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(後日談)そして金曜日
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「はぁぁ~、疲れた」
リビングに着くなり、鴻上は大きな溜め息をついて、どさっとソファに倒れ込んだ。
「お疲れさまです。すみません、ご迷惑をおかけして……」
琴子は恐縮して頭を下げるしかなかった。
というのも、今日は営業二課の厄日だったのだ。
一ヶ月前に送ったはずの発注書が届いておらず商品が間に合わないかもしれないという驚愕のお報せにはじまり、つづいて先月依頼した見積りはいつになったら届くんだというクレーム。よくあると言えばよくあるミスが立て続けに発覚した。しかも後者の見積りの件は琴子が担当している取引先からのものだった。いつもはメールでやり取りしているのに、今日にかぎって電話が掛かってきた時点で嫌な予感はしたのだ。
「申し訳ございません。すぐにお送りいたしますので……」
お怒り気味のお客様に対して平謝りしながら、どうしてこんなことになったか……と首を捻る。問題となっている見積りならとっくに作成して担当営業の柿澤くんに渡しておいたはずなのに。
と思っていたら、どうやら柿澤が忘れていたらしい。
琴子はブチ切れそうになったが、彼はまだ二年目だ。自分がひと言「あの見積り送りました?」と声をかければよかったのかもしれない、と自省した。鴻上にも報告すると、
「あ? そんな甘やかさなくていいからな。柿澤には注意するように言っといたから」
鴻上は眉を下げて「咲坂さんは真面目だなぁ」と笑っていた。
「それにしても、疲れたな」
鴻上がソファにもたれながら、片手で目を覆った。
そう、鴻上課長はけっこう良い上司である。決して部下に丸投げして放置するような人ではないから、発注漏れの件に関しては担当者と一緒に駆けずり回って何とか間に合わせるように手配し、琴子のほうのクレームについても一緒に謝罪してくれたのだった。
おそらく今日はほとんど自分の仕事に手をつけられなかったに違いない。
「あーあ。ほんとは美味いもん食べて、酒も好きなだけ飲んで、そんで久しぶりにサキちゃんの足腰が立たなくなるまで抱きつぶそうと思ってたのにー」
疲れすぎて心の声が漏れている。
なんて物騒なことを考えているのだ。
「……欲望に忠実すぎませんか、それ」
琴子がスルーできずに突っ込むと、
「ごめんな、期待に応えられなくて。また明日、埋め合わせする」
鴻上が申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。
「あの、なにか誤解があるみたいなんですけど。私そんなに性欲旺盛じゃありませんから」
「うそつき。大好きなくせに……俺のカラダが」
渋い顔で物申した琴子に、鴻上が意地悪そうに笑ってみせるのだった。
「あれ? 課長?」
琴子がシャワーを浴びてリビングに戻ると、鴻上の姿はなかった。
「もう寝たのかな?」
琴子が寝室に入ると、案の定、鴻上がベッドの上で背中を丸めて眠っている。よほど疲れたのだろう。
「ほんとに寝ちゃったのか」
思わず口から漏れた本音に琴子はひとり赤面する。
まぁたしかに「まったく期待していなかった」と言えば、嘘になるかもしれない。
とは言え、さすがに疲労困憊の鴻上を起こしてまで抱かれたいとは思わない。
琴子はベッドに潜りこむと、鴻上の背中にくっつくようにして目を閉じた。温かな彼の体温が感じられて安心する。鴻上の静かな寝息が聞こえた。その音に耳を澄ませているうちに、琴子もゆるゆると心地良い眠りへと落ちていく。
もぞもぞ……。
「ぁ、ん……んん?」
琴子が違和感に気づいて目を覚ますと、後ろから伸びてきた手が琴子の胸をもにゅもにゅと揉みしだいていた。カーテンの隙間から覗く空はまだ薄暗い。琴子がされるがままでいると、その手の動きがどんどん大胆になっていって、揺さぶったり、揉みこんでみたり……琴子の乳房を好き勝手に捏ねくりまわしてくるではないか。
「……ちょっと。なに勝手に触ってるんですか」
ようやく状況を理解した琴子が低い声を出すと、
「でも目の前におっぱいがあったら触りたくなるよな。健全な男なら。んー、柔らかくって気持ちいい」
うっとりとした様子で鴻上がつぶやく。
勝手に人の胸の感触を堪能するな。
あと、健全な男の人でもおっぱいに興味のない人はいる。直人くんに謝れ。
「なぁなぁ、『課長、やめてください』って言ってみて」
「……なぜですか?」
「そのほうが興奮するから」
「……やめなくていいです」
「わかった。じゃあ続ける」
しまった!
でもこれじゃあ、どっちに転んでも行きつく答えは同じじゃないか?
「今日のサキちゃんは素直だねー」
やけに嬉しそうな鴻上は、そのまま琴子をくるんと仰向けにして覆い被さってくる。
「んぅ……」
ちゅ、ちゅと啄むように口付けられた。
じゃれ合うようなそのくちづけは少し物足りなくもあったけれど、大切に慈しまれているようで、琴子はなんだかムズムズしてしまう。
先に舌を絡ませたのは琴子のほうだった。鴻上も積極的に応えてくれるから、琴子の自尊心も満たされる。
直人くんのときはひとりで空回っていたな……。
ついそんなことを考えてしまったが、すぐに頭の中から追い払った。こんなときに、ほかの男のことを考えるなんて失礼すぎる。
琴子は鴻上とのキスに集中した。
やがて彼の唇が琴子の首筋から鎖骨をたどって胸元へと下りていく。鴻上のいたずらな舌はわざと中心を避けるように、その周りだけをべろべろと舐めまわしてきた。
――また焦らしてる。
琴子はもどかしくて堪らない。
直接刺激されないせいか、逆にその頂に向かって血が集まっていくのがわかる。ぷっくりと勃ちあがって、もう痛いくらいだ。
「ねぇ……」
琴子がついつい甘い声をあげると、鴻上がニヤリと笑う。
「わかってる、って」
鴻上はそう言うと、尖らした舌先で、ツン、ツン、と膨らんだその赤い蕾を突いた。
「あぁ……」
待ちかねていた刺激に琴子の腰が浮く。でも……。
「どうした? もの欲しそうな顔してる。これじゃ足りないか?」
鴻上の意地悪な問いかけに琴子は唇を尖らせた。
――言わせないでよ、そんなこと。
「ハハ、ごめんごめん」
小さく声を上げて笑った鴻上が、すっかり固く上向いたそれをぱくりと口に含んだ。しばらく舌先で転がしていたかと思うと、唾液を絡めてぢゅるぢゅると音を立てて吸い上げてくる。
「は、ぁ……っ、ん!」
強く吸いつかれて、琴子の喉から嬌声が迸る。
鴻上は片方の胸を舌で味わいながら、同時に、もう片方の胸を可愛いがることも忘れない。白く柔らかい肉塊を激しく揉みしだきながら、さらに指の先でグリグリと乳首を弄ぶ。
「もぅ、やだ……そこ、弱いの……」
――知ってるくせに。
琴子は恨めしく思った。
知ってるからこそ、鴻上は執拗に乳首を責めてくるのだろう。だけど、もうそろそろ……。
「そこだけじゃなく……て、」
琴子がお願いすると、胸元から顔を上げた鴻上が唾液を拭いながら、再びニヤリと笑ってみせる。
「あ……ぁ、んっ!」
鴻上の指がいきなり身体の中心にある敏感な芽に触れてくるもんだから、
「ん、あ……ぁ、やぁ……っ、あ」
琴子の口から溢れてくるのは言葉にならない喘ぎ声だけ。敏感なトコロを同時に責められて、身体が溶けてしまいそうだ。
「すごい濡れてる。トロトロだな」
――言わなくていいから、そんなこと。
琴子は思ったけれど、鴻上の指に責め立てられて、やっぱり言葉にならなかった。
すでに愛液に塗れたそこに、彼の長い指が挿し込まれる。ぐちゅぐちゅ、と膣内を掻きまわされて、いやらしい水音が部屋に響く。
「今日すごいな。サキちゃんのナカ……俺の指に絡みついてくる」
「も、ぅ……そんな、こと……言わなくて、いい……から! それより、はや……く」
鴻上から与えられる快感のせいで、琴子の目にはいつのまにか涙が溢れていて、瞬きをした拍子にこぼれ落ちてしまった。
「わかってる、って」
琴子の涙を優しく拭うと、鴻上は準備万端の自分自身を何度か馴染ませるように擦りつけてから、ぬぷりと琴子の蜜壺へと没入させた。
「あぁ、ふぅ……っ、んっ」
隘路を押し開くようにズブズブと侵入してくる鴻上に、琴子は身体中の血がざわめき立つのがわかった。
「あっ、あ、ァ、はぁ……あ、っん、ぁあ、ハ、ぁ」
馴染んだ男の抽送に合わせて、琴子の甘い声が止まらない。
「っ、サキちゃん……締めすぎ。ちょっと、抑えて……」
「そん、な……言われた、って……ム、リ……っ」
久しぶりの強烈な快感に琴子の身体が悦んでいた。身体が勝手にざわめくから、琴子の理性や思考なんて、とっくに置いてけぼりだ。
「あっ、あっ、ぁあ……っ!」
琴子の目の前でパチパチと光が弾ける。登りつめていた肉体が弛緩して、ゆるゆるとした快感と疲労感が広がっていく。
「ハァ、ハァ……サキちゃん」
脱力した鴻上が琴子を抱きしめた。彼女の頬に唇を寄せると、乾いた涙の跡を舐める。
「はぁ~……。やっと、」
捕まえた、と琴子の耳元で囁くと、鴻上は目を細めた。
その甘くて穏やかな視線がむず痒くて、琴子はなんだか落ち着かない。
「あ、あの! ちょっと考えてみたんですけど」
琴子は鴻上の視線から逃れるように横を向いて、別の話題を振った。
「鴻上琴子だと『こ』が多すぎる気がするんですよね」
琴子のこの発言に、
「ふぅん、前向きに検討してくれてるんだな」
鴻上はニンマリと微笑んだ。そして何かを考えるように自分の顎を撫でながら口を開く。
「……じゃあ、俺が婿に行くか。咲坂咲夜。でもそれだと『さ』が多すぎないか。しかも『咲』の字が二つもある。咲き咲きしすぎだろう」
「困りましたね」
「困ったな」
めずらしく意見の合ったふたりは顔を見合わせて笑った。
「まぁどっちでもいいや。それより、名前を理由に断るとかはダメだからな」
「……わかりました」
琴子は笑いをこらえながら答えて、布団を口元まで引っぱりあげた。
へへへ。
鴻上に見つからないように用心しながら、琴子はひっそりとこのくすぐったい幸福感を噛みしめたのだった。
「はぁぁ~、疲れた」
リビングに着くなり、鴻上は大きな溜め息をついて、どさっとソファに倒れ込んだ。
「お疲れさまです。すみません、ご迷惑をおかけして……」
琴子は恐縮して頭を下げるしかなかった。
というのも、今日は営業二課の厄日だったのだ。
一ヶ月前に送ったはずの発注書が届いておらず商品が間に合わないかもしれないという驚愕のお報せにはじまり、つづいて先月依頼した見積りはいつになったら届くんだというクレーム。よくあると言えばよくあるミスが立て続けに発覚した。しかも後者の見積りの件は琴子が担当している取引先からのものだった。いつもはメールでやり取りしているのに、今日にかぎって電話が掛かってきた時点で嫌な予感はしたのだ。
「申し訳ございません。すぐにお送りいたしますので……」
お怒り気味のお客様に対して平謝りしながら、どうしてこんなことになったか……と首を捻る。問題となっている見積りならとっくに作成して担当営業の柿澤くんに渡しておいたはずなのに。
と思っていたら、どうやら柿澤が忘れていたらしい。
琴子はブチ切れそうになったが、彼はまだ二年目だ。自分がひと言「あの見積り送りました?」と声をかければよかったのかもしれない、と自省した。鴻上にも報告すると、
「あ? そんな甘やかさなくていいからな。柿澤には注意するように言っといたから」
鴻上は眉を下げて「咲坂さんは真面目だなぁ」と笑っていた。
「それにしても、疲れたな」
鴻上がソファにもたれながら、片手で目を覆った。
そう、鴻上課長はけっこう良い上司である。決して部下に丸投げして放置するような人ではないから、発注漏れの件に関しては担当者と一緒に駆けずり回って何とか間に合わせるように手配し、琴子のほうのクレームについても一緒に謝罪してくれたのだった。
おそらく今日はほとんど自分の仕事に手をつけられなかったに違いない。
「あーあ。ほんとは美味いもん食べて、酒も好きなだけ飲んで、そんで久しぶりにサキちゃんの足腰が立たなくなるまで抱きつぶそうと思ってたのにー」
疲れすぎて心の声が漏れている。
なんて物騒なことを考えているのだ。
「……欲望に忠実すぎませんか、それ」
琴子がスルーできずに突っ込むと、
「ごめんな、期待に応えられなくて。また明日、埋め合わせする」
鴻上が申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。
「あの、なにか誤解があるみたいなんですけど。私そんなに性欲旺盛じゃありませんから」
「うそつき。大好きなくせに……俺のカラダが」
渋い顔で物申した琴子に、鴻上が意地悪そうに笑ってみせるのだった。
「あれ? 課長?」
琴子がシャワーを浴びてリビングに戻ると、鴻上の姿はなかった。
「もう寝たのかな?」
琴子が寝室に入ると、案の定、鴻上がベッドの上で背中を丸めて眠っている。よほど疲れたのだろう。
「ほんとに寝ちゃったのか」
思わず口から漏れた本音に琴子はひとり赤面する。
まぁたしかに「まったく期待していなかった」と言えば、嘘になるかもしれない。
とは言え、さすがに疲労困憊の鴻上を起こしてまで抱かれたいとは思わない。
琴子はベッドに潜りこむと、鴻上の背中にくっつくようにして目を閉じた。温かな彼の体温が感じられて安心する。鴻上の静かな寝息が聞こえた。その音に耳を澄ませているうちに、琴子もゆるゆると心地良い眠りへと落ちていく。
もぞもぞ……。
「ぁ、ん……んん?」
琴子が違和感に気づいて目を覚ますと、後ろから伸びてきた手が琴子の胸をもにゅもにゅと揉みしだいていた。カーテンの隙間から覗く空はまだ薄暗い。琴子がされるがままでいると、その手の動きがどんどん大胆になっていって、揺さぶったり、揉みこんでみたり……琴子の乳房を好き勝手に捏ねくりまわしてくるではないか。
「……ちょっと。なに勝手に触ってるんですか」
ようやく状況を理解した琴子が低い声を出すと、
「でも目の前におっぱいがあったら触りたくなるよな。健全な男なら。んー、柔らかくって気持ちいい」
うっとりとした様子で鴻上がつぶやく。
勝手に人の胸の感触を堪能するな。
あと、健全な男の人でもおっぱいに興味のない人はいる。直人くんに謝れ。
「なぁなぁ、『課長、やめてください』って言ってみて」
「……なぜですか?」
「そのほうが興奮するから」
「……やめなくていいです」
「わかった。じゃあ続ける」
しまった!
でもこれじゃあ、どっちに転んでも行きつく答えは同じじゃないか?
「今日のサキちゃんは素直だねー」
やけに嬉しそうな鴻上は、そのまま琴子をくるんと仰向けにして覆い被さってくる。
「んぅ……」
ちゅ、ちゅと啄むように口付けられた。
じゃれ合うようなそのくちづけは少し物足りなくもあったけれど、大切に慈しまれているようで、琴子はなんだかムズムズしてしまう。
先に舌を絡ませたのは琴子のほうだった。鴻上も積極的に応えてくれるから、琴子の自尊心も満たされる。
直人くんのときはひとりで空回っていたな……。
ついそんなことを考えてしまったが、すぐに頭の中から追い払った。こんなときに、ほかの男のことを考えるなんて失礼すぎる。
琴子は鴻上とのキスに集中した。
やがて彼の唇が琴子の首筋から鎖骨をたどって胸元へと下りていく。鴻上のいたずらな舌はわざと中心を避けるように、その周りだけをべろべろと舐めまわしてきた。
――また焦らしてる。
琴子はもどかしくて堪らない。
直接刺激されないせいか、逆にその頂に向かって血が集まっていくのがわかる。ぷっくりと勃ちあがって、もう痛いくらいだ。
「ねぇ……」
琴子がついつい甘い声をあげると、鴻上がニヤリと笑う。
「わかってる、って」
鴻上はそう言うと、尖らした舌先で、ツン、ツン、と膨らんだその赤い蕾を突いた。
「あぁ……」
待ちかねていた刺激に琴子の腰が浮く。でも……。
「どうした? もの欲しそうな顔してる。これじゃ足りないか?」
鴻上の意地悪な問いかけに琴子は唇を尖らせた。
――言わせないでよ、そんなこと。
「ハハ、ごめんごめん」
小さく声を上げて笑った鴻上が、すっかり固く上向いたそれをぱくりと口に含んだ。しばらく舌先で転がしていたかと思うと、唾液を絡めてぢゅるぢゅると音を立てて吸い上げてくる。
「は、ぁ……っ、ん!」
強く吸いつかれて、琴子の喉から嬌声が迸る。
鴻上は片方の胸を舌で味わいながら、同時に、もう片方の胸を可愛いがることも忘れない。白く柔らかい肉塊を激しく揉みしだきながら、さらに指の先でグリグリと乳首を弄ぶ。
「もぅ、やだ……そこ、弱いの……」
――知ってるくせに。
琴子は恨めしく思った。
知ってるからこそ、鴻上は執拗に乳首を責めてくるのだろう。だけど、もうそろそろ……。
「そこだけじゃなく……て、」
琴子がお願いすると、胸元から顔を上げた鴻上が唾液を拭いながら、再びニヤリと笑ってみせる。
「あ……ぁ、んっ!」
鴻上の指がいきなり身体の中心にある敏感な芽に触れてくるもんだから、
「ん、あ……ぁ、やぁ……っ、あ」
琴子の口から溢れてくるのは言葉にならない喘ぎ声だけ。敏感なトコロを同時に責められて、身体が溶けてしまいそうだ。
「すごい濡れてる。トロトロだな」
――言わなくていいから、そんなこと。
琴子は思ったけれど、鴻上の指に責め立てられて、やっぱり言葉にならなかった。
すでに愛液に塗れたそこに、彼の長い指が挿し込まれる。ぐちゅぐちゅ、と膣内を掻きまわされて、いやらしい水音が部屋に響く。
「今日すごいな。サキちゃんのナカ……俺の指に絡みついてくる」
「も、ぅ……そんな、こと……言わなくて、いい……から! それより、はや……く」
鴻上から与えられる快感のせいで、琴子の目にはいつのまにか涙が溢れていて、瞬きをした拍子にこぼれ落ちてしまった。
「わかってる、って」
琴子の涙を優しく拭うと、鴻上は準備万端の自分自身を何度か馴染ませるように擦りつけてから、ぬぷりと琴子の蜜壺へと没入させた。
「あぁ、ふぅ……っ、んっ」
隘路を押し開くようにズブズブと侵入してくる鴻上に、琴子は身体中の血がざわめき立つのがわかった。
「あっ、あ、ァ、はぁ……あ、っん、ぁあ、ハ、ぁ」
馴染んだ男の抽送に合わせて、琴子の甘い声が止まらない。
「っ、サキちゃん……締めすぎ。ちょっと、抑えて……」
「そん、な……言われた、って……ム、リ……っ」
久しぶりの強烈な快感に琴子の身体が悦んでいた。身体が勝手にざわめくから、琴子の理性や思考なんて、とっくに置いてけぼりだ。
「あっ、あっ、ぁあ……っ!」
琴子の目の前でパチパチと光が弾ける。登りつめていた肉体が弛緩して、ゆるゆるとした快感と疲労感が広がっていく。
「ハァ、ハァ……サキちゃん」
脱力した鴻上が琴子を抱きしめた。彼女の頬に唇を寄せると、乾いた涙の跡を舐める。
「はぁ~……。やっと、」
捕まえた、と琴子の耳元で囁くと、鴻上は目を細めた。
その甘くて穏やかな視線がむず痒くて、琴子はなんだか落ち着かない。
「あ、あの! ちょっと考えてみたんですけど」
琴子は鴻上の視線から逃れるように横を向いて、別の話題を振った。
「鴻上琴子だと『こ』が多すぎる気がするんですよね」
琴子のこの発言に、
「ふぅん、前向きに検討してくれてるんだな」
鴻上はニンマリと微笑んだ。そして何かを考えるように自分の顎を撫でながら口を開く。
「……じゃあ、俺が婿に行くか。咲坂咲夜。でもそれだと『さ』が多すぎないか。しかも『咲』の字が二つもある。咲き咲きしすぎだろう」
「困りましたね」
「困ったな」
めずらしく意見の合ったふたりは顔を見合わせて笑った。
「まぁどっちでもいいや。それより、名前を理由に断るとかはダメだからな」
「……わかりました」
琴子は笑いをこらえながら答えて、布団を口元まで引っぱりあげた。
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鴻上に見つからないように用心しながら、琴子はひっそりとこのくすぐったい幸福感を噛みしめたのだった。
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