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空と横顔 前 〚葵〛
しおりを挟む志摩は、友達になろうって、言ってくれた。
俺なんかのことを好きだと言ってくれて。
俺を探していたんだと、教えてくれて。
その言葉に胸がぎゅうっと締め付けられたけど、やっと気がついた。
―――俺、いつの間にか心の整理ができてたんだ。
『好きだった』
自然とこぼれ出たそれは、過去形で。
砕けた恋を握りしめていたはずなのに、手の中にはもう何もなくて。
ただきらきらと、想い出ばかりが眩しい。
テスト明けの金曜日は、確かに深く傷ついた。
けれどそれは、もしかしたら―――もう恋の痛みとは違ったかもしれない。
俺の心のどこかに、茜を妬み嫉む気持ちがあって。
自分の持っていないものをすべて持っている茜が羨ましくて。
それを見せつけられるたびに、心がぎしぎしと軋んだ。
………あの痛みは、この羨む気持ちからきたのかも。
―――なぁんだ。
散々な初恋の散り方だと思っていたけど、違った。
俺が、「青井」じゃなくて「葵」なんだと訂正しなかったことが、こんな結果に繋がっただけ。
ほんの少しのボタンの掛け違い。
ちょっとした誤解と、勘違い。
そんなもので、俺と茜の取り違いが起きただけ。
俺は茜の影じゃなくて、俺は俺で茜は茜だった。
……そんな当たり前のことにさえ、気づいてなかった。
俺自身を好きだと言ってくれた志摩のおかげで、目が覚めた気がする。
………でも、そのきっかけを作ってくれたのは、侑生だ。
侑生が、堪えていたつらさを、悲しみを、吐き出させてくれて。
家族への思いにがんじがらめになっていた俺を、半ば強引に奪い去ってくれて。
あの、窓のない狭い部屋から、連れ出してくれて。
一緒にごはんを食べて、居間でくつろいで、協力して家事をする、そんな当たり前を与えてくれて。
息を潜めなくてもいい生活に、肩の力がぜんぶ抜けた。
だから今日、志摩から逃げなくて済んだ。
怖くても、まずは向き合おうと思えた。
思い返せば、つらいときにはいつも侑生がいた。
茜のことをたちが悪いと評して、俺自身を見てくれて。
どうしてもつらくて苦しいとき、それを忘れさせてくれた。
―――その方法は、ちょっとよくわからないものだったけど。
そう思ったら、くすりと笑いがこぼれて。
どうしても、侑生に会いたくなった。
会って。話して。
心配してくれてた侑生に、もう大丈夫って伝えたい。
ありがとうって。
それから、これからもよろしくって。
✢
じりじりと放課後を待って、いつものようにグラウンドに行った。
侑生と志摩は仲がいい。
けど、今日はなんかいつもよりも仲良しに見える。
ふたりが俺を見て手を振ってくれて、顔を見合わせて何かを話したあと、志摩が侑生を軽く小突いて。
志摩がいたずらっぽく笑って、侑生が少しふてくされて。
―――そんな顔してると普通の高校生みたい。
パシャリとそれを切り取ったら、ふたりが俺を見て、楽しそうに笑った。
秋から冬に移りかわりつつある11月。
今日は空がすごく綺麗で、それを切り取りたくてハイジャンプの撮影にした。
グラウンドの外に群がるギャラリーを背後にして、バーの斜め後ろ、マット側の邪魔にならないところにしゃがみこむ。
ハイジャンプを自種目に選んでいる人は、それほど多くない。
もちろん筆頭は、侑生。
まだ1年生なのに、誰よりも高く綺麗に跳ぶ。
他の人たちが跳んでいるときは入念に柔軟。
それが終わった頃、バーをかなり高くあげて侑生が跳ぶ。
その間、他の部員の人たちは侑生のフォームを参考に見学。それがいつもの流れ。
そして俺はいつも、他の部員を撮って最終調整をしてから侑生の撮影に挑む。
ギャラリーの声援でわっと湧く中、ファインダー越しの世界に集中して。
じいちゃんが遺したカメラは、アナログのフィルムカメラ。
連写なんて出来ないから、写真は本当に一発勝負だ。
―――だからこそ、かけがえのない一瞬を切り取れる。
じいちゃんはそう教えてくれたけど、本当にその通りだ。
じりじりとその一瞬を待って、それが切り取れたときの、嬉しさ。
実際に灼きつけるまで出来はわからないんだけど、いいものが撮れたときは感覚でわかる。
―――侑生の跳ぶ姿は、すごく綺麗だ。
周りから音が消えて、スローモーションで景色が流れる。
空の中。
風を受けて髪や服が揺れて。
金色に染まる雲を背景に、しなやかな身体がバーを越える。
―――跳んでいる侑生には、どんな景色が見えているんだろう。
ゆっくりゆっくり、空が流れて。
あの琥珀色は、きっと金色に染まっていて。
―――きっと、きれいなんだろう。
どうしてだか、胸がひとつ、高鳴った。
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