32 / 40
だいじな人 後 〚葵〛
しおりを挟む久しぶりの家は、もう俺の家ではなくなっていた。
いつの間にか、俺の家は侑生の家になっていたから。
「ただいま」も「おかえり」も、侑生が与えてくれた。
この家では、じいちゃんが旅立ってからはそんなのはなかったから。
そして、今もよそよそしく、俺を迎える。
鍵なんて持っていないから仕方なくチャイムを鳴らす。
焦らすようにゆっくりと扉が開いて、茜がそっと手招きをした。
よく晴れた明るい外と対象的な昏い玄関。
緊張にごくりと喉を鳴らして、そこに一歩を踏み出した。
「―――おかえり、葵。」
入ると同時に抱きしめられて、全身に鳥肌が立つ。
なんだろう、この、―――不快感。
さわりと腰や背中を撫でられて、吐き気がする。
―――侑生の腕は安心するのに。
「ああ。知らないにおいだ。服も、髪も。………あの陰険なヤツに汚されちゃって。かわいそうな葵。」
俺が、消毒してあげるから。
その言葉とともにがりっと首筋に噛みつかれた。
あの時と同じ痛みに、顔を顰めながら―――考えるのは、侑生のこと。
侑生。俺のせいで、傷つけた。
あんなに良くしてくれたのに、その恩を仇で返して。
陰険なヤツ?―――記事の内容からして、侑生のことだろうか。
汚された?かわいそう?
むしろ、俺が侑生を汚した。かわいそうなのも、侑生だ。
俺なんかに関わらなければ、評判を落とすこともなかった。
連れ込まれたのは、玄関脇の元俺の部屋。
物置に戻っているかと思ったら、意外にもそのままで―――それが却って不気味だ。
このベッドしかない部屋に連れ込んで、何になるんだろうか。
ベッドに突き飛ばされて、今度は両手に手錠が掛けられて。
あの時と同じような展開だけど、妙に頭は冷静で。
ただじっと、のしかかる茜を見つめる。
瞳孔が開いた昏い瞳。残忍な微笑み。
茜は、どうしたいんだろう。
ずっと俺が目障りなのだと思っていたのに、視界から消えればこの仕打ち。
―――ずっと、茜の支配下にいろと?
「どう、して………?」
掠れた声を絞り出せば、茜が軽やかに笑った。
俺の上でひとしきり笑って、残酷な笑顔のまま制服のボタンを外していく。
「あはは。面白い質問。葵は、産まれたときから、俺のものでしょ?………なのにあんな下衆に汚されるなんて、赦せないよねぇ?」
全く似ていない端正な顔立ちが醜く歪んで、鎖骨に噛みつかれた。
軽い口調だけれど、どこか狂気を感じさせる。
のしかかられた身体の重み。
太腿にあたる熱は、まさか。
けれどそのまさかを肯定するように、みるみるうちに服が脱がされていく。
大丈夫。
俺が消毒してあげるから。
後で首輪もしようね。俺のものっていう証に。
二度と逃げ出せないように、ちゃあんとリードで繋いであげる。
―――邪魔なあいつも、潰してあげる。
狂気に満ちた譫言を呆然と聞いていたけれど、最後の言葉で我に返った。
邪魔なあいつとは、侑生のことか。
それを、潰すと、言ったか。
かぁっと頭に血が上って、目の前が真っ赤に染まった。
侑生。
俺なんかに、優しくしてくれて。
つらいときにそばにいてくれて。
“大丈夫”
“怖いものはない”
そうやって俺を抱き締めて。
すこし照れたような笑顔。
空に焦がれる綺麗な横顔。
そんなものを、ずっとずっと見ていたいと………
そんな、俺の、だいじな人を。
潰すと、言ったか。
あまりの怒りに理性なんて欠片も残らず、茜に思いっきり噛み付いた。
そのまま脚をばたつかせて急所を狙う。
反撃に怯んだ茜の下からなんとか這い出ようと身を捩ったら、茜の顔が怒りに染まった。
「っ、このっ………!」
舌打ちをした茜が右手を高く振り上げて―――殴られる。
ぐっと奥歯を噛み締めて目を瞑ったら、ぱしっという音。
恐る恐る目を開けたら、見慣れた背中。
おおきくて、あたたかくて、―――見惚れる背中。
「………ずいぶんと穏やかじゃないね?」
いつもの優しい声とは違う、低く威圧する声。
俺を背に庇ったその人に、安心して涙があふれだす。
―――ああ、俺、いつから、
こんなに、好きになっていたんだろう。
2
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる