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うれしいです2* 【ラビィ】
しおりを挟むいったい何日、発情期は続いたんだろう。今は何日なんだろう。
最初こそ苦しいばかりだった行為に、快楽を見出してしまったのはずいぶん早かったように思う。膝を抱えて仰向けに転がり、ずぷずぷとナカを穿たれて。前っかわにある何かを瘤でずりずりと擦られると、頭が一瞬まっしろになって、ふわりと浮くような心地がして。
それなのにそこを擦られ続けると、全身ががくがくと震えるばかりで。
『孕め、ラビィ』
そう、何度もご主人様は言ってくださった。
僕の心の奥の望みを読み取って、必ず最奥で精を放って。
ご主人様がくださった名前を、優しく耳に吹き込んで。
―――もし、僕にも発情期がきていたら。
僕でも、ちゃんと、孕めたんだろうか。獣人でもなく、ニンゲンでもない、半端者の僕だって。
何かの拍子にお仔さえ授かれていたのなら、ずっと、ご主人様のお傍にいられたのだろうか。
疲れて眠るご主人様の隣を抜け出し、重い体を引きずって歩く。服を着るために自室に戻り、身を屈めたら精が溢れた。
熱いものが内腿を伝い、ぶるりと身体を震わせる。昨夜までの夢のような日々を、全身を舐めたざらりとした舌を思い出し、かくりと膝が抜けそうになる。
それを叱咤しながらなんとか着替えて部屋を出て、振り子時計の前に立った。
ずっとねじを巻かれなかった振り子時計は、針を止めて動かない。
きっとこの振り子時計のように、僕も動かなくなるんだろう。
この家を一歩出たときから、心が止まってしまうんだろう。『半獣半人の、ご主人様の使用人のラビィ』ではなく、『耳なしのラビィ』になったその時に、僕の時も止まるんだろう。
それくらいに、ご主人様は僕のすべてで。
ご主人様を失った僕が、生きていかれるとも思えない。
ことりと鍵を置いて振り返ると、厳しい顔のご主人様がいた。
もう狼の顔立ちではない、いつも通りのお姿だ。少し気だるそうにされているけれど、顔色はいつもよりも良いほどだ。
ただ、その眉根はぎゅっと寄せられて、唇も厳しく引き結ばれている。
射抜くような金色の瞳が、まっすぐに僕に向けられている。
「行くのか」
「はい。……お世話に、なりました」
「…………やはり、嫌だったのか。精を受けて匂い立つような喜びを身に纏わせていたのは、俺の勘違いだったのか」
「え、、っと」
まったく思いも寄らない言葉に、かあっと頬が熱くなる。
獣人であるご主人様は、僕よりずっと鼻がいい。些細な気持ちの変化や体調の良し悪しまで、香りで読み取ってしまうほどだ。
……けれど、まさか、あんなに理性を飛ばしていても、気づいているとは思わなかった。
あんなに夢中でナカを貪っていたのに、ちゃんとそれを覚えているなんて。
「―――俺が、嫌いか」
「まさか! そんなことは、一生!絶対!ありえません!」
「なら、どうして行く」
どうしてって、それは。……僕が、浅ましいからです。
ご主人様の望むことより、僕の想いを優先させてしまったから。
ご主人様がどれほどお嫌でも、一度でもいいから繋がりたいと思ってしまったから。一番奥に精が欲しくて腰を揺らし、前っかわを擦りあげられて泣きじゃくり、もっとと強請ってしまったから。
そして、ご主人様と身を重ねるあの幸せを、一度味わってしまった今の僕は、……今までよりももっとずっと、欲深になってしまいそうだから。
「生涯、お慕い、しております。……だから、ごめんなさい」
「なぜ謝る」
「……ご主人様は、あれほどきつく言い含めるほど、僕との交尾がお嫌でしたのに、僕は、」
「お前は?」
「うれし、くて。しあわせで。…………っ、ごめんなさい」
ぼろりと涙があふれ出し、頬に幾筋も線を描いた。
俯くと強く肩が掴まれ、すっぽりと胸に抱き込まれる。発情期の間、何度も何度も触れた肌。逞しい身体。
けれど、もう発情期は終わったはずで。ご主人様の姿も元の美丈夫に戻っていて、それなのに、どうしてこうしてくださるんだろう。
優しくも強く抱きしめて、逞しい腕で僕を囲ってくださるんだろう。
「嫌ではないと、言ったな? 嬉しくて、幸せだったと、そう言ったな?」
「は、い」
「わかった。それなら、わからせてやる」
わからせるとは、いったい何を―――?
そう聞き返す暇もなく、ひょいと肩に担ぎ上げられて、驚きに目を白黒させる。
さっきあれほど苦労して歩いてきた廊下を、あっさりと担がれ運ばれて、降ろされたのは客室にあるベッドの上だった。
高価な調度で整ったこの部屋は、屋敷で二番目に良い部屋だ。
一番目はもちろんご主人様の部屋だけれど、今は悲惨な有り様だから、現状では一番いい部屋と言ってもいいかもしれない。
けれど、ここに連れてこられた理由はわからない。
「いいか。ここには、発情期の名残りは何もない。俺自身の獣化も解けて、判断力も正常に戻っている」
「はい」
「だから、今からここでお前を抱く。獣ではなく、人として」
「え…………?」
耳にしたことが信じられずにご主人様を見上げると、唇にそっと唇が触れた。
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