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世界最悪の都市ロストエデン
しおりを挟む大国同士の権力が及ばぬ緩衝地帯。
そこに、国を追われた犯罪者たちが集い、暴力による楽園を作った。
犯罪都市、ロストエデン。
通称、世界最悪の都市。
どこの国の法律も効力を発揮しない治外法権。
世界で最悪の治安を誇る、極悪人たちの吹き溜まり。
彼らにとっては天国であり、地獄に一直線に繋がっている最低の街。
数々のマフィア、犯罪組織が根城を作るロストエデンが持つ暴力は日々巨大に膨れ上がり、今や誰も手が出せなくなっていた。
毎日、世界最悪の都市では縄張り争いが起きて、人々が殺し合いを繰り返している。
その結果、軍事国家ですら手を出せないほどに、強力な武力を持つ達人が何人もロストエデン内に生まれた。
そして、今も殺し合いの中で、新たな達人が生まれ続けている。
様々な国が国家の安全のために諜報員を秘密裏に送り込んでいるが、ロストエデンが持つ武力の総数はいまだに明らかになっていない。
ロストエデンを都市ごと壊滅させるためには、数万におよぶ軍隊を派遣する必要がある。
しかし、軍事国同士の国境沿いに存在する犯罪都市に軍を派遣すれば、それは都合のいい戦争の理由に変わり、国同士の殺し合いにまで発展する。
それに、ロストエデンを破壊しても、強大な武力を持つ犯罪者たちは結局逃げ延びて、世界中に悪が散らばることになる。
一国の軍隊でも滅ぼせない個人の武力が、ロストエデンにはいくつも集結していた。
そのため、犯罪者同士が地方都市内で殺し合いをしている分にはむしろ都合がいいと、ロストエデンは世界中から放置される結果となる。
ロストエデンは犯罪者たちの天国でもあり、国でも手を出せない悪逆人を一つの場所に閉じ込めている、封殺された都市まるごとの監獄でもある。
そんな、世界から放置されたロストエデンの一角に、街の外から帰還した女性がいた。
彼女の名前はエマ・ロージェンス。
エマはとある魔族の国からロストエデンへの諜報員として送り込まれた、スパイであった。
エマは自分が所属する本国に、ガスター帝国から誘拐した勇者たちを無事に送ると、本来の任務であるロストエデン内の調査の任務に戻る。
エマが帰還したのは、ロストエデンで淫魔教会と呼ばれる教会である。
淫魔教会はロストエデン内のサキュバスたちが集う場所であり、サキュバスとしての活動を利用した情報屋と、世界中から横流しされた武器の密売をおこなう施設であった。
淫魔教会は、ロストエデン内のどの組織にも所属していない、独立した場所でもある。
エマは淫魔教会に所属する情報屋として表で活動を行いながら、とある魔族の国の諜報員として裏で活動している。
「エマ先輩! おかえりなさい!」
そんな、街の中にあるさびれた教会の前で、長身の女性がエマを出迎えている。
エマを笑顔で出迎えている女の子の名前は、ベニコ・シノノメ。
ロストエデンに魔族の国から一緒に任務としてやってきた、エマの部下である。
ベニコの年齢は二十歳。エマの四歳年下。
ベニコの身長は一七〇センチメートルと、女性にしては大きい。
肩まで伸びた白くてきれいなウェーブした髪に、ピンク色の元気な瞳。額に伸びる二本の鬼の角。
エマを淫魔教会の前で出迎えるベニコは、黒いスーツと白いワイシャツに紺色のネクタイ姿であった。
ベニコが着ているジャケットとワイシャツの下には、Hカップの爆乳がたっぷりと膨らんでいる。
ベニコが身につけている白いワイシャツの下はノーブラのようで、ピンク色の乳首が、二つのふくらみの先にうっすらと透けていた。
「先輩! なんで私も連れて行ってくれなかったんですかー!」
「ただいま、ベニコ。あなた、また、シスター服を脱いでるのね……」
「だって、スーツ姿のほうが、用心棒をしててかっこいいじゃないですか!」
「あなたは戦うことばかり考えて諜報には向かないから、淫魔教会においていったのよ。もしあなたを連れて行ったら、絶対にガスター帝国で勇者にも戦いを挑むでしょ?」
「ええー、強いやつと戦うの、楽しいじゃないですかー」
「だからよ……」
ガスター帝国での諜報活動に置いていかれて拗ねているベニコに苦い顔をしながら、エマが言葉を返している。
貴種サキュバスと鬼人族のハーフであるベニコは、鬼人族が先祖返りした古代種鬼神族が持つ怪力の血と、貴種サキュバスが持つ高い魔法適正を同時に持ち、生まれたときから強大な暴力の才能を手に入れていた。
その代わりに、ベニコは本来サキュバスが持つはずの性欲を、強い暴力欲求として所持しているのであるが……。
そんなベニコは淫魔教会では、暴力行為を担当する用心棒の役割をしており、サキュバスを武力で従わせようとする犯罪者をすべて撃退している。
鬼神族の力を受け継ぐベニコが持つ怪力は常人にはまったく太刀打ちすることができずに、戦いにすらなる前に、ベニコのパンチ一発で多くの力自慢が命を落とす。
「それで、先輩、彼は先輩のお客さんですか?」
諜報に使っていたガスター帝国のメイド服姿から、淫魔教会の制服である黒いシスター服に着替えると、教会の敷地内でゆっくりと紅茶を嗜むエマ。
そんな、久しぶりに心安らぐ時間を過ごしているエマに、ベニコがきょとんとした顔で質問をしていた。
ちなみに、淫魔教会にはシスターしかいない。
「え、お客……?」
自分への来客に心当たりのないエマは、不審に思いながらも、ベニコが指差す方向に顔を向けた。
「やあ、ここが、メイドさんの本拠地かな?」
「なっ!? 貴様っ! どうしてここが!」
エマに気軽な感じで声をかけてきたのは、ガスター帝国内でSランクの女勇者をたぶらかしていた、ユーリという名の少年だった。
さえない黒髪に、さえない黒い瞳。
出会って次の日には顔すらも忘れてしまいそうな、印象の薄い顔。
覇気のない立ち姿。
そんなユーリが、緑色のジャージ姿でのんびりと淫魔教会の敷地内を歩いていた。
「へー。エマ先輩が追跡されるのって、珍しいですね! じゃあ、あいつ、ぶっ飛ばしてもいいっすよね!」
「ちょっと! 待ちなさい! ベニコ!」
エマの警戒する態度を受けて、ユーリを淫魔教会の敵として認定したベニコが、エマが言葉をかけるよりも前に、ユーリに向かって殴りかかっていく。
ベニコは紺色のネクタイとボタンをはずした黒いジャケットを風になびかせながら、右手を脇の下に振りかぶっている。
「しゃあああああ!」
ドゴン!
ユーリに向かってベニコが右手を振り抜くと、巨大な岩石が崩落したような打撃音が周囲に鳴り響いた。
ロストエデンに響き渡る名物音。
ベニコが誰かと戦っていると、どこからでも聞くことができる風物詩である。
「うわ! すっごい威力!」
並のSランク冒険者程度なら一撃で戦闘不能にすることができるベニコの一撃を腕をクロスして防御しながら、ユーリが覇気なく笑っている。
「ベニコ! あなたが戦闘をすると教会を壊すから、もっと遠くで戦いなさい!」
「はい! おい! 少年! エマ先輩の命令だから、遠くに吹っ飛べー!」
エマの言葉を聞くと、ベニコはユーリの着ている服を掴み、空に向かって力まかせに放り投げた。
すると、ユーリの体が、街の外にある森にまで勢いよく飛んでいく。
「うわー」
「じゃあ、先輩、行ってきます!」
「ベニコ、気をつけるのよ……」
ユーリという少年はベニコの一撃に耐えるあたり、それなりに実力を持っているのだろう。
しかし、一撃は回避することができても、止まらぬ乱打の前に戦闘になることすらなく、いつも実力者たちはベニコに撃破されていく。
淫魔教会の最強戦力であるベニコなら今回の戦闘行為も大丈夫だろうと考えて、エマは街の外まで一足で飛んでいくベニコを見送った。
「まあ、ベニコになら、からめ手も通じないでしょう……」
あのユーリという少年は女性を快楽で堕とす技術が高いようだが、脳が暴力でできている、淫魔族なのにまったくセックスに興味を持たないベニコをどうこうすることはできないはず。
「さて、せっかくの任務達成の高級茶葉なんだから、ゆっくりと味わわなくっちゃ!」
そう冷静に分析しながらエマはティーカップに残る紅茶を口にすると、淫魔教会の敷地にあるおしゃれなテーブルに座って、ひさしぶりの休息をのんびりと楽しむのであった。
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