リフレイン

桃瀬わさび

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本編

リフレインsideB 1 〚カナ〛

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推薦入試も終えた11月。
衝動に突き動かされるまま屋上に向かった。
―――ああ、いない。
いつも彼が屋上にいるという話は嘘だったのか。あるいはタイミング悪く今日だけいないのか。
来た道を戻る気にもなれずまっすぐ歩いてフェンスを登る。
飛び降りればすぐに教室のベランダ。
本格的な受験シーズンが到来したことと彼が屋上にいるらしいという噂が広まったせいで今ではほとんどやられなくなった危険な遊び。
けれど、晴れた秋の空を飛んだら爽快だろう。

「っおい!!」

まさに飛び降りるところで焦ったような声が掛かった。
あ、彼だ。
そう思ったら飛び降り方を間違えてガチで落ちた。
ベランダに降りるように飛ぶのはコツがいるのに、と焦りながらなんとか体勢を立て直して着地する。
死ぬかと思った、なんて思ったらめちゃくちゃハイになって屋上に駆け戻って彼に絡んだ。
緊張して話せないかもなんて思ってたのに、焦ったような顔をした彼が俺を見て驚いて、ズボンを確認して、もう一度俺のことを見るから思わず笑ってしまった。
性別を間違われるのはしょっちゅうだけど、こんなにしっかり確認したくせに無表情のまんまなのは面白い。
大きな身体に迫力ある顔立ち。一見睨んでいるようにすら見える鋭い瞳。引き結ばれた唇。表情筋は一切動いていないのに、目は雄弁に思いを語る。
一体どんなマジックだ、そう聞こえてきそうな怪訝な顔で眉を顰めて。整った顔でそんな顔をされると迫力もすごい。けど、彼が怖い人じゃないと知っている。
髪が茶色いしピアスも多いから不良に見えるけど、優しい人だって知っている。

「秋坂(あきさか)伊吹(いぶき)」

うん、名前も、知ってる。
ずっとずっと、心の中にあった名前。
宝石みたいにきらきらした、俺の人生を変えた、特別な名前。
秋坂なんて普通に呼びたくないし、伊吹なんて呼んだら声が震えてしまうからキサちゃんと呼んだ。
春名だから、ルナ。そんな自分のバンドネームと同じようにもじって。
呆れた顔をしたキサちゃんに強引に握手して、無理矢理に飴を握らせる。
震える手を誤魔化してぶんぶんと上下させ、ぱっと離して立ち去った。
平静を装って扉を閉めて、そのままずるずるとしゃがみ込む。顔が熱い。きっと耳まで真っ赤だ。
―――でも良かった。話せた。

ぱたぱたと心臓が喜びに飛び跳ねて、弾む足取りで階段をくだった。







入学直後の全校集会でキサちゃんを見つけた衝撃といったらなかった。
まさか年下だったなんて。探しても見つからないはずだ。

出会いは中3のとき。ということは、彼は中2だったのか。てっきり高校生なのだと思いこんでいた。
ちょうど思春期に差し掛かる頃で、自分の性癖に気づいたのもその頃。
どんな女の子にも欲情しないのに、男の汗とか筋肉に目を奪われる自分がいて、受け入れられなくて。
目があったら性癖がバレるのでは。そんなやましさからいつの間にかいつも俯くようになっていた。
声変わりもあまりせず、自分で見ても女顔。
ゲイとしては人気を得やすいのかもしれないけど、それはつまりゲイだと気付かれやすいということで。
塾の帰り道だった。俯いて歩いていたら高校生らしき人達とぶつかって、絡まれて、カツアゲ。

「治療費だして。あ、それかキミが一緒にカラオケ行ってくれてもいいよー貞操は保証しないけど!」
「えーお前ホモかよ!こいつ男だろ!?」
「え、女だろ?ていうかホモなわけねーだろキモチワリー!」

仲間内で始まった言い合いが怖くて、俺がホモだと、気持ち悪いと言われているようで身を縮めるしかなかった。
一言でも発したらゲイだとバレてしまう気がして。

「邪魔なんだけど。」

少し掠れた低い声。―――今思えば、声変わりの途中だったのだろう、今ほどには低くない声。
邪魔なはずない路地裏なのに、彼は堂々と入ってきた。
アッシュブラウンと言うんだろうか。少しスモーキーな茶髪と、迫力のある整った顔立ち。上背も体格も、その場にいた誰よりも良かった。

「聞こえねーの?邪魔なんだけど。」

気圧されてしんとした辺りを睥睨して彼がもう一度呟く。
声が大きいわけではないのによく通る声だ。震えていたのも忘れてぽかんと見上げていたら、高校生たちが彼に標的を変えた。

「あ?なんだおめーやんのか?」
「やめとけよー、こいつのおホモダチなんだろ?ホモがうつるぜ」
「なぁなぁどうなんだよナイトさまぁ!女よりも具合がいいんですってかぁ!?」

げらげらという嗤い声にぎゅっと目をつぶったら、鈍い音とうめき声。ひとつ、ふたつ、みっつ。
あっという間に三人が伸(の)されて、四人目の胸倉を彼が掴んでいる。

「だからどうしたっていうんだ」

そのまま、鳩尾に一発。それで四人目も崩れた。
終始退屈そうな顔のまま、地面に置いた鞄を持って踵を返す。
やはり最初から、邪魔だなんて嘘で。俺を見かねて。

「あのっ、ありがとうっ!」

背中に叫べば、後ろ手にひらりと手が振られた。
はいはい気にすんな、そんな言葉が聞こえてきそうなくらい興味なさそうに、つまらなそうに去っていく。
その大型獣のようなゆったりとした歩みを、遠ざかる広い背中をずっと眺めていた。

―――あ。CD。

伸びている人達が起きないうちに帰ろうと鞄を手に取ったら、CDショップの袋があった。
彼のものだろう。中には聞いたことのないバンドのCD。
小さい頃から音楽が好きな家で、アコギは昔から弾いているしCDだって山ほどあるけど、このバンドは知らない。
値段やパッケージからすると、インディーズだろうか。―――このバンドのところに行けば、また、彼に会える?
『だからどうしたっていうんだ』
俺がずっと悩んでいたことを、そんな一言で軽く吹き飛ばした彼に。
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