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本編
会えなくて 1 〚カナ〛
しおりを挟むキサちゃんは、やっぱりただものではなかった。
あの夏のサマーグルーヴからすぐ、複数のメジャーレーベルからオファーが来た。
メジャーデビューできるかも、なんてことは考えてたけど、複数から来るなんて、こちらが天秤にかけるなんて、思うはずない。
さぁどこにする、なんていう贅沢な会議は深夜のファミレスで行われた。
ミヤがそれぞれのレーベルの売り方の方針や所属しているアーティストなんかをまとめてくれて、ああでもないこうでもないと話し合って。
興味深げに眺めながら全然話さないキサちゃんに話をふれば、少し考えるように眉間に皺を寄せる。
「ここか、ここ。……だけど、“plena”が“plena”らしくいられるところなら、どこでもいい。」
指されたふたつは、業界では中堅どころだけど多彩なアーティストが所属していて、かなりバンドそれぞれの色が出ているレーベル。最大手に見向きもせず選ばれたふたつに、“plena”らしくという言葉に、みんなの気持ちは固まった。
「確かに、最大手で簡単に売れて、満足かって話だよな。」
「キャッチーでポップなロックバンドなんて願い下げだしね。」
そんな風にトモとミヤが賛成してすんなりと決まったのは、キサちゃんが挙げたうちの1つ。
中堅どころだけど、かなりの熱意を持って名乗りを上げてくれたところ。契約内容なんかもすごく頑張っていて、それだけ俺たちを買ってくれているのがわかる。
子会社に事務所を持っていて、レーベルと契約するとそこのマネジメントを受けられることが最後の決め手。
じゃあ一度担当さんと全員で会おうかという話になり、その日は解散になった。
✢
「はじめまして、泉千秋です。」
さらりと長い髪を揺らして頭を下げたのは、美人な女のひとだった。それこそ、モデルだと言われても信じるくらいの。
栗色の瞳で俺たちを見回して、観察するようにほんの少し目を細める。
…………なんだろ?
「はじめに、不躾を承知でお尋ねします。っていうか、聞いてもいい?キサさんとカナさん、トモさんとミヤさんは恋人同士。違う?」
その質問に、キサちゃんを除く3人がびしりと固まった。
え、まだ会って数分なのに、なんでわかるの?
そんでこういうのって、なんて答えるのが正解なんだろ。
正直に言って話が白紙に戻っても嫌だし、かといってこれから付き合っていく相手に嘘をつきたくはない。
「そうだ。………それがどうした?」
「いいえ、どうもしないわ。ただの確認。その件に関しての対策がいるかどうか判断したかったの。」
さらりとキサちゃんが肯定して、千秋さんも何事もなかったかのように返して、今度は堅い口調で契約について話していく。
う、うん?………なんか展開について行けなくなってきた。
契約については俺とキサちゃんの出番はほとんどなくて、トモとミヤと泉さんでやり取りがなされていく。
わかりやすく説明してくれるときだけうんうん頷いて、あとはほとんどぼーっとしてたら話は終わりに近づいていたらしい。
ごそごそと荷物をまとめだした千秋さんが、ひとりひとりの連絡先を控えて終了。
「ん、こんなとこね。今度は正式な契約書を持ってまた来るわ。その時はリーダーとしてトモさんだけ居てくれればいいから。あ、あと、キサさんだけ少しいいかしら。」
伝票を持って立ち上がった千秋さんが、キサちゃんににっこりと笑いかけた。
長くなるかと聞いたキサちゃんに、ええたぶんなんて答えて、キサちゃんが俺たちを振り向く。
少し肩を竦めて、先に練習しててくれ、と。
後ろ髪を引かれながら立ち上がって、スタジオへの道すがら何度も後ろを振り返った。
立ち上がって俺たちを見送って、そのまま席に座り直したふたり。声は聞こえないけど、真剣な顔で何かを話していた。
…………キサちゃんだけに話って、なんなんだろ。
キサちゃんが来たのは、1時間近く経ってからだった。
ずっとそわそわして練習に身が入らなくて、こんなんじゃもったいないからと練習を切り上げて、スタジオの前でキサちゃんを待って。
ひとりでやってきたキサちゃんは練習してないことに驚いたようだけど、ちょうど良かったと言った。
「アレと話し合ったんだが、しばらく練習には来れない。」
たぶん俺はすごく不安な顔をしたんだろう。
くしゃりとキサちゃんが髪を撫でて、ほんのすこしだけ苦く笑う。
カナとも、しばらくは会えない。
ぽつりとそう囁いて、もう一度髪をかき混ぜて、俺の左手首を掴む。
キサちゃんにもらった、細身のバングル。その存在を思い出させるみたいに、かつりとそれに爪を立てて、額にひとつだけキス。
それだけで、キサちゃんは行ってしまった。
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