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聖女エルザと悪女タマモの物語
しおりを挟むタマモ視点
魔物であったわらわが自我を持ったのは、いつだったか。
世界のとある場所に、暗黒と呼ばれる巨大な洞窟がある。
原初のダンジョンとして伝説になっている暗黒の洞窟は、そこで生まれた魔物たちが殺し合いを続けるだけの場所。
どこまで深く続くかわからない洞窟の中で、狡猾な知恵を持つ狐の魔物として生まれたわらわは、終わらない殺し合いの中で強くなるたびに尻尾を増やし、その本数が九本になったときに、自我を持った。
そして、殺し合いだけの日々に飽きたわらわは、常に洞窟の最深部を目指そうと殺気立つ本能に逆らい、暗黒の洞窟から抜け出すことにする。
すさまじく強力な魔力とスキルをあわせ持ち、結局、最後まで洞窟での殺し合いに決着をつけられなかった、わらわとライバルだった魔物たちも、自我を持ち、次々と暗黒から抜け出していった。
人の心を腐らせる毒女 ククルゥ
空を統べる魔竜天女 ホワイト・プリン
時空すらも凍りつかせる雪の妖怪 紅雪姫フブキ
世界が見た悪夢 フリードニヒ8世ちゃん
昼と夜のすべてを飲み込む光と闇の双子 ルナとソラ
永遠の十六歳 シラユリ・ノバラ
かつて、暗黒の中で出会うたびにわらわと殺し合いをしていた、懐かしい魔物たちの名前を思い出す。
フリードニヒ8世ちゃんという例外はあるが、わらわたちは皆、自我を持った瞬間に、人間の女性の姿に変化していた。
そして、暗黒の洞窟から抜け出したわらわたちは、暴力の化身と呼べるほどの魔力とスキルを持つことから、人間たちに八大悪女と呼ばれ、その存在を恐れられることとなる。
いや、正確には、七人の悪女と一人の悪魔と名付けられそうになったところを、フリードニヒ8世ちゃんが自分は女性だと強硬に主張し始めて、世界を滅ぼしそうになるまで暴れまわったために、わらわたちは八人の悪女と呼ばれるようになった。
そういえば最近になって、フリードニヒ8世ちゃんが、誰にも見せることのなかった女性の姿をついに披露したと噂話で聞いた。
どうやら、世界を滅ぼすほどに怒り狂い、自分は女性だと主張していたフリードニヒ8世ちゃんの言葉は、本当だったようじゃ。
ソラが放った光魔法は暗黒に巨大な太陽を作り、ルナが放った闇魔法は、暗黒の洞窟の中に、光魔法すらも届かぬさらなる混沌の闇を作った。
シラユリ・ノバラにいたっては、自分は高校の教室で授業中に居眠りをしていたら、気がつくと洞窟で魔物になっていたと騒いでおったな。
フブキの魔法に凍らされた魔物は、あまりの低温に体が粉々になって砕け散り、紅色の吹雪として空気中を舞うため、彼女には紅雪姫という異名がついた。
爆裂する光線魔法を好むホワイト・プリンは、魔物を殺すときに、いつも数億の光の雨を天から振らせていた。彼女が使う数々の神々しい魔法から、ホワイト・プリンには魔竜天女という異名が付く。
毒女ククルゥは、なぜかフリードニヒ8世ちゃんと意気投合をしていて、いつか人の心を腐らせる本を自主制作すると息巻いていた。
暗黒の洞窟での、懐かしい日々を思い出す。
暗黒の洞窟から抜け出したあと、すぐに、わらわは行き倒れの子供を拾った。
何の気まぐれか、暗黒の洞窟から抜け出せたことに気分が高揚していたわらわは、エルザと名乗った五歳の少女を自分が育てることに決める。
そして、わらわは、持ち前の話術と美貌を利用して商売をしながら街を渡り歩き、エルザと世界中を旅した。
それはもう、しあわせな時間だった。
エルザは旅の途中でいつも余計なことに首を突っ込み、色々な人を助け回っていた。
初めはわらわが彼女のお願いを聞いてトラブルを解決していたが、時が経ち、成長するにつれて、エルザは自分で人を救うことができるようになる。
誰にでも分け隔てなく愛を与える聖女エルザと、誰からでも分け隔てなくお金をふんだくる悪女タマモ。
気がつくと、わらわたち二人組は、世界中で有名になっていた。
しかし、エルザが十五歳になったある日、わらわたちに、不幸がおとずれる。
ガスター帝国に滞在していたおりに、わらわたちの美貌に目をつけた王が人民を人質に取って、わらわとエルザの体を手に入れようと計画したのじゃ。
実際に兵を使い、街の人々を切りつけながら、わらわとエルザに城まで来るように伝言が伝えられる。
城まで来ぬなら、街の人々を、これから百人処刑するという伝言も一緒に。
そんな脅しなど無視してすぐに街から逃げ出せばよかったのじゃが、聖女と呼ばれるまでに人々を愛し、助けまわっているエルザに、そんなことはできなかった。
そして、悲しいことに、人々の命と自分の純潔を守るために、エルザは王様の目の前で自害することを選んだ。
誰にも、わらわにすら相談せずに、突然、自らの体に刃を突き立てたエルザを、わらわは止めることができなかった。まさか、エルザがそんな行動をするとは、つゆほども思ってはいなかった。
魂喰らいの悪女と呼ばれ、人の心を底まで見透かすと恐れられたわらわは、最も愛しい人の気持ちが見通せていなかったのじゃ。
「……ごめんね、タマモ」
周りにいる兵を蹴散らし、彼女の元に駆けよったわらわに、エルザは愛に満ちた瞳で謝罪する。
悪女と呼ばれることにおごり、油断していた自分をわらわは責めた。
そして、エルザを守るために、わらわは自分の魂に刻まれた魔力まで使い切り、転生の呪術を彼女にかける。
わらわの呪術をかけられたエルザの体が消えていき、遥か未来に転生して、生まれ変わることになる魔法じゃ。
そして、転生の呪術をかけるために全魔力を使い果たしたわらわは、王の怒りを買い、その場から逃げ出すこともできずに、そのまま城内にあった塔に封印されてしまった。
それから、何百年が経ったのか。
聖女エルザの名も忘れられて、わらわを封印するために建てられた塔の存在理由も忘れ去られたころ、幼い少女が、わらわが封印され続けていた部屋にやってくる。
まるで、エルザの生き写しのような少女は、名前をエルザと名乗った。
「ほう、エルザという名前なのか。わらわは、タマモと言う。よしなに!」
わらわは今度こそ、この少女を守ろう。そう誓った。
それから五年後。十歳になった彼女は幽閉されて、五年間、わらわと同じ部屋で過ごすことになる。
エルザと話していると、しあわせだった時間を思い出し、すべてを失い絶望していた心の傷が癒えていった。
そんなある日、暗く閉ざされていた隠し部屋の中からユーリという少年が現れて、わらわたちに光が指す。
そして、わらわとエルザは、封印された塔からの脱出を果たした。
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