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第二章:朱莉、かまぼこで餌付けされる
14. 設定、忘れちゃった?
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*****
「近藤さん?」
「そう、高校のときの同級生。覚えてない?」
私が蒼士に尋ねると、彼は記憶を手繰り寄せるように空を仰いだ。
「う~ん……」
唸りながら、イカチップスを囓っている。
バリ、バリ、バリ……。
はい、いつもの『魚貴族』です。
だから蒼士がいま食べてるイカチップスも、もちろん自家製だよ! 市販のやつより弾力があって噛みごたえ抜群なんだよね。
ちなみに今日来ているのは駅前のお店ではなく、私たちの通っていた高校にほど近い地元の店舗だ。繁華街の店に比べると古くて狭くいんだけど、このお店は特別。だって、記念すべき『魚貴族』一号店だからね。いわば「発祥の地」ってやつなのだ。
「……あぁ! あの髪の長い子か」
蒼士がイカチップスをバリンと噛み砕きながら、手を打った。
「でも朱莉、あの子と仲良かったのか? 一緒にいるところ、見たことないような気がするけど」
蒼士は首を捻りながら、またもイカチップスに手を伸ばした。
ほんっと、イカ好きだよね。
「ううん、そんなに」
私も大好物のかまぼこをハムハムしながら首を振る。
「そうそう、『今度は藤沼くんも一緒にどう?』だってー」
私がスマホをかざしながら、コンちゃんから届いたメッセージを見せると、
「それ、ヤバイんじゃない? その人、朱莉さんをダシにして兄さんのこと狙ってるのかも」
私の隣に座るヤツが不穏なことを口走った。
「なぁに言ってんの、蒼太くん。そんなんじゃないってー。コンちゃんにはすでにお子さんもいるんだし」
私がそう言うと、蒼太くんがつまらなそうに肩をすくめてみせた。
あれ、なんでココに蒼太くんがいるかって?
だよねー。
就職のために東京へ旅立っていったよね?
送別会もしたよね。
それはつい一カ月前の話なんだけど……。
なんとこの子、ゴールデンウィークに入った途端、すぐさま帰省してきちゃったのだ。
ホームシックってやつ?
それとも、蒼士に会いたくなっちゃったのかな?
やれやれ、まだ一カ月しか経っていないというのに。最近の若者、軟弱すぎるわー。
「朱莉ちゃん、イカチップス、もう一皿追加しとく?」
気を利かせて声をかけてくれたのは、この店の店長さんだ。
「あ、ゲンさん。そうだなぁ……どうする?」
蒼士に目を向けると、もぐもぐと口を動かしたまま無言で首を縦に振っている。
「じゃあ、お願いします」
「はいよー」
ゲンさんは空いたお皿を下げながら、愛想よく返事をして厨房へと戻っていく。
名前で呼び合うなんて、ずいぶん親しげじゃないかって?
フフフ。まぁ常連だからね、私。というか、堀ノ内家は昔から一家全員が『魚貴族』のファンだから。
ちなみに「ゲンさん」って言うと昭和の頑固オヤジみたいだけど、たしか名前は「元気さん」で、年齢もまだ三十代のはずだ。
私が子供の頃からこの店で働いていたから、すっかりベテラン。当時はちょっとチャラついたバイトのお兄ちゃんだったけど、今やこの一号店を任された頼もしき店長なんだから立派だよね。
「はい。お待たせー。堀ノ内さん、例のヤツ、さっそく作ってみたから食べてみてー」
ゲンさんと入れ違いで厨房から出てきたのは鮫島さんだ。お店のハッピに白いハチマキをキュッと額に巻きつけていて、今日はすっかり店員モードの出で立ちである。
実はまだ開店前なんだけど、専務特権で特別に入らせてもらっていた。
私たちの前に置かれた皿の上には、こんがりと色よく揚がった魚に、ほんのりピンクがかった綺麗な色のソースがかかっている。
「おぉ~、キレイ! 美味しそう! イメージ通り過ぎる!!」
感激のあまり、思わず叫んじゃうよ!
だって頭の中で思い描いたメニューが見事に具現化されている。見た目だけじゃない。ふわっと立ちのぼる湯気の匂いは想像以上で、食欲をそそられまくる。
この料理は……そう、例のアレだ。
京都の甘鷲さんとのお見合いの席で私が口走ったやつ。ただの思いつきに過ぎないシロモノを鮫島さんは律儀にも試作してみてくれたのだ。
「なになに、例のヤツって?」
耳ざとい蒼太くんが、料理と私の顔を見比べながら尋ねてくる。
「内緒だよ。ねー、堀ノ内さん?」
「……えー」
不満そうに口を尖らせた蒼太くんと、一際大きな音を立ててイカチップスを噛み砕いた蒼士。
ちょっと鮫島さん、誤解を招くような言い方やめてよー!
私が軽く睨みをきかせてみても、鮫島さんはどこ吹く風だ。……くそぅ。
「ダメだよ、朱莉さん。あっちもこっちもってフラフラしてたら、結局誰も手に入らず、ひとりぼっちのまま、おばあちゃんになっちゃうよー……って、これ美味しいね」
おい、こら、蒼太!
妙齢の女性が一番ピリつくことを好き勝手ほざくんじゃない! しかも、私より先に例のやつ食べてるし……!
私は負けじと箸を伸ばして魚を摘み上げると、ピンク色のソースをたっぷり絡めて口の中へと運んだ。
白身魚の淡白な旨味と共に、ピリッとした刺激が舌を突く。
これこれこれこれ……!
このピリッとした辛さ、最高!
あ、そうだ。醤油醤油……。
テーブルの隅に常備されている魚貴族特製のタマリ醤油をチョロリと垂らして……うぅぅ、明太子の辛さの中に、醤油のほのかな甘味が混ざり合ってなんとも絶妙な味加減。これはご飯が進むわ。もちろんお酒も。あぁ~、焼酎飲みたい。
「鮫島さん、これ、めちゃめちゃ美味しいですっ! お酒が欲しくなります!」
「はははっ、それはよかった。店のメニューに加えようかな。で、堀ノ内さんはなに飲む?」
「焼酎お願いします! ロックで」
「はいはい、喜んでー」
鮫島さんが笑いながら厨房へと足を向けたところで、
「海斗くん~、電話!」
「はいよ~」
ゲンさんに呼ばれた鮫島さんが方向転換して電話のあるカウンターへと向かっていった。
……うむ。焼酎は電話の後ですね。
「ヤバいヤバいヤバい」
電話を終えた鮫島さんが珍しくあわてている。
「海斗さん、どうしたんですか?」
蒼士が尋ねると、
「今から親父が来るって言ってるんだけど」
鮫島さんが苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。
「大将がいらっしゃるんですか。いいじゃないですか~」
私が例の料理を食みながら暢気に口を挟むとーー
「いやいや、堀ノ内さん。この間の設定、もう忘れちゃった?」
「あ」
「近藤さん?」
「そう、高校のときの同級生。覚えてない?」
私が蒼士に尋ねると、彼は記憶を手繰り寄せるように空を仰いだ。
「う~ん……」
唸りながら、イカチップスを囓っている。
バリ、バリ、バリ……。
はい、いつもの『魚貴族』です。
だから蒼士がいま食べてるイカチップスも、もちろん自家製だよ! 市販のやつより弾力があって噛みごたえ抜群なんだよね。
ちなみに今日来ているのは駅前のお店ではなく、私たちの通っていた高校にほど近い地元の店舗だ。繁華街の店に比べると古くて狭くいんだけど、このお店は特別。だって、記念すべき『魚貴族』一号店だからね。いわば「発祥の地」ってやつなのだ。
「……あぁ! あの髪の長い子か」
蒼士がイカチップスをバリンと噛み砕きながら、手を打った。
「でも朱莉、あの子と仲良かったのか? 一緒にいるところ、見たことないような気がするけど」
蒼士は首を捻りながら、またもイカチップスに手を伸ばした。
ほんっと、イカ好きだよね。
「ううん、そんなに」
私も大好物のかまぼこをハムハムしながら首を振る。
「そうそう、『今度は藤沼くんも一緒にどう?』だってー」
私がスマホをかざしながら、コンちゃんから届いたメッセージを見せると、
「それ、ヤバイんじゃない? その人、朱莉さんをダシにして兄さんのこと狙ってるのかも」
私の隣に座るヤツが不穏なことを口走った。
「なぁに言ってんの、蒼太くん。そんなんじゃないってー。コンちゃんにはすでにお子さんもいるんだし」
私がそう言うと、蒼太くんがつまらなそうに肩をすくめてみせた。
あれ、なんでココに蒼太くんがいるかって?
だよねー。
就職のために東京へ旅立っていったよね?
送別会もしたよね。
それはつい一カ月前の話なんだけど……。
なんとこの子、ゴールデンウィークに入った途端、すぐさま帰省してきちゃったのだ。
ホームシックってやつ?
それとも、蒼士に会いたくなっちゃったのかな?
やれやれ、まだ一カ月しか経っていないというのに。最近の若者、軟弱すぎるわー。
「朱莉ちゃん、イカチップス、もう一皿追加しとく?」
気を利かせて声をかけてくれたのは、この店の店長さんだ。
「あ、ゲンさん。そうだなぁ……どうする?」
蒼士に目を向けると、もぐもぐと口を動かしたまま無言で首を縦に振っている。
「じゃあ、お願いします」
「はいよー」
ゲンさんは空いたお皿を下げながら、愛想よく返事をして厨房へと戻っていく。
名前で呼び合うなんて、ずいぶん親しげじゃないかって?
フフフ。まぁ常連だからね、私。というか、堀ノ内家は昔から一家全員が『魚貴族』のファンだから。
ちなみに「ゲンさん」って言うと昭和の頑固オヤジみたいだけど、たしか名前は「元気さん」で、年齢もまだ三十代のはずだ。
私が子供の頃からこの店で働いていたから、すっかりベテラン。当時はちょっとチャラついたバイトのお兄ちゃんだったけど、今やこの一号店を任された頼もしき店長なんだから立派だよね。
「はい。お待たせー。堀ノ内さん、例のヤツ、さっそく作ってみたから食べてみてー」
ゲンさんと入れ違いで厨房から出てきたのは鮫島さんだ。お店のハッピに白いハチマキをキュッと額に巻きつけていて、今日はすっかり店員モードの出で立ちである。
実はまだ開店前なんだけど、専務特権で特別に入らせてもらっていた。
私たちの前に置かれた皿の上には、こんがりと色よく揚がった魚に、ほんのりピンクがかった綺麗な色のソースがかかっている。
「おぉ~、キレイ! 美味しそう! イメージ通り過ぎる!!」
感激のあまり、思わず叫んじゃうよ!
だって頭の中で思い描いたメニューが見事に具現化されている。見た目だけじゃない。ふわっと立ちのぼる湯気の匂いは想像以上で、食欲をそそられまくる。
この料理は……そう、例のアレだ。
京都の甘鷲さんとのお見合いの席で私が口走ったやつ。ただの思いつきに過ぎないシロモノを鮫島さんは律儀にも試作してみてくれたのだ。
「なになに、例のヤツって?」
耳ざとい蒼太くんが、料理と私の顔を見比べながら尋ねてくる。
「内緒だよ。ねー、堀ノ内さん?」
「……えー」
不満そうに口を尖らせた蒼太くんと、一際大きな音を立ててイカチップスを噛み砕いた蒼士。
ちょっと鮫島さん、誤解を招くような言い方やめてよー!
私が軽く睨みをきかせてみても、鮫島さんはどこ吹く風だ。……くそぅ。
「ダメだよ、朱莉さん。あっちもこっちもってフラフラしてたら、結局誰も手に入らず、ひとりぼっちのまま、おばあちゃんになっちゃうよー……って、これ美味しいね」
おい、こら、蒼太!
妙齢の女性が一番ピリつくことを好き勝手ほざくんじゃない! しかも、私より先に例のやつ食べてるし……!
私は負けじと箸を伸ばして魚を摘み上げると、ピンク色のソースをたっぷり絡めて口の中へと運んだ。
白身魚の淡白な旨味と共に、ピリッとした刺激が舌を突く。
これこれこれこれ……!
このピリッとした辛さ、最高!
あ、そうだ。醤油醤油……。
テーブルの隅に常備されている魚貴族特製のタマリ醤油をチョロリと垂らして……うぅぅ、明太子の辛さの中に、醤油のほのかな甘味が混ざり合ってなんとも絶妙な味加減。これはご飯が進むわ。もちろんお酒も。あぁ~、焼酎飲みたい。
「鮫島さん、これ、めちゃめちゃ美味しいですっ! お酒が欲しくなります!」
「はははっ、それはよかった。店のメニューに加えようかな。で、堀ノ内さんはなに飲む?」
「焼酎お願いします! ロックで」
「はいはい、喜んでー」
鮫島さんが笑いながら厨房へと足を向けたところで、
「海斗くん~、電話!」
「はいよ~」
ゲンさんに呼ばれた鮫島さんが方向転換して電話のあるカウンターへと向かっていった。
……うむ。焼酎は電話の後ですね。
「ヤバいヤバいヤバい」
電話を終えた鮫島さんが珍しくあわてている。
「海斗さん、どうしたんですか?」
蒼士が尋ねると、
「今から親父が来るって言ってるんだけど」
鮫島さんが苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。
「大将がいらっしゃるんですか。いいじゃないですか~」
私が例の料理を食みながら暢気に口を挟むとーー
「いやいや、堀ノ内さん。この間の設定、もう忘れちゃった?」
「あ」
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