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42. 寝たこともあるの
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いつになく素っ気ない直人の返事に、琴子のアンテナが鋭く反応した。
友達? 友達? 友達?
「その友達って……もしかして新堂くん? 直人くんと新堂くんがすごく仲よさそうだった、って鴻上課長が言ってたけど」
琴子はもう一度、新堂の名前を出してみた。
「あぁ……まぁ、うん。同じ課の後輩だしね」
直人は言葉少なに答えると、カップを持ち上げて紅茶を啜りはじめた。どうやら直人がそれ以上新堂について語るつもりがないらしいことを察した琴子は、直人と同じように紅茶に口をつけた。静かな部屋にカップの触れるカチャカチャという音だけが小さく響く。
結局、あのゲーム機が新堂のモノなのかも聞きそびれた。まぁ誰のモノでもいいんだけれど、新堂がこの部屋に来たことがあるのかどうかは気になるところだ。
「……もしかして、新堂くんもこの部屋に遊びに来たりするの?」
琴子はまたまた新堂の名前を出した。
さすがにわざとらしいか?
いい加減しつこいと思われるかもしれない。
「どうした? 新堂、新堂って。そんなに新堂のことが気になる?」
案の定、直人が不審そうに琴子の顔を覗きこんできた。
たしかに新堂のことは気になる。ある意味、いま一番気になる存在だ。ただし、この場合の「気になる」の意味を直人くんがどこまで把握しているかは不透明である。
「もしかして……アイツのこと、気に入った?」
あぁ、やっぱり違う意味で解釈している……と、琴子は内心で焦った。
直人の口調は揶揄っているようでもあり、少し不機嫌そうでもある。
不機嫌そう?
もしかして妬いてる?
――え、誰に対して?
琴子の頭の中に次々と疑問が浮かんだ。琴子と直人が普通の恋人同士であるならば、琴子が他の男性に興味を示すことに対して「直人が相手の男にヤキモチを焼く」という構図が自然だろう。
そうであってくれたらいいが、琴子とて直人は長い付き合いである。残念ながら、彼がそんな反応をしないことは誰よりも承知している。だから、もし、いま彼が少なからず嫉妬めいた気持ちを抱いているとするならば、それはおそらく琴子に対してだろう。
新堂に興味を示す琴子に対して直人が敵意を感じている――その可能性は否定できない。……なんという泥沼展開。
琴子は顔の前で片手を振って、あわてて否定した。
「そんなことあるわけないでしょ。面白い子だな、とは思ったけど。だって、会社の飲み会でメロンソーダ飲んでるひと、初めて見たもん」
「メロンソーダ?」
「そう。新堂くんが懇親会のときに飲んでたの。エバンス部長の話も完全にスルーして」
直人の注意をそらすべく、琴子が懇親会のときのエピソードを持ち出すと――
「しょうがないなぁ……アイツは」
新堂の傍若無人ぶりを思い出したのか、直人が顔をクシャっと歪めて笑った。それは苦笑いのはずなのに、なぜか直人を取り巻く空気が一瞬ふわっと温かなものに変わった。少なくとも琴子にはそう思えた。そういう笑い方をする彼を見るのはすごく久しぶりで、琴子は思わず二度見してしまう。鼻筋にシワを寄せるその無邪気な笑い方……懐かしすぎる。
なんだろう。
この何とも言えないくすぐったい感じは。
大人になってからの直人くんからは感じたことのない、この甘酸っぱい空気は……。
直人の発した「アイツ」の言い方が、なんというか、もう……愛情に溢れまくっている気がして……琴子は泣きそうになった。
目に溜まった涙を見られないように、俯いて紅茶のカップに口をつける。赤く透きとおったそれはすでに冷めかけているようだった。
「そういえば、琴子は鴻上さんと仲いいんだろう? 新堂が言ってたけど」
感傷にふける琴子の様子にはお構いなしに、直人は平然とそんなことを聞いてくる。よりによって、なぜこのタイミングで鴻上の話題を出すのか。
――新堂はどこまで話したのだろう?
――あの写真は見せたんだろうか?
いろんな可能性が頭を過ぎって、琴子は言うべき言葉を見失う。「言い訳」は準備してきたはずなのに、頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまった。
そして――口が勝手に動いた。
「うん。課長とは仲いいよ。寝たこともあるの」
「……え?」
琴子の発言に、直人がきょとんと目を丸くした。
口に出してしまってから、琴子は「しまった」と後悔する。いきなり何てことを口走ってしまったのか。しかもいまの言い方だと「ただ一緒に横になったことがあるだけ」みたいに取られたかもしれない。それだけじゃないのに。
それにしても、直人くんがこんな風に素で驚いている顔を見るのは久しぶりだ。今日は直人のいろんな表情が見れるなぁ、と琴子はなんだか嬉しかった。同時に、その表情を引き出している「アイツ」が自分ではないことがツラかった。なぜか無性にもっともっと直人を驚かせたくなって、琴子はさらに言葉を継いだ。
「課長とはね、相性もすごくいいんだ」
「…………」
琴子のあけすけな物言いに、直人は眉間にシワを寄せて口を閉ざした。
友達? 友達? 友達?
「その友達って……もしかして新堂くん? 直人くんと新堂くんがすごく仲よさそうだった、って鴻上課長が言ってたけど」
琴子はもう一度、新堂の名前を出してみた。
「あぁ……まぁ、うん。同じ課の後輩だしね」
直人は言葉少なに答えると、カップを持ち上げて紅茶を啜りはじめた。どうやら直人がそれ以上新堂について語るつもりがないらしいことを察した琴子は、直人と同じように紅茶に口をつけた。静かな部屋にカップの触れるカチャカチャという音だけが小さく響く。
結局、あのゲーム機が新堂のモノなのかも聞きそびれた。まぁ誰のモノでもいいんだけれど、新堂がこの部屋に来たことがあるのかどうかは気になるところだ。
「……もしかして、新堂くんもこの部屋に遊びに来たりするの?」
琴子はまたまた新堂の名前を出した。
さすがにわざとらしいか?
いい加減しつこいと思われるかもしれない。
「どうした? 新堂、新堂って。そんなに新堂のことが気になる?」
案の定、直人が不審そうに琴子の顔を覗きこんできた。
たしかに新堂のことは気になる。ある意味、いま一番気になる存在だ。ただし、この場合の「気になる」の意味を直人くんがどこまで把握しているかは不透明である。
「もしかして……アイツのこと、気に入った?」
あぁ、やっぱり違う意味で解釈している……と、琴子は内心で焦った。
直人の口調は揶揄っているようでもあり、少し不機嫌そうでもある。
不機嫌そう?
もしかして妬いてる?
――え、誰に対して?
琴子の頭の中に次々と疑問が浮かんだ。琴子と直人が普通の恋人同士であるならば、琴子が他の男性に興味を示すことに対して「直人が相手の男にヤキモチを焼く」という構図が自然だろう。
そうであってくれたらいいが、琴子とて直人は長い付き合いである。残念ながら、彼がそんな反応をしないことは誰よりも承知している。だから、もし、いま彼が少なからず嫉妬めいた気持ちを抱いているとするならば、それはおそらく琴子に対してだろう。
新堂に興味を示す琴子に対して直人が敵意を感じている――その可能性は否定できない。……なんという泥沼展開。
琴子は顔の前で片手を振って、あわてて否定した。
「そんなことあるわけないでしょ。面白い子だな、とは思ったけど。だって、会社の飲み会でメロンソーダ飲んでるひと、初めて見たもん」
「メロンソーダ?」
「そう。新堂くんが懇親会のときに飲んでたの。エバンス部長の話も完全にスルーして」
直人の注意をそらすべく、琴子が懇親会のときのエピソードを持ち出すと――
「しょうがないなぁ……アイツは」
新堂の傍若無人ぶりを思い出したのか、直人が顔をクシャっと歪めて笑った。それは苦笑いのはずなのに、なぜか直人を取り巻く空気が一瞬ふわっと温かなものに変わった。少なくとも琴子にはそう思えた。そういう笑い方をする彼を見るのはすごく久しぶりで、琴子は思わず二度見してしまう。鼻筋にシワを寄せるその無邪気な笑い方……懐かしすぎる。
なんだろう。
この何とも言えないくすぐったい感じは。
大人になってからの直人くんからは感じたことのない、この甘酸っぱい空気は……。
直人の発した「アイツ」の言い方が、なんというか、もう……愛情に溢れまくっている気がして……琴子は泣きそうになった。
目に溜まった涙を見られないように、俯いて紅茶のカップに口をつける。赤く透きとおったそれはすでに冷めかけているようだった。
「そういえば、琴子は鴻上さんと仲いいんだろう? 新堂が言ってたけど」
感傷にふける琴子の様子にはお構いなしに、直人は平然とそんなことを聞いてくる。よりによって、なぜこのタイミングで鴻上の話題を出すのか。
――新堂はどこまで話したのだろう?
――あの写真は見せたんだろうか?
いろんな可能性が頭を過ぎって、琴子は言うべき言葉を見失う。「言い訳」は準備してきたはずなのに、頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまった。
そして――口が勝手に動いた。
「うん。課長とは仲いいよ。寝たこともあるの」
「……え?」
琴子の発言に、直人がきょとんと目を丸くした。
口に出してしまってから、琴子は「しまった」と後悔する。いきなり何てことを口走ってしまったのか。しかもいまの言い方だと「ただ一緒に横になったことがあるだけ」みたいに取られたかもしれない。それだけじゃないのに。
それにしても、直人くんがこんな風に素で驚いている顔を見るのは久しぶりだ。今日は直人のいろんな表情が見れるなぁ、と琴子はなんだか嬉しかった。同時に、その表情を引き出している「アイツ」が自分ではないことがツラかった。なぜか無性にもっともっと直人を驚かせたくなって、琴子はさらに言葉を継いだ。
「課長とはね、相性もすごくいいんだ」
「…………」
琴子のあけすけな物言いに、直人は眉間にシワを寄せて口を閉ざした。
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