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第二章:朱莉、かまぼこで餌付けされる
6. いちばん楽しい時期
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「あ、堀ノ内さん。せっかくだから、連絡先教えてよー」
「いいですよー」
美味しいお酒をいただいて、すでにほろ酔い気味の私。鮫島さんに促されるまま、気持ちよく連絡先を交換する。
「朱莉。飲み過ぎんなよ」
そう呼びかけられて、声のした方に顔を向けると、眉間にシワを寄せた蒼士の不機嫌そうな表情が目に入った。
「蒼ちゃん、過保護だねー」
いかにも機嫌の悪そうな空気を隠せていない蒼士を面白がっているのか、鮫島さんが茶々を入れる。
「あれ。そういえば二人は付き合ってんの?」
白い方のはんぺんを頬張りながら、鮫島さんが蒼士と私を交互に見つめた。
わ。蒼士、なんて答えるんだろう?
「……鋭意交渉中です」
「何だよ、それ?」
蒼士のどっちつかずな答えに鮫島さんが笑った。
「ま、でも……それぐらいの時期がいちばん楽しいわな」
そう呟いた鮫島さんの横顔がふいに翳る。
なんだ、今の憂いを帯びた表情は。
大人の色気がダダ漏れなんですけど。
はんぺんを飲み込んだ拍子にゴクリと上下した喉ぼとけもやたらと色っぽい。
まぁ我々もすでにアラサーですからね。
もう十代の高校生ではないですから。そりゃ色々ありますわな、鮫島先輩も。
「堀ノ内さん。よかったら、これ飲んでみて。京都の蔵元さんから取り寄せてる日本酒なんだけど、スッキリしてて飲みやすいから」
「わぁ。いただきますー」
私がお猪口を差し出すと、すっかりいつもの調子に戻った鮫島さんがお酌をしてくれた。
至れり尽せり。
いいんだろうか……なんにも手伝ってないのに。
「ささ、じゃんじゃん飲んで」
ま、いっか。
たまにはこんな幸運な日があってもいいよね?
「朱莉、飲み過ぎんなよ」
「はは、蒼ちゃん、過保護ー」
このやり取り、何回目?
ま、いっか。
「今日もありがとな、蒼ちゃん」
宴もたけなわ。
まだ夕方にもなってないけど、鮫島さんはこれから店に行かないといけないらしく、お開きとなった。
「これ、余ったやつ持ってってー。堀ノ内さんも、また手伝いに来てよ」
鮫島さんは何の役にも立てていない私にも声をかけてくれる。
おまけに手土産のはんぺんまで持たせてくれた。
ふんふん♪
お腹も心も満たされた私は、なんだかふわふわとした良い気分で帰路についた。
蒼士とふたり、電車に乗りこむ。
土曜の夕方は人もまばらで、私たちは隣同士で座ることができた。
「ふふふ」
「……なに笑ってんだ?」
脈絡もなくニヤつく私に、蒼士が眉をひそめる。不審者を見る目だ。
「懐かしいなぁと思って。学生の頃もこうやって一緒に遊びに行ったよねー」
「……いや。それ、俺じゃないだろ? っていうか、誰との思い出なんだよ」
蒼士がちょっと膨れてる。
もしかしてヤキモチ?
「ふふふふふ」
「キモさが増してるぞ」
蒼士が腕組みしながら、眉間のシワをさらに深めた。うん、完全に不審者を見る目だね。
そういや、学生時代よく一緒に遊びに行ってたのは、みぃちゃんだったわ。あ、みぃちゃんっていうのは高校時代の親友・みなみちゃんのことね。
でも蒼士には敢えて言わないでおこう。
ふぁ~あ、なんか眠くなってきたなぁ。
春の夕方の車内は穏やかな春の陽気に包まれている。
車内には窓から乗り出す女の子とそれをいさめる若い母親(もしかして私と同じくらいの歳?)、重たそうなスポーツバックを床に置いて世間話に興じる男子中学生のグループ(いつも気になってるんだけど、あのバッグの中には何が詰まってるの?)。そして優先座席に腰かけて目を閉じる老夫婦(寝てるだけだよね?)
そして私の隣には蒼士。
はぁぁ……なんて、のどかな光景なんだろう。
のどか極まりない。
「おい、寝るのかよ?」
頭のすぐ上から降ってくる蒼士の声が子守唄に聞こえる。
「……まぁいいか。着いたら起こしてやるから」
「ふぁ~い」
私は安心しきって自分の頭を温かな肩に預けて目を閉じた。
――この時、私はまったく気づいていなかった。
春の陽気に微睡むのんきな私に向けられた寒々とした視線があったことに。
「いいですよー」
美味しいお酒をいただいて、すでにほろ酔い気味の私。鮫島さんに促されるまま、気持ちよく連絡先を交換する。
「朱莉。飲み過ぎんなよ」
そう呼びかけられて、声のした方に顔を向けると、眉間にシワを寄せた蒼士の不機嫌そうな表情が目に入った。
「蒼ちゃん、過保護だねー」
いかにも機嫌の悪そうな空気を隠せていない蒼士を面白がっているのか、鮫島さんが茶々を入れる。
「あれ。そういえば二人は付き合ってんの?」
白い方のはんぺんを頬張りながら、鮫島さんが蒼士と私を交互に見つめた。
わ。蒼士、なんて答えるんだろう?
「……鋭意交渉中です」
「何だよ、それ?」
蒼士のどっちつかずな答えに鮫島さんが笑った。
「ま、でも……それぐらいの時期がいちばん楽しいわな」
そう呟いた鮫島さんの横顔がふいに翳る。
なんだ、今の憂いを帯びた表情は。
大人の色気がダダ漏れなんですけど。
はんぺんを飲み込んだ拍子にゴクリと上下した喉ぼとけもやたらと色っぽい。
まぁ我々もすでにアラサーですからね。
もう十代の高校生ではないですから。そりゃ色々ありますわな、鮫島先輩も。
「堀ノ内さん。よかったら、これ飲んでみて。京都の蔵元さんから取り寄せてる日本酒なんだけど、スッキリしてて飲みやすいから」
「わぁ。いただきますー」
私がお猪口を差し出すと、すっかりいつもの調子に戻った鮫島さんがお酌をしてくれた。
至れり尽せり。
いいんだろうか……なんにも手伝ってないのに。
「ささ、じゃんじゃん飲んで」
ま、いっか。
たまにはこんな幸運な日があってもいいよね?
「朱莉、飲み過ぎんなよ」
「はは、蒼ちゃん、過保護ー」
このやり取り、何回目?
ま、いっか。
「今日もありがとな、蒼ちゃん」
宴もたけなわ。
まだ夕方にもなってないけど、鮫島さんはこれから店に行かないといけないらしく、お開きとなった。
「これ、余ったやつ持ってってー。堀ノ内さんも、また手伝いに来てよ」
鮫島さんは何の役にも立てていない私にも声をかけてくれる。
おまけに手土産のはんぺんまで持たせてくれた。
ふんふん♪
お腹も心も満たされた私は、なんだかふわふわとした良い気分で帰路についた。
蒼士とふたり、電車に乗りこむ。
土曜の夕方は人もまばらで、私たちは隣同士で座ることができた。
「ふふふ」
「……なに笑ってんだ?」
脈絡もなくニヤつく私に、蒼士が眉をひそめる。不審者を見る目だ。
「懐かしいなぁと思って。学生の頃もこうやって一緒に遊びに行ったよねー」
「……いや。それ、俺じゃないだろ? っていうか、誰との思い出なんだよ」
蒼士がちょっと膨れてる。
もしかしてヤキモチ?
「ふふふふふ」
「キモさが増してるぞ」
蒼士が腕組みしながら、眉間のシワをさらに深めた。うん、完全に不審者を見る目だね。
そういや、学生時代よく一緒に遊びに行ってたのは、みぃちゃんだったわ。あ、みぃちゃんっていうのは高校時代の親友・みなみちゃんのことね。
でも蒼士には敢えて言わないでおこう。
ふぁ~あ、なんか眠くなってきたなぁ。
春の夕方の車内は穏やかな春の陽気に包まれている。
車内には窓から乗り出す女の子とそれをいさめる若い母親(もしかして私と同じくらいの歳?)、重たそうなスポーツバックを床に置いて世間話に興じる男子中学生のグループ(いつも気になってるんだけど、あのバッグの中には何が詰まってるの?)。そして優先座席に腰かけて目を閉じる老夫婦(寝てるだけだよね?)
そして私の隣には蒼士。
はぁぁ……なんて、のどかな光景なんだろう。
のどか極まりない。
「おい、寝るのかよ?」
頭のすぐ上から降ってくる蒼士の声が子守唄に聞こえる。
「……まぁいいか。着いたら起こしてやるから」
「ふぁ~い」
私は安心しきって自分の頭を温かな肩に預けて目を閉じた。
――この時、私はまったく気づいていなかった。
春の陽気に微睡むのんきな私に向けられた寒々とした視線があったことに。
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