リフレイン

桃瀬わさび

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本編

ず、ずるい! 1 〚カナ〛

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キサちゃんは有言実行のひとだ。
年が明けて、言った通りにセンターで高得点を叩き出して、2月頭にはさっくりと合格通知を手に入れてた。
自己採点で十分に自信があったらしく、試験後すぐに練習だって再開しちゃうくらい。
本当にすごい。

すごいと言えば、デビューCDだ。
どうせなら皆揃ってから聞こうと、トモたちの家に集まって、防音の部屋で最大音量で流して。
ドラム。ギター。ベース。どれもがすごく魅力的に聞こえて、やっぱプロってすごいな、なんて思ったりして。
その直後キサちゃんの歌が始まって、キサちゃんを除く全員が固まった。
俺の仮歌とは、全然違う。上手いとかそういう次元を超えて、直に魂が揺さぶられる。
からく掠れた声で激しく歌って、甘く優しく心を宥める。
3曲目のカナリアには、知らないうちに涙がこぼれていた。





今日は、PVの撮影。
ルディさんとダグさん。なんでも作るというふたりは、その時々でメインの役割を変わるらしい。
動画はダグさんがメインで、ルディさんがサブ。写真は逆にルディさんがメインで、ダグさんがサブというふうに。
“どんな要求でも必ず呑むこと”そんな条件に少しびくつきながら泉さんの車に乗り込んで、向かった先は廃工場だった。
がらんとした工場に、少ない照明。
ドラムセットと、スピーカー、アンプ、マイク。
最低限の機材が並ぶ奥に、錆び付いた機械が眠っている。

「はじめまして。ダグという。」
「怖い顔だけど怖くないからね!俺はルディ、にどめまして。じゃあ早速1回演奏してみてくれる?カナリアはもう撮ったから、今回はReverbね!」

カナリアは撮ったってどういうことだろ?
その疑問は、急き立てられるように舞台に立たされてすぐに忘れてしまった。


工場は、確かに、Reverbという曲には相応しいところかもしれない。
残響という意味の通り、がらんとした工場に音が跳ね返ってよく響く。
この歌は、夏前にキサちゃんと作った歌。
そういうことをしたあとにキサちゃんが口ずさんで、それに引きずられるようにギターが哭いた。カナリアとは違って疾走感のある曲だけど、ガンガン耳について止まらない中毒性のある曲だ。
デビューアルバムでは1曲目を飾るそれを、久しぶりに全員揃った練習で演った時は震えが止まらなかった。
練習を休んでいたのにキサちゃんの歌にはさらに磨きがかかっていて、からく鋭く煽るマスタードボイスに煽られすぎて、3人ともトチったりしたっけ。

「やべーな。俺、もっと練習するわ。」

そうこぼしたトモに、ミヤとふたり頷いた。
キサちゃんと演るのは約3ヶ月ぶり。こっちはそれなりに練習していたのに、ついていくので精一杯だった。このままじゃ置いてかれてしまう。
置いていかれるだけならいい。生半可な演奏で、キサちゃんの才能の邪魔をしてしまうのが、何よりも怖い。


キサちゃんと会えなくて集中できなかった頃が嘘のようにギターに没頭した甲斐あって、1回目の演奏は素晴らしい出来だった。
かるく拍手したルディさんが、何かを手に近づく。
…………絵の具?
4つの大きめのカットグラスに、黒と赤、ピンクと青。……なにさせられるんだろ?

「ハイ、カナちゃんはピンクね。ミヤくんはブルー、トモくんは赤。イブは黒。これで、今からお互いに汚し合ってもらうから。まずはトモくんとミヤくんから行こうか。」

え、ええ?と思う間にトモがべしゃりとミヤの頬を汚した。絵の具に手を突っ込んで、乱暴に、額から顎らへんまでべっとりと。

「てんめー、覚悟しろよ」

ミヤが低い声を出して、今度はトモの顔を青く塗る。顔を横断する感じに、長く。
そのまま応酬が始まって、報復につぐ報復に、ふたりの白いシャツはべっとりと互いの色に染まった。
―――このための白いシャツなのかな?

「ハイ交代。カナちゃん、イブ、はいどうぞー。」

わざとらしいカットの音がして、キサちゃんと向き合う。
え、えええ、俺がキサちゃんの顔を汚すの!?このかっこよすぎる顔を!?
狼狽えてたら、指三本を絵の具につけたキサちゃんが、頬にそれを擦り付けた。
………なんかヤな予感するんだけど、これっていわゆる、

「ふっ…………ねこ。」

やっぱり!ず、ずるい!そっちがそうなら、俺だって!
キサちゃんが挑発するみたいに少し屈んで笑う。そのおでこから頬にかけて、ピンクの稲妻を走らせてやった。
………普通に似合ってるところがムカつく。
くつくつと楽しげに笑う耳を引っ張って鎖骨に絵の具を飛ばして、キサちゃんにもやり返されて首筋がべったりと黒く汚れた。
だんだん楽しくなってきてシャツにピッと飛沫を飛ばし、汚れた手をなすりつけたりもする。キサちゃんも声をあげて笑って、俺の耳に触れたりシャツにべたりと手形を残したり。

「ハイやめー。」

ルディさんに止められるまで、撮影だってことをすっかり忘れていた。
気まずくて目を泳がせた俺をキサちゃんが汚れてない方の手で撫でて、やわらかく微笑む。
「そこ、ふたりの世界に入らない!」なんてルディさんに怒られて、ますます恥ずかしくて身を縮ませた。

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