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本編
要求 2 〚キサ〛
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カナのいない日々は、忙しくとも退屈だ。
勉強した分成績は伸びていくけど、カナにもう一度会うためという目標がなければ特に意味を感じられない。
一度、ミヤを通じてカナから連絡があった。
電話越しの息遣いと、一言だけの声。
たったそれだけで会いたさが募った。
ひよひよと跳ねる髪をいつから見ていないだろう。
哭くようなギターと声を戦わせたのは、いつが最後だろう。
弾けるような笑顔を見たのは?元気な声を聞いたのは?
早く色々を終わらせて、カナを迎えに行きたい。
レコーディングは、今回は別録り。
他の3人が録った音に、歌を載せていく。
マーク模試は自己採点ではそれなりだったし、来週に届く結果を持って、カナに会いに行けるだろう。
カナのギターを聴くのも久しぶりだ。
鬱屈した思いを音にして吐き出しながら、けれど“plena”を聴くのは自制していた。カナのギターを聞いたら、すべてを投げ出して会いに行ってしまいたくなるから。
今回のアルバムの収録曲は、カナリア以外はすべて新曲。
カナリアだけは、俺以外の全員が言い張って再録することになったのだが、他の曲がどんな曲か、実はまだ知らない。
音があふれる度にカナに送って、それを3人で料理してもらった曲たち。
収録の数日前にそれを聞いて、はっきりいって震えた。
カナ。電話ではあんなに弱々しい声だったのに。
あいつは本当に、すごい男だ。
ここまで、カナのギターは凄かったか?みんなの音は、こんなにも、心を震わせただろうか。
鳥肌が立ち、武者震いが起きる。ライブのときのような熱い興奮が湧き上がり、とても落ち着いて聞くことなんてできない。
歌いたい。
その思いのまま、歌詞を手に走った。カラオケボックスに閉じこもり、ヘッドホンをしたまま歌い続ける。
歌詞を読み込んで、何度も歌って、みんなの音と俺の声を混ぜ合わせて。
もっとはやく。もっと、気持ちをのせて。
うかうかしてたら、置いていかれる。
そう心が叫ぶままに、喉が嗄れるまで吠えた。
✢
『ハァイ、イブ。愛しのカナリアは今日もいないの?』
『うるせー。今日は仕事の話だろ。日本語で話せよ。』
俺たちの担当と、広報部のやつ。それから、俺と、ルディとダグ。
全員が揃ったのは、レコーディングの数日後、ダグたちの現在のアトリエだった。
あのおんぼろアパートを彷彿とさせる、しなびた建物。今時こんな物件を探すほうが難しそうだ。
カチコチになった担当たちを観察するように、ふたりが少し目を細める。
どうやら、フレンドリーに話し合うつもりはないらしい。ダーティな英語のまま話し始めて、通訳をさせられるのもしばしば。
『誤解されがちだけど、俺たちからギャラを決めたことは一回もない。いつも、仕上がりを見てから、その仕事に値段をつけてもらっている。』
『言い換えれば、たとえただ働きでも良いという相手としか仕事はしない。』
いつも大体いくらくらいですか、と恐る恐る尋ねた広報に、ダグが無表情のまま例えを出す。莫大な金額の例えを。
会議で通した予算より遥かに多かったのだろう。こちらの二人は青褪めたけど、俺は慎重に目を眇めた。
初対面の担当たちにはおそらく、ダグは無表情に見えるだろうしルディも底知れない笑顔に見えるだろう。
けれど、これはこいつらが、何かを仕掛けるときの顔だ。とんでもない何かを。
いったいこいつら、何を企んでいる?
『だが、今回は逆に、こちらから決めさせてもらいたい。』
『大丈夫、そんなに難しくはないから。いくつかの条件を呑んでくれたら、破格の安さになる親切設計!イブ、心して聞けよ、それはーーー』
早口すぎて聞き取れなかったらしい二人が心配そうに俺を見る。
こいつら、ふざけてんのか。そう思うほど無茶苦茶な条件に、この場では決められないからと立ち上がった。
『イブ!いい返事を待ってるぜ。』
にしゃっと笑ったルディと、にやりと笑ったダグに見送られて、アトリエを出る。
べ、と舌を出してそれにこたえ、また連絡するとだけ言い置いた。
勉強した分成績は伸びていくけど、カナにもう一度会うためという目標がなければ特に意味を感じられない。
一度、ミヤを通じてカナから連絡があった。
電話越しの息遣いと、一言だけの声。
たったそれだけで会いたさが募った。
ひよひよと跳ねる髪をいつから見ていないだろう。
哭くようなギターと声を戦わせたのは、いつが最後だろう。
弾けるような笑顔を見たのは?元気な声を聞いたのは?
早く色々を終わらせて、カナを迎えに行きたい。
レコーディングは、今回は別録り。
他の3人が録った音に、歌を載せていく。
マーク模試は自己採点ではそれなりだったし、来週に届く結果を持って、カナに会いに行けるだろう。
カナのギターを聴くのも久しぶりだ。
鬱屈した思いを音にして吐き出しながら、けれど“plena”を聴くのは自制していた。カナのギターを聞いたら、すべてを投げ出して会いに行ってしまいたくなるから。
今回のアルバムの収録曲は、カナリア以外はすべて新曲。
カナリアだけは、俺以外の全員が言い張って再録することになったのだが、他の曲がどんな曲か、実はまだ知らない。
音があふれる度にカナに送って、それを3人で料理してもらった曲たち。
収録の数日前にそれを聞いて、はっきりいって震えた。
カナ。電話ではあんなに弱々しい声だったのに。
あいつは本当に、すごい男だ。
ここまで、カナのギターは凄かったか?みんなの音は、こんなにも、心を震わせただろうか。
鳥肌が立ち、武者震いが起きる。ライブのときのような熱い興奮が湧き上がり、とても落ち着いて聞くことなんてできない。
歌いたい。
その思いのまま、歌詞を手に走った。カラオケボックスに閉じこもり、ヘッドホンをしたまま歌い続ける。
歌詞を読み込んで、何度も歌って、みんなの音と俺の声を混ぜ合わせて。
もっとはやく。もっと、気持ちをのせて。
うかうかしてたら、置いていかれる。
そう心が叫ぶままに、喉が嗄れるまで吠えた。
✢
『ハァイ、イブ。愛しのカナリアは今日もいないの?』
『うるせー。今日は仕事の話だろ。日本語で話せよ。』
俺たちの担当と、広報部のやつ。それから、俺と、ルディとダグ。
全員が揃ったのは、レコーディングの数日後、ダグたちの現在のアトリエだった。
あのおんぼろアパートを彷彿とさせる、しなびた建物。今時こんな物件を探すほうが難しそうだ。
カチコチになった担当たちを観察するように、ふたりが少し目を細める。
どうやら、フレンドリーに話し合うつもりはないらしい。ダーティな英語のまま話し始めて、通訳をさせられるのもしばしば。
『誤解されがちだけど、俺たちからギャラを決めたことは一回もない。いつも、仕上がりを見てから、その仕事に値段をつけてもらっている。』
『言い換えれば、たとえただ働きでも良いという相手としか仕事はしない。』
いつも大体いくらくらいですか、と恐る恐る尋ねた広報に、ダグが無表情のまま例えを出す。莫大な金額の例えを。
会議で通した予算より遥かに多かったのだろう。こちらの二人は青褪めたけど、俺は慎重に目を眇めた。
初対面の担当たちにはおそらく、ダグは無表情に見えるだろうしルディも底知れない笑顔に見えるだろう。
けれど、これはこいつらが、何かを仕掛けるときの顔だ。とんでもない何かを。
いったいこいつら、何を企んでいる?
『だが、今回は逆に、こちらから決めさせてもらいたい。』
『大丈夫、そんなに難しくはないから。いくつかの条件を呑んでくれたら、破格の安さになる親切設計!イブ、心して聞けよ、それはーーー』
早口すぎて聞き取れなかったらしい二人が心配そうに俺を見る。
こいつら、ふざけてんのか。そう思うほど無茶苦茶な条件に、この場では決められないからと立ち上がった。
『イブ!いい返事を待ってるぜ。』
にしゃっと笑ったルディと、にやりと笑ったダグに見送られて、アトリエを出る。
べ、と舌を出してそれにこたえ、また連絡するとだけ言い置いた。
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