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二冊のノート 後 〚葵〛
しおりを挟む『写真部の、あおいへ。ふたりきりで、話したいことがある。昼休み、図書室で待ってる。』
翌朝、図書室に赴けば少し出っ張っている本があった。
以前志摩に薦められた本だ。
切ない幸せを見事に切り取った話で、少し改稿されていると聞いた文庫まで買ってしまった。
―――なんで、これが?
どきどきしながらそれを取り出せば、そこにはそんな付箋があって。
なんで“写真部の青井”が、これを見ると思ったんだろう。
そして、これが貼られていたのは、いつから?
午前中の授業はまったく集中できなかった。
―――ふたりきりで話したいこと。
なんだろう、まったく思いつかない。
テスト最終日のことだろうか。ふたりの関係を黙っていてほしいとか?
それとも、写真部についての話?
考えても考えても答えは見つからず、じりじりと昼休みを待った。
昼休みになったら、今度は怖くて足が竦んだ。
志摩の顔を見る勇気は正直まだない。…でも、もしかしたらいないかもしれない。
あの昼休みがいつを指しているのか、わからないんだから。
のろのろと歩みを進めて、ようやく図書室にたどり着いて。
緊張しながら一歩入れば、薄暗いそこに、志摩が、いた。
「―――あおい。」
こっちを見て小さく微笑んだ志摩の、発音が、違う。
「青井」じゃなくて、「葵」って、呼んだ。
あの付箋を見たときからちらりと頭をよぎったけど、そんなはずないって思いたかった。
でも、やっぱり、志摩は気づいたんだ。
付箋の相手が、美人な茜じゃなくて、冴えない俺だったってことに。
がっかり、しただろうか?
―――そりゃあ、しただろう。美人とやり取りしてると思ってたのに、それがニセモノだったんだから。
入口から動けず俯いた俺に、志摩が一歩ずつ近づいてくる。
もう一度名前を呼ばれて、こわごわと顔をあげて。
……はじめて正面から見る、真剣な表情。
ハードルを前にしたときの、ひたむきな顔。
なんで、そんな、かお………。
「あおい。これを、返したくて。」
そう言って渡されたのは、あのノート。
―――なんで、これを、志摩が、
捨てられたんじゃなかったのか…?
もしかして、茜から渡すように頼まれた?
何かはわからないけど、俺を傷つける手段のひとつとして?
どうして、どうやって、志摩の手にこれが渡ったんだろう?
呆然と見上げたら、傷ついたような顔がそこにあった。
「それから、謝りたくて。………ごめん。」
くしゃりと顔を歪めて頭を下げた志摩にただただ焦る。
なんで志摩が俺なんかに頭を下げている?
どうしよう、どうしたらいい?
舌が喉に張り付いたみたいに動かない。
おろおろするけど、深々と頭を下げた志摩は気づかない。
―――どうしよう、こんなとき、侑生ならどうする?
その答えも、わからない。
そもそもなんで謝られているのかすら、全くわからない。
困りきって少し俯いたら、志摩が顔を上げる気配がした。
「話を、聞いてほしい。」
ごめん、俺、酷い間違いをして。
部長さんが「あお」とか「あおい」とか呼んでるから、てっきり「青井」だと思ってたんだ。
だから、付箋の芹沢と、あおいが、結びついてなかった。
「これ。………わかる?」
差し出されたのは、もう一冊のノート。
開くと、見覚えのある付箋。………俺の書いたもの。
ひとつひとつに本のタイトルが添えられて、時々何かの印がついていて。
まさか、これは、と顔を上げれば、志摩が切なげに俺を見ていた。
―――俺ね、“芹沢葵”を探してたんだ。
この本の感想を読んで、話してみたい気持ちが強くなって。
それで、友人に聞いてみたらC組の芹沢………茜、だっけ。
そいつじゃないかって聞いて、教えてもらって、勘違いして。
「好きなひとを間違えるなんて、最低だよな。」
そう自嘲した志摩の言葉に、完全に思考が停止する。
この、言い方…………まるで、“芹沢葵”が本物で、茜が間違いだったっていうみたいな―――ー、
―――好きな、ひと?
意味がわからずに固まった俺を、志摩が見てる。
切なげに細められた瞳で。
ほんのすこし、眉を下げて。
いつもは、太陽みたいに、笑ってるのに………。
―――馬鹿すぎて、言う資格もないってわかってるけど、言わせてほしい。
そんな前置きとともに、一瞬だけ伏せられた目が、今度は強く俺を射抜いて。
何故かその瞳に、琥珀色の瞳が重なる。
間近で見た、黒く長い睫毛。朝日に金色に煌めく琥珀色。
「芹沢葵さん。些細なやり取りが嬉しくて、ずっと君に会いたかった。………ずっとずっと、好きでした。」
―――俺も、
俺だって、ずっと好きだった。
裏表のないところも。
屈託ない笑顔も。
それでいて、繊細な一面も。
ハードルを超えていく、真剣な横顔も。
―――好き、だった。すごく。
ふ、と志摩がちいさく笑った。
悲しげで、切なげで、―――けれど少し安心したように。
「返事はいいよ、わかってるから。…………あーあ、でも、くやしーな。俺が馬鹿だったんだけどさ。」
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられて、侑生の顔がまたよぎる。
同じように大きな手。
けれど、やさしく、優しく、頭を撫でる、熱いてのひら。
―――ほんっと、くやしーな、くっそ、早苗のやつ、
そんなふうに悪態をついた志摩が、ぼさぼさになった頭を優しく整えてくれる。
なんでここで侑生の名前が出るんだろう。
もしかして、考えていたことが顔に出てたんだろうか?
わからなくてこてんと首を傾げたら、志摩の目が少し泳いだ。
少し躊躇うかのようにうろうろと視線を彷徨わせて、やがて決意したみたいに視線を戻して。
「ひとつだけ。………もし、あの追伸の頃に告白してたら、結果は違ってた?」
あの、追伸。
『追伸:芹沢は、好きな人いる?』
もしあの頃―――恋が砕け散る前。
茜といる志摩を見る前。
グラウンドのキスや、仲睦まじい様子を見る前。
………家で、ふたりと鉢合う、前。
あの頃にこれを言われていたら、きっと。
―――でも、今は。
嬉しさは確かにある。
俺を茜と間違えてたんじゃなくて、他でもない俺自身を探していてくれたと知って。
赦されたような気持ちにも、なった。
けれど、もう、この恋は砕けていて。
少しの釦の掛け違い。
ちょっとした、勘違い。
それだけで、―――結果はこんなにも変わってしまう。
目の裏が熱くなってきて、何度も目を瞬く。
胸のうちも、熱い。
凍りついて荒れて、少しずつ落ち着いてきていた心が、激しく動き出して苦しい。
嬉しい。悲しい。けど、うれしい。
ぐっと歯を食いしばって、潤んだ目のまま志摩を見つめる。
誠実には、誠実を、返さなければ。
俺なんか放っておくことも出来たのに、真摯に気持ちを伝えてくれた志摩に、せめてこの言葉だけは、伝えたい。
「―――俺も、ずっと、好きでした。」
なんとか笑おうとしたけど、涙がこぼれた。
志摩が、掻き抱くように俺を抱きしめて。
一度決壊したらもう止まらなくて、そのままずっと、そうしていた。
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