リフレイン

桃瀬わさび

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番外編

そばにいて 2 〚カナ〛

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文化祭の打ち合わせは、卒業生だからと俺とキサちゃんに任された。
泉先生が今回の件の担当になったらしく、夏休み中の登校日に合わせて懐かしい母校を訪ねることになって。
卒業して、もう3年目だっけ?学校は全然変わらないけど、後輩たちはどこかきらきらと目に眩しい。青春ってかんじ。
そんな中を歩くキサちゃんの変装は、おしゃれな黒縁眼鏡と、黒のパーカーのフードをかぶっただけ。
はっきりいってその程度じゃ変装になってなくて、すれ違う生徒たちがきゃあきゃあと騒ぎながら遠巻きに見ている。うん、こうなるとは思ってた。
ライブの場所とか入場制限をかけるかとか、とにかく色々と決めることがあって打ち合わせには苦労したけど、入場制限は設けないことにした。どうせやるなら、できるだけ多くの人に聞いてほしいから。
ただ、“plena”の名前を出すと絶対に大騒ぎになるから、対外的には卒業生の“春夏秋冬”っていうバンドが来るということにしてもらった。
メンバー全員の名前から一文字ずつ取っただけの簡単な仮名だけど、在校生から情報は漏れちゃうかもしれないけど、それでも“plena”として来るよりは、混乱が避けられるだろうと。




と、思ってたんだけどなぁ。
文化祭当日。
1日しかやらない文化祭の、最後の締めの時間をもらって、本当は体育館でやる予定だったんだけど。

「悪い、どこから聞きつけたのか来場客がすごくて、体育館じゃとても収まらない。グラウンドでもいいか。」
「イヤよ。許可できない。ステージもないフラットなところに“plena”を立たせたりしたら、もみくちゃにされるに決まってるわ。あんた、アキちゃんならそんなことさせないでしょ。」
「させるわけない。だが今更中止というのは、」
「事故が起きるよりマシでしょ」

それは極論だろとか、入場制限を設けたらとか、バリケード作ったらとか、そんなのダサいとか、俺たちを置き去りに兄弟喧嘩が始まった。
ううん、どっちも一理あるけど、できれば中止はイヤなんだけどな。でもキサちゃんがもみくちゃにされたらもっとヤだし。

「それなら、あそこでいいだろう。」

キサちゃんの一言で、兄弟喧嘩がぴたりと止まった。
あそこ、と指差したのは、半円型に張り出した昇降口の屋根。
…………確かに登れば簡易的なステージになりそうだけど、あんなとこどうやって登るんだろ?
え、二階の資料室にあそこに繋がる通用口があるの?………二階に資料室なんてあったっけ。
なんでそんなことキサちゃんが知ってるのかと思えば、サボり場所を探してとの答えだった。…………キサちゃんはどこまでもキサちゃんだ。

けど確かに、いい案かも。
グラウンドに面しているし、資料室から電源も取れる。少し高めのステージにはなるけど、もみくちゃにされる心配はないし。
柵もないし危険ではと逡巡していた泉先生が泉さんのゴリ押しに負けて、最終的にキサちゃんの案が採用された。





生徒から隠れながら大慌てで機材をセットしたけど、定刻は少し過ぎてしまった。
資料室から覗くと、全校生徒より遥かに多い人達がグラウンドにひしめき合っている。
うーん。“plena”の名前は隠したはずなのに、やっぱりどっかから漏れちゃったんだろう。今はSNSも発達してるし。
うちの学校の文化祭に入場制限とかはないからとりあえず行ってみよう、って人が結構いそうだ。
たぶん、こうして文化祭に参加できるのなんて、最初で最後だろう。


キサちゃんが何の気負いもなくふらりとステージに向かい、その背中についていく。
一瞬しんと静まり返ったグラウンドが割れんばかりの歓声に包まれて、5曲だけのミニライブは始まった。


最初の曲は、chain。俺がキサちゃんと出会ったときに作った歌。
『だからどうしたっていうんだ』と、キサちゃんが歌ったそのひと呼吸で、運命みたいに惹きつけられて。
いまの“plena”が出来た、きっかけとも言える曲。

次の曲は、rooftop。タイトル通り、屋上で生まれた歌。
カナリアを歌ってくれたあと、飛び出してきたという音のカケラを聞いて、そのままギターをかき鳴らして出来た。
俺のギターとキサちゃんの声が、戦い合って高めあってできた歌。

3曲目は、昔の“plena”のアルバムから。
再録しなかった曲で、キサちゃんの声で録った音源はないからかなりレアだ。
ここでやるならどうしても、俺が惚れた“plena”の曲をやりたいなんてキサちゃんが言って、久しく聞いてないCDを聞いて、3人揃って赤面した。
良く言えば荒削り。悪く言えばまだまだ稚拙。この3年くらいでかなり成長したんだなぁなんて遠い目になっちゃうほど、色々恥ずかしくて仕方ない。
うわぁ聞いてらんねーなんてトモが悶えて、ミヤが曲を止めようとしたのをキサちゃんが止めた。
「今の方が上手いけど、俺はこの頃からこの音に夢中だ。」なんて。
「この人たらしー!」ってミヤが叫んだのも仕方ないと思う。

4曲目は、Reverb。ルディさんたちの作ったPVのおかげか、この曲をライブで演るとすごく盛り上がる。
2曲くらいは有名なのやっとかねーと、なんて言って決まった。これは、サマーグルーヴの前に作ったんだっけ。
そういうことをしたあとに生まれた、中毒性のある歌。

締めを飾るのはやっぱり、カナリア。
これとReverbが入った両A面シングルは世界的ヒットって言ってもいいくらいに海外でも売れた。日本でもそこかしこで流れるこの歌は、もう俺だけの歌じゃないけど。
「これはカナの歌だ」
いつもキサちゃんがそう言うから、そのたびにあの時のことを思い出す。
ゲイであることを受け入れてくれて、想うことを許してくれて。
だけど想いが通じるなんて、夢にも思っていなかった。
なのに、もう2年以上前の卒業式に、通い慣れたあの屋上で、甘くあまく歌われた、歌。

どの曲も、とても冷静には演奏できない。
熱く滾るままギターをかき鳴らし、キサちゃんと向かい合って音を戦わせる。
スポットライトなんかなくても、機材だって最小限でも、そんなことでキサちゃんの歌は力を失わない。
グラウンドから溢れるほどの人たちが、ひしめき合って腕を振り上げて。
波のように高くうねるそれを煽るように、キサちゃんがひときわ高く吠える。
鋭く尖ったマスタードボイスで、どこまでも辛口にかっこよく。
そして、カナリアを歌うときだけ、甘くあまく優しく。
固唾を呑んで観衆が見守る中、たっぷりと余韻を取ったキサちゃんが、髪を掻き上げてにっと笑った。

「thank you」

それだけ言って、くるりと背中を向けて去っていく。
俺も、ミヤもトモもそれに続いて、弾ける歓声に後ろ手に手を振った。

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