらず、それ以上の不安と小さな希望に私の胸は……先ほどの魔物の黒い粘液のようにドロドロのグチャグチャだった。

「く、クレルゥ……うっ、ぐすっ…………」

 ガイウス中尉がこの場を離れた事にすら気付かず、クレルの名前を呼ぶ……早く元気な顔を見せて安心させて欲しい! 他の狩人に狩られる前に私が探し出すから……だから……どうか──

「──生きていて」

 願いと新たな決意を込めてクレルの石を胸に握り込む。

▼▼▼▼▼▼▼
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...