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本編
泣くところは 3 〚カナ〛
しおりを挟むすっきりした気持ちで、土曜日を迎えた。
いつものライブハウスに向かうのに、ギターを持っていないなんて変な感じ。
よく晴れた空。カズとの話し合いが終わったら、キサちゃんに連絡をしてみようか。
この前、ぐちゃぐちゃの心が吹き飛ばされて出来た歌を、聞いてほしい。
「……カズ。」
時間の指定はなかったから適当に来たけど、カズはもう待っていた。
ライブハウス横の裏路地の壁に凭れて、観察するように俺を見る。
カズはこんな顔をしていただろうか。それなりの時を共に過ごしたのに、まるきり違う人のように見える。
「覚悟は出来たって顔だな。来いよ。」
「うん、出来たよ。後ろ指さされる覚悟が。」
しっかりと目を見て言い切れば、カズが驚いたように目を見開いた。
初夏の風が一陣吹き抜けて、ピンク色の髪が視界を覆う。
軽く頭を振ってもう一度カズを見つめれば、苦々しげに歪んだ顔がそこにあった。
「―――――」
小さく何かを囁いたカズにぐっと胸倉を掴まれた。
なんでと聞こえたような気がしたけど、聞き返す前に顔が近づいてきて慌てて顔を背ける。
カズの唇が頬を掠めて、それだけで鳥肌が立つ。
いま、キスされそうになった?
なんで、だって、カズはゲイに偏見があって、
今回の脅しも、傷ついたプライドの分、俺を傷つけたいんじゃ……?
チッと舌打ちが響いて、服の裾から手が入ってきた。
黒くどろりと濁った瞳で、腹をまさぐられて、抵抗するけど力が強い。
なんでこんな、
「っやだっ……!」
「おとなしくしてろよ。騒ぐと人が来るぜ?」
「たとえばこんなガイジンとかな?」
ぬっとカズの後ろから太い腕が突き出されて、軽々とカズを引き離す。
でっ、かい。
たぶんキサちゃんよりも大きい。しかも、しなやかな身体のキサちゃんと違って、筋骨隆々といった体つき。
人種の違いはこうも出るのかと思わせるほどに立派だけど、顔が、ものすごく怖い。
「カナリア。これは知り合いか?」
鋭く聞かれた言葉にこくこくと頷いてから、はっと気づく。
この人、いま俺を、カナリアと呼んだ。
思考が完全に止まって呆然としていたら、大きな人が少しため息をついて腕を緩め、カズがげほげほと噎せた。
『ダァグ。そんなコワーイ顔してたらカナリアがショックで泣いちゃうよ?』
『ルディ。怖い顔は元からだ。』
『いいや、俺のダグはいつもはもっとかわいいよ。』
涼やかな声とともに裏路地に入ってきたのはルディさん。
ダグと呼んだ大きな人にするりと近寄って、背伸びして眉間の皺に触れる。
くすりと笑ったルディさんをダグさんが抱きしめて、眉間の皺をほどいて頬に優しくキスをした。
―――うん、なんか、キサちゃんの甘さのルーツがわかった。
「さて。そこのオニーサン。言いたいことは早く伝えないと、もっと怖いのがやってくるよ。」
「そうだ。男なら、好きなら好きだと言え。無理に奪おうとするな。」
は?―――好き?
ぽかーんと口を開けてカズを見たら、カズが舌打ちしてそっぽを向いた。
気のせいか、耳が赤いような……。
「……るせー。うぬぼれんな。ホモはホモどうし勝手にやってろ。…………俺はもう、関係ねー。」
後ろを向いて去っていくその顔は見えない。
けど声が、肩が震えていて。
こんなときの言葉が何も見つからず、ただ小さくなる背中を見つめるしかなかった。
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