「承知しました。」~業務命令により今夜もトロトロに焦らされています〜

スケキヨ

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52. 気になります

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 あまりの近さに驚いて琴子ことこ鴻上こうがみから距離を取ろうとした……が、鴻上の両手にしっかりと肩を掴まれているため、動けない。心臓の音までダイレクトに聞こえてきそうなほど間近に鴻上の胸があった。

「体調は? もう大丈夫なのか?」

 鴻上は首を傾けて心配そうに琴子の目を覗きこんだ。

「はい。もう大丈夫です、全然」

「そうか。それはよかった」

 鴻上は嬉しそうに相好を崩して、琴子の両頬をむにゅうとつねった。

「……あの。なんで、ほっぺた抓るんですか?」

「ん? なんかモチモチしてて触りたくなったから」

 鴻上は目を細めて琴子の頬をびろーんと伸ばして遊んだ。

小田桐おだぎりさんとは、ちゃんと話せたんだよな?」

「ひゃい」

「はい」と言ったつもりが、頬をつままれているせいで発音がおかしくなってしまった。それを聞いた鴻上が声を立てて笑うもんだから、琴子は上目遣いに彼を睨みつけた。

「ハハハ、ごめんごめん」

 鴻上が手を放すと、琴子の頬にじんわりとした熱が残った。琴子は自分の手のひらでその部分を軽く撫でてから、本題を切り出した。

中岡なかおかさんから聞いたんですけど。昨日、社長に呼ばれたんですよね。……なにか言われませんでしたか? その……私のことで」

 琴子が鴻上の顔色をうかがいながら恐る恐る尋ねると、鴻上は眉間にシワを寄せて、

「言われた」

 深刻そうな声でそう告げた。

「え、なんて!?」

 悪い予感が的中してしまった……!
 琴子が顔色をなくして問いただすと、鴻上がふっと表情を緩めた。

「シンガポールに行ってこい、だってさ」

「え、それって、まさか……」

 左遷……?
 琴子は動転した。だって転職してきたばかりの鴻上にいきなり海外出向の辞令なんておかしくない? その突然の人事異動はもしかして自分に関わったせい? 社長の機嫌を損ねたから? もしや懲罰人事……!? 琴子の頭の中を悪い想像ばかりが過ぎる。

「あの、すみません! 私に関わったせいで、こんなことになって……」

 琴子は腰を深く折り曲げて頭を下げた。

「んん? なんで咲坂さんが謝るんだ?」

 琴子の真剣な謝罪とは反対に、鴻上がごくごく軽い調子で返す。

「え、だって……私とのことで社長を怒らせて、それで海外に左遷されるんですよね?」

 琴子が狼狽えながら自分の憶測を述べると、

「は? ちがうちがう。なんでそんな話になるんだよ。別に左遷とかじゃないからな。だいたいシンガポールにも失礼だろうが」

 鴻上が笑いながら突っ込む。

「そもそも、そんな公私混同をする人なのか、小田桐社長は。私怨で社員を飛ばすような。もしそうだったら、俺は転職先を間違えたかもしれないな」

「いえ、あの、そんなことは……! 小田桐社長はそんな器の小さな人ではなかった……はず、です」

 琴子はしどろもどろで弁明する。
 そうだ、そんな人ではなかったはずだ。小田桐のおじさんは。いや、小田桐は。

「そんな慌てんなって。冗談だよ。大丈夫、ちゃんとわかってるから。それに、何もいますぐ飛べってわけじゃない。『年内には』ってとこかな? この話は俺が転職してくるときからあったんだ。もともと海外での仕事を希望してこの会社に移ってきたからさ」

「そう……なんですか。そっか、それならよかった」

 琴子はホッと胸を撫でおろす。
 鴻上は室内に並んでいる長テーブルに軽く手をついて身体をもたれかけさせた。長い脚を交差させている。リラックスしたようなその仕草に琴子の気分も軽くなる。

「まぁ社長には聞かれたけどな。『琴子ちゃんと付き合ってるのか?』って」

「……なんて答えたんですか?」

 琴子が尋ねると、鴻上はニヤッと笑う。

「気になる?」

 揶揄からかわれているのはわかっていたので素直に答えたくはなかった。しかし琴子はどうしても好奇心に勝てなくて――

「気になります」

 うっかり口にしてしまった。
 すると、鴻上がいっそう笑みを深めて「サキちゃんもようやく俺に興味持ってくれたんだね」と、それはそれは嬉しそうに言った。

「社長には『俺はそうしたいと思ってるんですけどねー。彼女がなかなか頷いてくれないんですよー』って言っといた。本当のことだろ?」

 鴻上に笑いかけられて、琴子は思わず俯いてしまう。
 なんだか顔が熱い。耳まで熱い。あれ、熱がぶり返した?
 いや、違う。これはきっとアレだ。鴻上からのあからさまな好意が受け止めきれなくて、身体が過剰反応してしまっているのだ、きっと。

「それでさ、ちょっと相談なんだけど」

 鴻上が急にあらたまった口調で話しはじめたので、琴子は顔の熱さを紛らわすように頬を軽く叩いてから顔を上げた。

「俺さ、年内にはシンガポールのほうに引っ越すことになると思う。期間は今のところ一年の予定だけど、もう少し伸びるかもしれない」

「そう……ですか」

 鴻上の話は琴子に少なからずショックを与えた。
 そうだ、鴻上がいなくなるんだ。
 シンガポールはそんなに遠い国ではないけれど、それでも今のように毎日顔を合わせることはなくなってしまうのだ。
 鴻上が「サクちゃん」だった頃のように気軽に肌を重ねることだって、当然できなくなる……。

 琴子は今さらながらその事実に気がついて黙り込んだ。
 薄暗い会議室が沈黙に包まれる。
 ブラインド明けたままにしておけばよかったな、と琴子が思っていると。

「一緒に来ないか?」

 鴻上の明るい声が会議室に響いた。


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