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第二章.愛おしさに諦めない

3.帝国鉄道

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「ここがそうだ」

「ここが……」

 私の目の前には大きな赤レンガで造られた建物……帝国鉄道の駅があるけれど、正直私が生まれ育ったスカーレット男爵邸よりも大きく、見栄えも良くて……私の故郷が弱小領地過ぎたのか、この駅のホームが異常に豪華なのか……イマイチ判別が付かないわ。……多分両方ね。

「着いてこい」

「はい」

 ガイウス中尉の大きな背中に着いて歩く……幅の広い階段を登り、二階分ほどの高さのある入口を通って構内へと入れば高い天井にある宗教画と多くの人、繊細に敷き詰められたモザイクタイルの芸術、軍服に似た制服を着こなす駅員が人の流れを統率し、ここだけ違う世界のようで息が詰まる……本当にすごいわ。

「……これを」

「は? ……はっ!」

 途中で明らかに人の流れから外れ、端の方の金色の柵に挟まれた向こう側に居る駅員に向かって黒塗りの手帳を見せる……最初はこちらを訝しんでいた駅員もその手帳を確認するや顔色を変えて敬礼をする……こういう反応を見ると、やっぱり軍って権力が強いのだと実感する。

「支払いは帝国軍へ、急を要するため予約が入ってようがこちらを優先させて貰う」

「了解致しました! こちらへどうぞ」

 受付業務を他の人に変わって貰った彼が先導し、そのまま並んでいる方々を尻目に地下へと降りて、その場に停車していた列車内へと乗り込む。車内は金の縁に紺色のカーペットが敷き詰められ、短い間隔で窓を取り付けられているために景色が良く見え明るく、一つずつに取り付けられた紅いカーテンが上品さを醸し出す。

「こちらになります、何かありましたら窓横の呼び出しボタンを押してくださいませ」

「あぁ」

 通路をしばらく進んだところで個室の扉を開き、中へと促される……対面に並んだソファーに挟まるようにして置かれたテーブルにはご丁寧にお菓子とお酒が添えられているわね。

「それではごゆっくり」

 静かに扉を閉めて駅員の彼は去っていく……扉にも小窓が付いているけれどこちらもカーテンによって外から覗き込まれる心配も、防音処理を施されているために盗み聞きされる心配もないらしい……そんな快適な空間が凄いスピードで移動するのだから、技術の進歩って凄いわね……。

「……お酒は飲めるか?」

「少し程度でしたら……」

 お酒はそんなに強くないのよね……一回だけ友人達で集まってお酒を飲んだ時は凄い酔っ払ってその場で脱ぎ散らかして目に付く人に甘えるように抱き着いたみたいで……私は覚えてないのだけどリーゼリットからは『絶対に男の人の前で三杯以上は飲むな』って言われてるから気を付けないと……でも上司からのお誘いを無碍に断るのもなんだか感じ悪いし、一杯だけなら大丈夫……なのかな?

「強くないのであれば無理をするな、ここにはジュースもある」

「で、ではそれで……」

「女性が簡単に男性の前で弱いのに酒を飲むな、無防備に過ぎる」

「……はい」

 お、怒られてしまった……まぁガイウス中尉が見た目に反して紳士的で優しいのが判って嬉しくはあるけど、無防備って……私ってそんなに無防備なのかしら?

『これより発車致します、初めの揺れにご注意くださいませ』

 顔を赤くして俯いていたところで車内放送が響く……どうやら出発するようで間も置かずに列車全体が振動し、ゆっくりと加速して行く。

「これから向かうウィーゼライヒの領都ではくれぐれも『狩人』だとバレるなよ?」

「心得ております」

 表では警察武官として名乗り、狩人として活動する時はその制服と狼を模した仮面を身に着けて動く事になる……これは闇に潜む魔法使いたちと違って表社会で生活する私たちとその家族を報復から守るためでもある。

「ボーゼス特務中佐の様に家族が居ないなどの特殊な事例を除き、もし正体がバレた場合は家族や友人と共に帝国軍の管理下に置かれる」

「……そうならないように気を付けます」

 見せしめとして殺されたり家族や友人を人質に取られて内部情報を漏らされては堪らないからだろう……仕方ないけれど、私生活まで国や軍に管理されるのは気持ち悪いわね。……まぁ私に家族なんて、もう居ないのだけれど。

「まだ新兵であるお前はコードネームが無い。仮のものを考えておくが……どうせ仮面を着けている時に呼んでも偽名だと思われるだろう」

 敵もこちらが出す情報を馬鹿正直に鵜呑みにしない、それを利用する形なのでしょう……そんな話をしていると地下から出たのか窓から見える景色は雪が降り積もり、薄暮の時間帯も相まって黒銀の様相を呈す。

「……雪が雨のようですね」

「……そうだな」

 普段はゆっくりと降るはずの雪が、列車の速さによってどんどん後ろに流れていく様はまるで雨が打ち付けているかのように思える。

「……ん?」

 慣れない景色に見蕩れていたそんな時……屋根の上に誰かが居る……というより落ちてきた気がする?

「……どうした?」

「……いえ、屋根の上に人が居るような気がしまして」

「……この列車のか?」

 う、うーん……こんな速さで走る列車の屋根に飛び移る自殺志願者は居ないわよね、現実的に考えて……やっぱり気のせいかしら?

「すいません、ただの気のせいだったようです」

「……いや、気にするな」

 ……やっぱり誰か居る気がする、それも何か……とても言い表せないけれどムカムカするわね? なぜかしら? なんだかとても焦りが生まれてくるわ……?

「……大丈夫か? すごい顔をしているぞ」

「……なんだか焦燥感が溢れてきて」

「そ、そうか……」

 うぅ~、本当になんなのかしら? 私に色々教えてくれたクレルなら解るのかしら? ……それとも早くクレルに会いたいからかしら……。

「今屋根に登るのは危険だ、日が登ってから確かめよう」

「……はい」

「そういう勘は大事にした方がいい」

 やっぱり実力はもちろん大事だけど、そういう直感とか現場の勘とかも最後には重要になってくるのかしら……そんな事を焦燥感に駆られながら考え、窓の景色に集中することでそれを誤魔化すのだった。

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