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バス停と琥珀色 後 〚葵〛
しおりを挟む侑生の優しさに甘えているのがわかっても、それを手放すのは難しかった。
それくらいに、侑生との登下校は楽しくて。
―――このまま、普通の友達になれたらいい。
その思いが生まれたのは、ある日の帰り道。
何気なく茜のことを話したら、侑生が珍しく険しい顔をした。
“昔からそれほど仲は良くなかったけど、中学に上がる前くらいからさらに冷たくなった。”
そんな他愛もない話への反応としては厳しい顔つきで、いつ頃からか、きっかけはあったのか、そんなことを根掘り葉掘り聞かれた。
思いつく限りを聞かれるまま答えて、だんだんもやもやが強くなる。
もしかして、茜のことを知りたくて俺に近寄った?
侑生はそんなことしないだろうと思うのに、過去の経験から否定しきれないのが辛いところだ。
「茜と、知り合い?」
勇気をだして聞いたけど、返事は否定だった。
そっけない否定に、食い下がることも出来ずに半ば呆然とする。
はっきりとした物言いの多い侑生だけど、今までこんなふうに否定することはなかったのに。
そう思って俯いたら、頭上で小さなため息が聞こえた。
嫌われたかと身を固くしたら、渋い声がため息に続く。
「直接話したことはないが、……性質(たち)が悪いことは知っている。葵の弟なのに悪いが、あまり近づきたくはない。」
その言葉が信じられなくて瞠目した。
―――すごい、頭が良いとそんなことまでわかるのか。
天真爛漫で無邪気な美人。そんな完璧な外面に隠された茜の内面は、確かに“性質(たち)が悪い”としか言いようがない。
明るい笑顔に隠した意地の悪い本性。
新しい玩具を、あるいは父や母に可愛がられる自分を見せつけては、にやっと笑う。
その度に俺が傷ついて顔を歪めると、本当に楽しそうに笑って。
でもそれをわかってくれたのは、じいちゃんだけだった。
「ううん、悪くないよ。ありがとう。」
一時の冗談やからかいかもしれないけど、少なくとも侑生はちゃんと俺のことを見てくれている。
口元を緩めたまま見上げたら、優しい琥珀色がこちらを見ていた。
✢
秋の中間テストが終わった。
ぶっちぎりの1位の侑生を抜くことは絶対に無理だろうけど、その侑生から引っ掛かっていた難問のヒントをもらったりしたから、いつもよりも手応えがあった。
侑生が得意だと豪語する数学なんかは、確かに先生の答より美しい解答だったりして、良い刺激になることも多い。
一時の戯れだと思っていた侑生との関係も、もう1ヶ月以上。
それだけ続けば最初のキスなんか遠い彼方。
いまや普通の友達同士のような付き合いだ。
携帯の連絡先も交換し、ずっと飾りと同じだった俺の携帯も時々震えるようになった。
テストの最終日には、少し寄り道をして帰ったりもする。
入学したときとあまりに違う充実した日々に、少し浮かれながら家に帰った。
―――浮かれていたのが、良くなかったのか。
“葵の分際で”
そんな言葉が聞こえた気がした。
玄関扉を開けたら、階段から茜と志摩が降りてくるところだった。
志摩は、いつもの制服姿。
茜は、どこか婀娜っぽい部屋着姿。
―――そういうことを、した、あとのような。
「あ、かね……」
漏れ出た声に、茜がにやっと笑った。
呆然と見上げて動けない俺に見せつけるように、服の襟に手をかけて―――鎖骨に残る、紅いしるし。情事の痕跡。
ずきん、と激しく胸が痛んで、逃げ出した。
駆けて駆けて、ちょうど来たバスに飛び乗ったら通学に使うバスだった。
慣れた揺れに身を任せつつ、手すりを掴んでずるずるとしゃがみ込む。
心の整理はついたと、思っていた。
二人を見ても、胸の痛みはだんだん少なくなってきていたから。
けれどあんなにもあからさまな瞬間を見れば、塞いだ傷口が破れて激しく出血する。
―――馬鹿だな、付き合っていれば、自然なことなのに。
自嘲しても痛みは楽にならなくて、ただただ耐えるしか、なかった。
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