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本編
トモとミヤの場合 1 〚トモ〛
しおりを挟む「はじめまして、こんにちは。」
そう言って笑った男のことを、一方的に知っていた。
こいつはたぶん知らないだろうが、同じ高校に入学したばかり。見目が良くて優しくて話しやすいとかで、女子どもが騒いでいた。
たしか、角谷冬馬(すみやとうま)と言ったか。寒そうな名前だと思ったのを覚えている。
それから、笑顔が胡散臭いとも。
―――そいつがなんでこんなとこへ?
「よっし、はじめましてだ。俺はボーカル。こいつがギター。新しく入ってもらうのが、ドラムの里森と、ベースの角谷。んー、長いからトモとミヤでいっか!よろしくな!」
そう紹介され、思わず眉間に皺が寄った。
こいつが、この実力派インディーズバンドの、ベースになるって?
一体なんの冗談なんだ。
そんな考えは、最初の一音で覆った。
最高にファンキーなベース。ものすごく上手い。どっしりとした音で全体を支えながらも、主張するところはしっかりと主張していく。
小さい頃から親父のドラムで遊んでいたから、俺だって、ドラムには自負がある。高校生になって、色んなバンドを天秤にかけてここを射止めた。
ちょうど良く脱退者が出たことと、本格的な音に心惹かれて。
だが、この練度には負けるかもしれない。
ソロでもここまで聴かせるベースなんて、そうそう出会えるもんじゃない。
「お前、すげーな!ワリィお遊びかと思ってた。俺、里森(さともり)真夏(まなつ)。知らないだろうが高校も一緒だ。よろしく。」
そう言って手を差し出したら、驚いたような顔をしたミヤがすこしはにかんだ。
いつもの胡散臭い顔ではなくて、照れくさそうな笑顔。
思い返せば、あのとき俺は落ちたんだろう。自分で言うのもなんだが、単純な男だ。
✢
ミヤは話すと案外楽しいやつだ。
基本的にノリもいいし、音楽はかなり好きらしく、マイナーバンドの話をして時を忘れることもしばしばだ。
あっという間に仲良くなって、学校からバンドからずっと一緒にいる。家を行き来するようになるのもすぐだった。
それだけ一緒にいると、気づくことがある。
あの胡散臭い笑顔が、女子だけに向けられることだとか、バンドでどれだけ汗を書いていても、頑なに着替えないことだとか。
「ミヤって、女の子苦手なんか?」
俺の部屋に遊びにきて、音楽の話をしていて、ふと訪れた沈黙にそれを聞いてしまった。
返答は、ぎくしゃくとした肯定。そして、あの、胡散臭い笑顔。
……何かを誤魔化すときの顔だ。いったいこいつは、何を隠している?
ちょっとイラッとして、両頬を挟み込んで目を覗き込んだ。
切れ長の瞳からは何も読み取れない、と思ったら、一気に目が潤んで顔が赤くなった。
やっべ、泣く!?
「っわりぃ、泣かすつもりは、」
「……ちがう、ごめん、ちょっと、感情が昂ぶっただけだから。」
感情が、昂ぶった?
俺が、触れたから?
その考えを裏付けるように、ミヤがくしゃりと顔を歪めた。
「……わかったと思うけど、俺ゲイだから。……そんで、トモのこと、好きなんだ。触られたりしたら、こうなる。」
潤んだ瞳のまま、苦い笑顔。
きっと俺は驚いた顔をしたんだろう。また顔を歪めたミヤが、鞄を掴んで立ち上がる。
バンドは辞めるから、気にしないでくれ。
そんなことを言い置いて去っていくミヤを追いかけて、羽交い締めにして、後頭部に頭突きした。
「いったいなぁ!なんだよ、ト……っ!!!」
いつものミヤだ。
ちょっと安心して、振り向いたミヤの口を塞いだ。
涼やかな目元を目一杯に見開いて、硬直。
触れられたりしたらこうなる。その言葉の通り、顔はすぐに真っ赤になって、目は潤んでいる。
いつも飄々としてノリが良くて、冗談だって言うくせに、生娘みたいな反応。いや、もしかしたら実際に生娘なんだろーか?男相手でも生娘であってんのか?
硬直から立ち直ったミヤが俺を押しのけて、口元を押さえる。
赤い顔で、涙目で、瞳に籠めるのは、怒りだ。
「ちょっと。……冗談にしては、タチ悪くない?」
「冗談じゃねーもん。」
冷気を感じるほど不機嫌に言い切ったくせに、俺に切り返されてぽかんと口を開ける。
綺麗な顔なのにそんな顔は間抜けで思わず噴き出した。
ああ、今度はジト目か。そんな怒るなって。
日頃見せない表情とか、思いもよらぬ告白だとかにめちゃくちゃハイになって、思わずミヤの背中を叩いた。
ふてくされた顔をするくせに、ちょっと不安げに目が泳いでいる。
冗談じゃないって、どーゆーことだよ、
そんな小声に、声をあげて笑った。
「好きってことだよ。」
信じらんねーと言いたげに顔を顰めたミヤを抱き上げる。
身長は変わらんけど、ドラムで鍛えた身体にはひょろいミヤなんて軽いもんだ。
ベッドにぶん投げて伸し掛かり、不思議と甘い唇を貪る。
「信じらんねーなら、信じさせてやるよ。」
にやりと笑ったら、ミヤの頬が引き攣った。
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