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欠伸と眠り 後 〚葵〛
しおりを挟む一睡も、出来なかった。
茜と被らないようにかなり早く家を出て、ふらふらと学校に向かう。
学校にはなんとかたどり着いたものの、目眩がひどい。
一限の途中で堪えられなくなって保健室に行けば、寝かせてもらえることになった。
清潔な匂いのするベッドに横になるけど、考えることは同じだ。
昨日は、一体、なにが。
志摩と茜。
会計と、俺。
俺と、茜。
3つのキスをぐるぐると思い返しては、心が軋んで、混乱して、竦み上がる。
茜は何をそんなに怒っていたんだろう。
―――葵の分際で他の男とキスとか生意気なんだよ。
俺の分際で、という言葉に、茜はやっぱりそう思っていたんだと傷つく。
だから高校で、俺の存在を隠したんだろう。
同じ高校に目障りなやつが来たと、思ってたから。
わかっていたのに傷つく自分が滑稽で笑いそうになって。
ギラギラと睨む双眸を思い出して心が震え上がる。
茜の、あんな瞳、初めて見た。
―――こわい。
ぶるり、と布団の中で身を震わせたら、カーテンの開く音がした。
先生、だろうか?
とっさに目をつぶり、寝たフリをする。
ベッドを貸してもらっているのだから、寝ていなかったら申し訳ない。
そう思っていたら、唇にふにと柔らかなものが触れた。
―――え?
驚いて目を開ければ、いたずらっぽく細められた琥珀色の瞳。
からかうようにぺろりと唇を舐められ、固くなる体をほぐすようにやわやわと食まれる。
抵抗に疲れて力を抜くまで、キスは続いた。
いったい、なんなんだ、昨日から。
「芹沢、優等生なのに仮病?と言いたいとこだけど、ひどい顔だね。眠れなかったの?」
―――誰のせいだ!
怒鳴り返したくなるのを堪えて、俯いて首を振る。
こういうのには、関わってはいけない。
きっと物珍しいから興味を示しているだけで、興味を失えば去ってくれるはず。
まずは、できるだけ反応しないことだ。
そう思ったのに、親指で唇に触れられて、びくりと体が震えた。
昨日キツく噛まれたそこは、腫れて血が出ている。
まだ滲みるから、目立つのかもしれない。
「俺だけのせいでもないのが腹立たしいけどね。……これ、弟くんでしょ?芹沢茜、だっけ。」
その言葉に驚きすぎて勢い良く顔を上げた。
なんで、それを、
はく、と唇を動かすと、何も言ってないのに会計サマは読み取ってくれる。
「生徒会特権。生徒の個人情報を調べたんだ。住所も生年月日も一緒。どっちが上かは分からなかったけど、弟で合ってたみたいだね?」
昨日、何があったか、聞いてもいい?
大丈夫、誰にも言わない。
優しく染み入るような言葉に、少しじいちゃんを思い出す。
俺が涙を堪えていると、「つらかったことは吐き出せばええ。ワシ以外誰も聞いとらん。」と言って聞き出してくれた。
―――じいちゃん、
生きていてくれたら、このぐちゃぐちゃな心を全部吐き出すことができるのに。
ぎしっとベッドが軋んで、昨日のことを思い出す。
また、追い詰められて、傷つけられる。
そう思ったら恐怖がせり上がってきて。
固く目を瞑って奥歯を噛み締めたら、ふわりと温もりに包まれた。
―――?
あったかい、なんで?
そう思って目を開ければ、目の前に白いシャツの胸元があった。
腕は俺の背中の方に回って……抱きしめられている?
驚いてぱちりとひとつ瞬いたら、とんっ、と背中が叩かれた。
そのまま、ゆっくりとしたリズムで大きな手が背中に触れてくる。
幼子を宥めるみたいに。
寝かしつけるみたいに。
そのリズムに緊張が解けて力を抜いたら、くすっと笑う声がした。
ふわーぁ、と会計がわざとらしく欠伸をして、力を抜いた俺を脚の間に抱き込んでくる。―――狭い。
「なんか眠くなっちゃった。吐き出したいことがあったら、吐き出せばいいよ。俺は眠っちゃって、聞いてないから。」
とん、とん、と一定のリズムを刻む大きな手のひらに、体中を包み込む温もりに、固く鎧っていた心が解けていく。
一度だけ、強めに叩かれたのに背中を押されて、自然と言葉が飛び出してきた。
双子なのに似てないこと。
周りの扱いの違いに傷つくこと。
家に居場所がないこと。
何でも持っている弟が、俺のものを欲しがること。
昨日は、俺の分際で他の男とキスなんて生意気だと怒られたこと。
罰として、唇に噛みつかれたこと。
思いつくまま吐き出して、身を固くして反応を待つ。
こんなことを他の人に話したのは初めてで、なんと言われるのか想像もつかない。
不快なことを聞かせるな、と言われるだろうか?
それとも、人のことを羨むなと、怒られる?
ネガティブすぎる、ものは捉えようだ、なんて諭されるだろうか?
何も口に出来ずにただ固まっていたら、頭上からすぅ……と寝息が聞こえた。
―――寝て、る……。
目の前で規則正しく上下する胸。
耳に届く寝息も、いつの間にか止まっていた手のひらも、寝ていることを示していて。
―――まさか本当に、眠っちゃうなんて。
そう思えば、緊張していたことが馬鹿らしくて思わず笑いがこぼれた。
起こさないように声を噛み殺して笑う。
この意味不明な状況も、今更ながら本当に可笑しい。
何がどうなって会計サマと一緒のベッドで寝てるんだか。
ひとしきり笑ったら体から余分な力が抜けて、いつの間にか眠りについていた。
✢
目が覚めても、まだ会計サマの腕の中にいた。
端正な顔立ちをじっと見上げる。
なるほど、男にさえモテる理由もわかる精悍な顔立ちだ。
―――えーっと、名前、なんだったっけ。
起きる前に思い出さないと怒られそうで、必死に思い出す。
昨日聞いたはずだけど、そのあとすぐにキスされて吹っ飛んでしまった。
昨日が産まれて初めてのキスだったのに、昨日と今日で何回したんだろ。
ぺろ、と自分のくちびるを舐めれば、微かに血の味がした。
「キス、ほしいの?」
え、と思うが早いか、上を向かされてそのままくちびるを奪われる。
ちがう!なんていう否定の言葉すら、口を塞がれては発することができない。
長いキスに息苦しくなって口を開ければ、ぬるりと舌が入り込んできた。
~~~~~~~っ!!!!
なんっ!なんで!?
俺のより熱くて大きい舌が、咥内を舐る。
舌を絡め、上顎をくすぐり、唾液までも吸い上げていく。
涙目で必死に胸を叩けば、ようやく解放してくれた。
新鮮な空気が美味しい。
―――やっぱ陸上部は肺活量すごいんだな。
ちょっと現実逃避していたけど、それを許してくれる会計サマではなかった。
「葵。俺の名前呼んでくれたら、今日はここまで。呼べなかったら、もう1回ね。」
はい、じゅーう、きゅーう、とカウントダウンが始まり、焦りのあまりぱふっと相手の口を塞げば、その手に噛みつかれた。
「はい、ずるしたから失格。もう1回ね?」
反論しようと口を開けたら、今度は最初から舌が入ってきた。
ほんとにもう、昨日から何なんだ!
落ち着いて考える時間をくれ!
そんな叫びは、自分の喉を震わすことすら叶わなかった。
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