揺り籠の計略

桃瀬わさび

文字の大きさ
上 下
35 / 40

夢みたいな幸せ 前 〚葵〛

しおりを挟む

まだこんなに明るいのにお風呂なんて、変なかんじ。
ふたりの家にようやく帰りつけば、時刻は昼を回っていて。
ご飯作るからお風呂入ってきなよ、と勧めてくれた侑生の言葉に甘えてお風呂にきて。
シャワーを浴びながら、今日のことを反芻する。


茜。
ずっと、嫌われていると思っていた。
でも、それも少し違ったみたい。
初めて見る、泣き崩れる姿。
“なんで俺じゃないんだ”と叫ぶ悲痛な声。
茜にも人を羨む気持ちがあったことに驚いて、初めて茜が弟に見えた。
いつから俺に執着していたのかわからないけど、今日みたいなことになったのはきっと家を出たことがきっかけで。
もし家を出なかったら、茜の気持ちに気づくことはなかった。
それでももし気づいていたら、―――もしかしたら、ただひとり俺を見てくれることを嬉しく思ったかもしれない。

なんのことはない。
俺も、茜も、同じだけ歪んでいる。
歪んだ家で産まれ育って、歪んだ兄弟にしか、なれなかった。


―――侑生がいてくれて良かった。

あんなことがあっても冷静でいれたのも、離れる道を迷いなく選べたのも、侑生のおかげだ。
侑生はいつも俺に、色々なものをくれる。





『好きだよ』

突然耳に蘇ったその声にかぁっと顔が熱くなった。

普通に話してたら突然キスされて。
想いを自覚したばかりだからすごく狼狽えてたら、次から次へと質問されて。
『芹沢葵。君をもらうことにしたから。……覚悟してね?』
改めて思い出した最初のキスのときの言葉に、ありえない期待が膨れ上がってじっと見つめていたら、侑生がとろけそうに笑って。

『あおい。………俺のこと、そんなに好き?』

ちょっとからかうような口調に、見惚れるほどの笑顔に混乱のまま涙がこぼれた。
まさかこんなことで、と思いながら顔を隠せば自然と気持ちがこぼれてしまって。
ぎゅうっと抱き締めてくれた侑生が、耳元で信じられないことを囁いて。
驚いて顔を上げれば、また、とろけそうな笑顔がそこにあって。

―――夢だったのかな。

さっきまではふわふわしてたけど、冷静になってみるとありえなさすぎて夢としか思えない。
だって、あの、侑生だ。
頭が良くて格好良くて、運動もできる。
性格も良くて、人気者。
そんな会計サマと、地味な俺。
釣り合わないどころか並べるのも申し訳ない。


「―――葵?大丈夫?」
「だっ、大丈夫っ!すぐ出る!」


タイミングよく侑生が来て声がひっくり返った。
よくわかんないけど、まずはお風呂出なきゃ。
侑生が待ってる。







お風呂から出たら、美味しいごはんと救急箱が待っていた。
なんとなく気恥ずかしくて目を合わせなれないままごはんを食べて、前みたいに手当をしてもらう。

「忌々しいね。………せっかく、綺麗に治ったのに。」

するりと熱い指先が首筋を撫でて、体が震える。
患部を確かめるみたいに、首筋、鎖骨、とたどる指先に、ぞくぞくとした何かがはしる。
―――茜のときは、あんなに不快だったのに。
そっと首元に頭が寄せられて、ちくりと痛みが走った。
前はわからなかったけど、たぶん、これ、キスマークだ。
茜にこうされたところが、鬱血になってたから。

「うん。キレイ。―――あいつのつけた傷が消えたら、もっとたくさんつけるから。これは予約ね。」


たくさん、つけるって………それって、つまり…………
恥ずかしい想像にかぁぁああっと顔が赤くなった。

それを見た侑生が、弾けるように笑って。
細めた瞳のまま、また、キスをひとつ。
ぺろりとくちびるを舐めて、妖艶に微笑む。


「―――あの号外、事実にしちゃおうか?」


『会計サマのふしだらな生活』
号外のでっかい見出しが頭をよぎり、ぼんっと顔が熱くなる。
色気たっぷりに笑う侑生を見ていられず、慌てて自室に逃げ込んだ。







それからは、意識しすぎてぎくしゃくしてしまった。
夜はいつもの習慣で『抱き枕』になったけど、どきどきしすぎて心臓が破れるかと思った。
なのに、侑生はいつもみたいにすうっと寝ちゃって。
綺麗な寝顔を見ながら、むうっとくちびるを尖らせる。
―――侑生ばっかり余裕で、ちょっと悔しい。


なんでもないふうにまた朝が来て、いつもどおりふたりで支度して家を出て。
昨日の今日で、ちょっとびくびくしながら登校してみたらいつもどおりの学校が待っていた。
あの号外のことなんて、何事もなかったみたいな………なんでだろ?

「生徒会が介入してね。昨日のうちに訂正とお詫びの記事が出てるはずだよ。新聞部の活動もしばらくは休止。」

なんでも、昨日の朝の呼び出しは担任の事実確認だけで、さらっと無実が認められたんだとか。
そのうえで生徒会の事情聴取で記者の私怨の記事だってわかって、そのまま活動停止命令。
―――うーん、すごい。
侑生は、ぜったい、敵に回しちゃいけない。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

恋愛対象

すずかけあおい
BL
俺は周助が好き。でも周助が好きなのは俺じゃない。 攻めに片想いする受けの話です。ハッピーエンドです。 〔攻め〕周助(しゅうすけ) 〔受け〕理津(りつ)

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

処理中です...