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本編
会えなくて 3 〚カナ〛
しおりを挟む『色々終わらせたら、会いに行く。』
その言葉を、毎日、何度も思い出す。
最後に会ったのは、9月。今は11月。レコーディングのときは会えるかと思ったのに、別録りで日程が組まれてしまって、結局会えなかった。
作為的なものを感じてしまうのは、穿ちすぎだろうか?
ひとりきりのレコーディングスタジオで、トモとミヤの音をヘッドホンで聞きながらギターを弾く。
いつだってギターを弾く時は熱く熱く昂ぶるのに、今日はひどく冷たい。
長く付き合っている相棒は、いつもは俺に呼応してくれるのに、今日はしらんぷりでそっぽを向いている。
集中しろと思うけど、そう考えている時点で集中できていない。
ああ、音が、逃げていく。
「全然だめね。これじゃあ、哭くような、じゃなくて、泣き虫なギターだわ。」
わかってる、俺だって。泉さんに言われなくても。
どうやったら前みたいに力強く弾けるのかわからない。
どうやったら、ライブの時みたいに、熱く滾るのかも。
何回もリテイクをくらって休憩を言い渡されて、ずるずると崩れ落ちた。
視界に入った、攻撃的な黒のピンヒール。
泉さん。思えばこの人に初めて会ったあの日から、キサちゃんに会っていないんだ。
「……困ったわね。キサの選んだ相手ならもう少し強いかと思ったんだけど。キサも案外大したことないのかしら?」
「なっ……!」
「悔しかったら見返すことね。」
剣呑に髪を掻き上げた泉さんが、ヒールの足音高く去っていく。
キサちゃんが大したことない?そんなはずない。
俺が情けないせいで?………そんなの、許せるはずない。
ぎっと歯を食いしばって、バングルを無理矢理に外した。手首に引っ掻き傷が出来たけど、それに構わず袖を捲くって深呼吸する。
―――簡単だ。蔑まれたら、抗えばいい。
ぱんと頬を叩いて、不格好に笑った。
キサちゃんほど強くはなれなくても、せめて強がりたい。
ぎゅっとギターを掴んで、スタジオに戻る。
もう一度チューニングして気持ちを落ち着けて、ヘッドホンをして、ポケットからバングルを取り出しマイクに引っ掛けた。
どうやったら気持ちが昂ぶるのか、どうやったら集中できるのか、そんなことを考えていたのが嘘みたいだ。
怒りがそのまま熱になって、音に気持ちが乗る。
マイクにぶら下がるバングルが、やわらかく光る。
キサちゃん。
俺のギターは、キサちゃんのためのギターだ。
会えなくて、見失いかけていた。
いつのまにか、贅沢になっていた。
俺の音で、キサちゃんが歌う。それがどんなにすごいことか、忘れかけていた。
バングルの向こうに、キサちゃんの横顔を幻視する。
ライブの時の、獰猛な瞳を。光を集める、その存在を。
指先も身体も熱くなって、そこから先は、ただ夢中で音に溺れた。
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