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本編
再会 2 〚キサ〛
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足はそのままカナの家に向いた。
こじんまりとしている防音のアパートで、いくつもの曲を作り何度も交わった。
カナと深く繋がって、音楽が脳裏に溢れて、それを翌日そのまま吐き出す。そんなふうにして過ごすここは、憂鬱な世界から隔離されたシェルターのようだ。
一個のケモノになり、一個の楽器になり、煩わしくまとわりつく柵(しがらみ)から解放される場所。
家についてすぐカナを抱き込めば、またカナの耳が赤く染まった。
ふわふわと柔らかい髪を撫でて、やわやわとくちびるを食む。
こぼれ落ちそうな大きな瞳が熱にとろけるのに、ぞくりとした何かが背筋を奔った。
いつだって元気なカナが、スポットライトの下で挑戦的に睨むルナが、頬を染めて瞳をうるませる。
「っふ、キサちゃん……。」
「カナ。俺の名前は?」
何度言っても、カナは俺をキサちゃんと呼ぶ。
伊吹と呼ぶのはベッドの中でだけ。
そして、呼ぶだけで身を震わせ、瞳をうるませ、すきで好きで仕方ないとでも言うように見つめてくる。
まだ出会って半年と少し。俺の何がそんなに良いのか皆目わからないが、好いた相手にこんな瞳を向けられて、理性を保てる男なんていない。
「ぃ、ぶき……。」
今日もまた、欲望のままカナを貪った。
✢
出来上がったCDは、それなりの出来のように思えた。
すでに店とネットでは売り始めていて、それなりに好評を得ていると聞く。
自分の声だから歌については良くわからないが、皆の演奏は素晴らしい。
カナのコーラスも良く、俺の声を抜いたものがほしいくらいだ。カナが曲を作ったときの仮歌のデータは何度も聞いているのだけど、やはりドラムとベースが入ると音の厚みが違う。
二度目のスリーマンライブは、もう一週間後だ。
新曲を歌うのは初めてだし、ライブ自体もまだ数回目だがとくに緊張はない。
ステージの上でルナに会い、声を絡め、音を舐り、魂を混ぜ合う。そんな恍惚をただ楽しみにしている。
煽り、煽られ、昂ぶり、昂ぶらせるあの時を。
始まってみれば、楽しい時間が終わるのもすぐだ。
わずか30分。準備の時間を入れれば、歌えるときはもっと少ない。
一瞬に感じる熱い時間を走り抜け、控室でがばりと服を脱ぐ。
ごくごくと水を一気飲みしてからタオルで汗を拭けば、三人の目線を強く感じた。―――なんだ?
「いっやー、なんてゆーか、色気ましまし?」
「おー、もう、アンコールのカナリアなんてやばかったなー!あんなにあまぁく歌っちゃってさ。」
特に自分では何か変わったとも思わないが、そんなものだろうか。
あの歌だけはカナの歌だから、素っ気なく歌うほうが難しいんだが。
そんなことを返しながらカナを見れば、なぜだかぽーっと俺を見ていた。
顔は赤いし、大きな瞳は潤んで色っぽい。
可愛らしい顔立ちなのに、最近妙に大人びて見える。
キスを誘うような顔に惹かれるまま、ふらりと吸い寄せられていた。
「カナ。」
名前を呼んで頬に触れ、やわらかなくちびるを食む。
汗に湿った髪を掻き分け、赤く染まる耳を撫でる。
ぁ、と声にならない吐息を漏らし誘うように開いたくちびるにそのまま舌を差し入れようとして―――
「はーい、ストップ。キサ、お客さん。」
は?客?俺に?
こんなところに来る知り合いなんて、と振り返って、思いもしない人物に駆け出した。
『ルディ!』
挨拶代わりにボディに一発。軽く止められて、顔面へ裏拳が飛んでくる。それを最小限の動きで躱し、掴まれた右手を捻って掴み返して、襟を掴んで投げに入る、が、重い。
そのまま互いにぎりぎりとせめぎ合って、ほぼ同時にぱっと手を離した。
『久しぶりだな、イブ』
『いつ戻って来たんだよ!なんでここに?』
『でっかくなってもまだガキだな。挨拶くらいさせろ。紹介してくれるんだろ?』
わしわしと髪を乱雑にかき混ぜる手は、記憶よりも小さい。
いや、俺が大きくなったのか。あの頃あんなに大きいと思っていたルディの目線がかなり下にある。
左から順に紹介したら、ルディの目がいたずらっぽく細められた。
『へーぇ、ずいぶんかわいいカナリアだね?』
俺にだけ聞こえるように囁きながら、流暢な日本語で三人に挨拶をしたルディが親指で外を指す。
その背中を追いかけながら、幼い頃を思い出していた。
こじんまりとしている防音のアパートで、いくつもの曲を作り何度も交わった。
カナと深く繋がって、音楽が脳裏に溢れて、それを翌日そのまま吐き出す。そんなふうにして過ごすここは、憂鬱な世界から隔離されたシェルターのようだ。
一個のケモノになり、一個の楽器になり、煩わしくまとわりつく柵(しがらみ)から解放される場所。
家についてすぐカナを抱き込めば、またカナの耳が赤く染まった。
ふわふわと柔らかい髪を撫でて、やわやわとくちびるを食む。
こぼれ落ちそうな大きな瞳が熱にとろけるのに、ぞくりとした何かが背筋を奔った。
いつだって元気なカナが、スポットライトの下で挑戦的に睨むルナが、頬を染めて瞳をうるませる。
「っふ、キサちゃん……。」
「カナ。俺の名前は?」
何度言っても、カナは俺をキサちゃんと呼ぶ。
伊吹と呼ぶのはベッドの中でだけ。
そして、呼ぶだけで身を震わせ、瞳をうるませ、すきで好きで仕方ないとでも言うように見つめてくる。
まだ出会って半年と少し。俺の何がそんなに良いのか皆目わからないが、好いた相手にこんな瞳を向けられて、理性を保てる男なんていない。
「ぃ、ぶき……。」
今日もまた、欲望のままカナを貪った。
✢
出来上がったCDは、それなりの出来のように思えた。
すでに店とネットでは売り始めていて、それなりに好評を得ていると聞く。
自分の声だから歌については良くわからないが、皆の演奏は素晴らしい。
カナのコーラスも良く、俺の声を抜いたものがほしいくらいだ。カナが曲を作ったときの仮歌のデータは何度も聞いているのだけど、やはりドラムとベースが入ると音の厚みが違う。
二度目のスリーマンライブは、もう一週間後だ。
新曲を歌うのは初めてだし、ライブ自体もまだ数回目だがとくに緊張はない。
ステージの上でルナに会い、声を絡め、音を舐り、魂を混ぜ合う。そんな恍惚をただ楽しみにしている。
煽り、煽られ、昂ぶり、昂ぶらせるあの時を。
始まってみれば、楽しい時間が終わるのもすぐだ。
わずか30分。準備の時間を入れれば、歌えるときはもっと少ない。
一瞬に感じる熱い時間を走り抜け、控室でがばりと服を脱ぐ。
ごくごくと水を一気飲みしてからタオルで汗を拭けば、三人の目線を強く感じた。―――なんだ?
「いっやー、なんてゆーか、色気ましまし?」
「おー、もう、アンコールのカナリアなんてやばかったなー!あんなにあまぁく歌っちゃってさ。」
特に自分では何か変わったとも思わないが、そんなものだろうか。
あの歌だけはカナの歌だから、素っ気なく歌うほうが難しいんだが。
そんなことを返しながらカナを見れば、なぜだかぽーっと俺を見ていた。
顔は赤いし、大きな瞳は潤んで色っぽい。
可愛らしい顔立ちなのに、最近妙に大人びて見える。
キスを誘うような顔に惹かれるまま、ふらりと吸い寄せられていた。
「カナ。」
名前を呼んで頬に触れ、やわらかなくちびるを食む。
汗に湿った髪を掻き分け、赤く染まる耳を撫でる。
ぁ、と声にならない吐息を漏らし誘うように開いたくちびるにそのまま舌を差し入れようとして―――
「はーい、ストップ。キサ、お客さん。」
は?客?俺に?
こんなところに来る知り合いなんて、と振り返って、思いもしない人物に駆け出した。
『ルディ!』
挨拶代わりにボディに一発。軽く止められて、顔面へ裏拳が飛んでくる。それを最小限の動きで躱し、掴まれた右手を捻って掴み返して、襟を掴んで投げに入る、が、重い。
そのまま互いにぎりぎりとせめぎ合って、ほぼ同時にぱっと手を離した。
『久しぶりだな、イブ』
『いつ戻って来たんだよ!なんでここに?』
『でっかくなってもまだガキだな。挨拶くらいさせろ。紹介してくれるんだろ?』
わしわしと髪を乱雑にかき混ぜる手は、記憶よりも小さい。
いや、俺が大きくなったのか。あの頃あんなに大きいと思っていたルディの目線がかなり下にある。
左から順に紹介したら、ルディの目がいたずらっぽく細められた。
『へーぇ、ずいぶんかわいいカナリアだね?』
俺にだけ聞こえるように囁きながら、流暢な日本語で三人に挨拶をしたルディが親指で外を指す。
その背中を追いかけながら、幼い頃を思い出していた。
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