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もう、はなさない 前 〚早苗〛
しおりを挟むニセモノがあれで諦めないだろうことはわかっていた。
今までの手口からして、俺を落とそうとするか、葵を無理矢理手籠めにするか。
どちらにしても、とにかく隙を見せないことだ。
そう思って、葵をひとりにせず、俺も付け込む隙を与えなければ、ニセモノが何度も歯噛みしていた。
その度に敢えて目を合わせて嘲笑う。
お前の考えることなどお見通しだと。
見せつけるように葵を抱き締めて。
これは俺のもので、指を咥えて見ていろと。
―――今度は搦手できたか。
だから、登校してすぐその“号外”を見ても、驚きはしなかった。
わざと俺の机の上に置かれたそれに、誰の仕業かすぐに悟る。
おそらく葵の机もこうなっているだろう。早く行ってやりたいが担任に呼ばれてそうもいかない。
ちょうど来た志摩に目線で葵を頼んで、生徒指導室へと足を運んだ。
こういうときに日頃の行いが出る。
事実無根であることを堂々と伝えれば、担任も「そうだと思っていた」という反応。
相手の生徒と噂されているのが葵であることも救いとなった。
会計補佐で品行方正。成績優秀だけど地味。およそ“ふしだら”とはかけ離れた存在だ。
仕事だからしょうがない、と言いたげな顔で事実確認をする担任に、ひとつひとつ答えていく。
残念なことに葵とはやましいところがひとつもない清い関係だから、嘘をつく必要もない。
「彼とは切磋琢磨し合えるいい関係です。確かに一緒に暮らしていますが、双方の両親の許可は得ています。」
そう締めれば解放はすぐだった。
今回の経緯を聞くために、そのまま新聞部に向かう。
ほぼ確実にニセモノの仕業だと思ってはいるが、裏付けが欲しい。
ノックもせずに扉を開ければ、驚くことに生徒会のメンツが勢揃いしていた。
すでにすべての経緯を吐き出させており、俺に説明する傍らで新聞部に対して活動停止命令を出している。
今回の実行犯は言論の自由とかなんとか喚いていたが、会長が誹謗中傷的な内容の新聞は学内活動にふさわしくないと言えば二の句を継げないようだった。
―――経緯を聞けばやはり、ニセモノはクロ。
実行犯はヤツの取り巻きのひとりで、涙ながらに兄を返してほしいと訴えるヤツに、ころりと堕ちたらしい。
葵は本当につらいときさえ涙をこらえ、泣くときも声を殺すというのに本当に似てない兄弟だ。
けれど葵に似ていたら攻撃を躊躇ってしまいそうだから、ちょうどいいかもしれない。
生徒会の面々に目線でお礼を伝え、急ぎ足で葵の教室へ向かった。
「おせーよ早苗!」
待ち構えていた志摩にいやな予感がする。
その横に、葵の姿はない。
志摩がいれば大丈夫だと思っていたが……まさか。
話を聞けば、やはり葵は飛び出していったという。
向かった先はわからないというが、おそらく家だろう。
直前にニセモノの休みを確認していたというからまず間違いない。
C組の連中に捉まって追いかけられなかったと謝る志摩にお礼をいい、バス停へと走り出した。
おそらく志摩の妨害もニセモノの指示だろう。
これらはすべて、葵を家におびき寄せるため。―――くそ。
今回ばかりは出し抜かれた。
―――葵。どうか無事で。
✢
葵が乗っただろうバスの次のバスに飛び乗り、いらいらしながら揺られる。
ニセモノは、何をするだろうか。
襲うだけなら学校でも出来る。わざわざ家におびき寄せたのは―――監禁か。
しかしなぜ、葵はニセモノの元に行こうとした?
ふと引っかかるものがあって、読み飛ばした号外を取り出す。
『これを読んだらすぐにでも戻ってきてほしいですね。これ以上、ひどいことになる前に。』
そんなにも戻ってきてほしいか、と嗤っていたが、………これは葵への脅しか。
ひどいこと=葵の現状のことだと誤認していたが、今日のこの号外のことだとしたら?
これ以上俺を貶めたくなければ戻ってこい、そういうことではないか?
―――どこまでも見下げ果てたヤツ。
葵の優しい心を利用して、がんじがらめにして、服従させたいのだろう。
大事にするのではなく、傷つけたいのだろう。
―――葵は練習のことを覚えているだろうか?
どうか、俺が着くまで持ちこたえてほしい。
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