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 セリーナは、幼い頃から華やかな宮廷で育ち、貴族社会の規律や礼儀作法を徹底的に教え込まれてきた。家柄も申し分なく、父親は領主として多くの土地を治めていたため、彼女の結婚は一族の名誉にも大きく関わるものとされていた。

 そして、彼女が十七歳の時、運命的な出会いが訪れる。王宮で開かれた大宴会に招かれた彼女は、初めてルーク公爵と対面した。彼はその場にいる誰よりも目立つ存在だった。背が高く、鋭い目つきと端正な顔立ち。周囲の貴族たちが彼を称賛し、彼の一挙一動に注目する中、セリーナは彼に魅了されるのに時間はかからなかった。

 宴会の終わり近く、公爵はセリーナに声をかけ、二人の会話が始まった。

「お会いできて光栄です、セリーナ嬢」

 彼は微笑み、優雅に挨拶した。セリーナは心臓が跳ね上がるのを感じながら、礼儀正しく応じた。

 それから数ヶ月の間、二人の間には頻繁に手紙のやり取りが行われ、やがてルークから正式な求婚があった。セリーナの家族もこの縁談を大いに喜び、結婚の準備は迅速に進んだ。彼女は自分が公爵夫人となることに胸を高鳴らせていた。若く美しく、有力な公爵夫人として、これ以上の幸せはないだろうと誰もが思っていた。

 結婚式の日、セリーナは夢見心地だった。豪華な礼服に身を包んだルークが彼女の前に立ち、神父の前で誓いを立てる瞬間、彼女の心は彼に完全に捧げられた。しかし、その瞬間から少しずつ、彼女の期待は裏切られていくことになる。

 結婚後、公爵邸での生活は、思ったよりも孤独なものだった。セリーナは夫のために尽くし、愛し、常に彼のそばにいようとした。しかし、ルークは仕事を理由に、宮廷や他の領地を回ることが多く、家にはほとんど戻ってこなかった。戻ってきても、彼はセリーナに対して冷たい態度を取ることが多かった。

 最初は疲れているのだろうと思い、セリーナは気遣い続けた。彼が少しでも楽になるようにと、彼女は日々の家事や領地の管理を自ら率先して引き受け、彼の負担を減らそうとした。しかし、ルークからの感謝の言葉はほとんどなく、むしろその冷淡さが増していくばかりだった。

「愛されていないのかもしれない……」

 セリーナはある日、ふとそう思うようになった。

 その考えが頭をよぎるたび、彼女はそれを振り払おうとした。彼は忙しいだけだ、貴族としての責任があるのだから、自分のことを優先できないのは当然だ……。自分にそう言い聞かせていたが、次第にその言い訳も無意味に感じ始めていた。

 セリーナは心の奥底で、夫との距離が日増しに広がっていくのを感じていた。彼女の愛は報われないどころか、冷たく拒まれているように思えた。

 そんなある日、宮廷の宴会での出来事が、彼女の疑念を決定的なものにした。ルークは公然と彼女を無視し、隣国から来た王妃との会話に夢中になっていた。王妃は美しく、そして権力を持っていた。彼女がルークに親しげに接し、二人の間に流れる親密な雰囲気を見たとき、セリーナは胸が締め付けられるような感覚に襲われた。

 その夜、セリーナは初めて夫が自分を愛していないと確信した。結婚して三年、彼女は彼に尽くしてきたが、彼の心はすでに他の女性に向いていたのだ。そして、その女性は、彼女よりもはるかに影響力のある王妃だった。

 夜、寝室で一人、セリーナは涙を流した。しかし、彼女はそれを他人に見せることは決してなかった。貴族の娘として、感情を表に出すことは許されない。彼女は静かに耐えるしかなかった。

 それでも、セリーナの心は徐々に変化していった。夫の裏切りを知った今、彼女はどうすればよいのか考え始める。愛されるために努力し続けるのか、それとも……。

 彼女の中に芽生えたのは、復讐の念だった。三年も尽くしてきたのに、その報いがこれだというのなら、彼女はもう自分を犠牲にする必要はない。セリーナは心の奥で決意を固めつつあった。
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