揺り籠の計略

桃瀬わさび

文字の大きさ
上 下
10 / 40

バス停と琥珀色 後 〚葵〛

しおりを挟む


侑生の優しさに甘えているのがわかっても、それを手放すのは難しかった。
それくらいに、侑生との登下校は楽しくて。

―――このまま、普通の友達になれたらいい。



その思いが生まれたのは、ある日の帰り道。
何気なく茜のことを話したら、侑生が珍しく険しい顔をした。
“昔からそれほど仲は良くなかったけど、中学に上がる前くらいからさらに冷たくなった。”
そんな他愛もない話への反応としては厳しい顔つきで、いつ頃からか、きっかけはあったのか、そんなことを根掘り葉掘り聞かれた。
思いつく限りを聞かれるまま答えて、だんだんもやもやが強くなる。
もしかして、茜のことを知りたくて俺に近寄った?
侑生はそんなことしないだろうと思うのに、過去の経験から否定しきれないのが辛いところだ。

「茜と、知り合い?」

勇気をだして聞いたけど、返事は否定だった。
そっけない否定に、食い下がることも出来ずに半ば呆然とする。
はっきりとした物言いの多い侑生だけど、今までこんなふうに否定することはなかったのに。
そう思って俯いたら、頭上で小さなため息が聞こえた。
嫌われたかと身を固くしたら、渋い声がため息に続く。

「直接話したことはないが、……性質(たち)が悪いことは知っている。葵の弟なのに悪いが、あまり近づきたくはない。」

その言葉が信じられなくて瞠目した。
―――すごい、頭が良いとそんなことまでわかるのか。
天真爛漫で無邪気な美人。そんな完璧な外面に隠された茜の内面は、確かに“性質(たち)が悪い”としか言いようがない。
明るい笑顔に隠した意地の悪い本性。
新しい玩具を、あるいは父や母に可愛がられる自分を見せつけては、にやっと笑う。
その度に俺が傷ついて顔を歪めると、本当に楽しそうに笑って。
でもそれをわかってくれたのは、じいちゃんだけだった。

「ううん、悪くないよ。ありがとう。」

一時の冗談やからかいかもしれないけど、少なくとも侑生はちゃんと俺のことを見てくれている。
口元を緩めたまま見上げたら、優しい琥珀色がこちらを見ていた。





秋の中間テストが終わった。
ぶっちぎりの1位の侑生を抜くことは絶対に無理だろうけど、その侑生から引っ掛かっていた難問のヒントをもらったりしたから、いつもよりも手応えがあった。
侑生が得意だと豪語する数学なんかは、確かに先生の答より美しい解答だったりして、良い刺激になることも多い。
一時の戯れだと思っていた侑生との関係も、もう1ヶ月以上。
それだけ続けば最初のキスなんか遠い彼方。
いまや普通の友達同士のような付き合いだ。
携帯の連絡先も交換し、ずっと飾りと同じだった俺の携帯も時々震えるようになった。
テストの最終日には、少し寄り道をして帰ったりもする。
入学したときとあまりに違う充実した日々に、少し浮かれながら家に帰った。







―――浮かれていたのが、良くなかったのか。
“葵の分際で”
そんな言葉が聞こえた気がした。



玄関扉を開けたら、階段から茜と志摩が降りてくるところだった。
志摩は、いつもの制服姿。
茜は、どこか婀娜っぽい部屋着姿。
―――そういうことを、した、あとのような。

「あ、かね……」

漏れ出た声に、茜がにやっと笑った。
呆然と見上げて動けない俺に見せつけるように、服の襟に手をかけて―――鎖骨に残る、紅いしるし。情事の痕跡。

ずきん、と激しく胸が痛んで、逃げ出した。
駆けて駆けて、ちょうど来たバスに飛び乗ったら通学に使うバスだった。
慣れた揺れに身を任せつつ、手すりを掴んでずるずるとしゃがみ込む。

心の整理はついたと、思っていた。
二人を見ても、胸の痛みはだんだん少なくなってきていたから。
けれどあんなにもあからさまな瞬間を見れば、塞いだ傷口が破れて激しく出血する。
―――馬鹿だな、付き合っていれば、自然なことなのに。

自嘲しても痛みは楽にならなくて、ただただ耐えるしか、なかった。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

恋愛対象

すずかけあおい
BL
俺は周助が好き。でも周助が好きなのは俺じゃない。 攻めに片想いする受けの話です。ハッピーエンドです。 〔攻め〕周助(しゅうすけ) 〔受け〕理津(りつ)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...