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41. 友達が忘れていったんだ
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「久しぶりだね、琴子がうちに来るの」
突然の訪問にも直人は嫌な顔ひとつしないで対応してくれる。
琴子が彼の部屋を訪れるのは何年ぶりだろう?
一年は経っていないと思うけれど、それが結婚も意識している男女としては極端に少ない頻度であろうことはさすがに琴子でもわかった。さらに告白すると、実は数えるほどしか訪れたことがない。この部屋には。
あらためて考えてみると、ここ数年間、直人とふたりきで会う回数より、鴻上課長(サクちゃん)と会っていた回数のほうが多かったんじゃないだろうか。なんということ……これでは煩悩の塊ではないか! 琴子はあらためて反省する。
「はい、どうぞ」
直人が紅茶を出してくれた。
表面がガラスになっているローテーブルの上に二人分のカップとティーポットを置くと、直人は琴子からテーブルを挟んだ斜向かいに腰を下ろす。
「ありがとう」
琴子は礼を言ってカップに口を付けた。直人の部屋を訪れると、彼はいつも紅茶を淹れてくれるのだ。ティーバッグではないやつを。味はいつも違うのだが、今日はのどごしがスッキリとした柑橘系フレーバーのようだった。
直人は会社から三駅ほど離れた場所にある単身者用マンションにひとりで暮らしている。もちろん会社の近くに実家もあるのだが、自立のために敢えてそうしているらしい。小田桐の家もなにも何代もつづく名家というわけではない。琴子の父親もそうだが、直人の父親も元は普通の会社員だった。いまでこそ社長やら重役やらという地位に就いてはいるが、子育ての感覚はいたって庶民的である。もうすぐ三十になる息子のひとり暮らしを反対するようなこともない。
琴子は久しぶりに訪れた彼の部屋を見まわした。
黒を基調とした小ざっぱりとした室内は前回来たときとほとんど変わっていないように見える。相変わらず無駄なものがないし、ほどほどに片付いている。鴻上の部屋と比べると「少し寒々しいかも」と琴子はつい思った。
久しぶりに訪れた婚約者の部屋。普通なら他の女の影をさがすところだが……ピアスとかメイク落としとか。しかし今回の相手は女ではなく……男である。男の部屋で男の影を探すのは難しい。いくら新堂の見た目が中性的だからといっても、まさかアクセサリーやら化粧品などをこれ見よがしに残していくわけもないだろうし。
「今日はどうしたの? いきなり会いたいなんて」
直人に呼びかけられて、琴子は慌てて姿勢を正した。あからさまにキョロキョロと他人の部屋を嗅ぎまわるような行為はさすがに挙動不審だったかもしれない、と琴子は本日二度目の反省をした。
「あ、うん、そうだった。実はこのあいだ名古屋に出張で行ってきたから……これ、お土産」
琴子はバッグの中からおもむろに一本の『つけてみそかけてみそ』を取り出すと、直人の前に差し出した。
『つけてみそかけてみそ』は赤味噌をチューブ式の容器に収めた商品で味噌をケチャップ感覚で使用できる優れモノである。おでんや田楽、トンカツにかけるのがオススメだ。たこ焼きやお好み焼きにかけてもいいらしいが、それだと完全に『おたふくソース』ではないか、と琴子はその使い方に対しては疑念を抱いている。
ぶっちゃけ、いまどき通販でも簡単に手に入るのでわざわざ名古屋で買う必要もないけれど、逆に名古屋に行ったときでもないと手に取らない商品でもある。味噌は嫌いではないが、残念ながら常に持ち歩きたいと思うほど好きではないからだ。
今日は直人に会う口実として、自分用に買ったものを一本持ってきた。
「おぉ、ありがとう」
直人はきれいな笑顔を浮かべて礼を言ってくれた。白い歯がまぶしいが、本当に喜んでいるかは謎である。
「そういえば経営企画の人も来てたよ。麻生さんと……新堂くん」
琴子はここで敢えて新堂の名前を出して直人の反応をうかがった。もし彼とナニかあれば、なんらかの反応を示すかもしれない。
「あぁ、聞いたよ。日帰りの予定が泊まりになったんだって? 大変だったね」
そう労ってくれた直人には、とくに変わった様子もない。さすがのポーカーフェイスだ。
それにしても新堂のヤツは一体なにをどこまでどんな風に報告しているのか?
あの写真を見られることは構わないが、説明の仕方が変わってくるから注意せねば……と、琴子は気を引き締める。
「……うん、私も本当は日帰りの予定だったんだけど。懇親会で飲み過ぎちゃって、おまけにお店にスマホを忘れて取りに戻ったら、新幹線の最終を逃しちゃって」
「懇親会? あぁ、エバンス部長か。あの人、酒が入るといつも以上に陽気になるからなぁ。話が止まらなかったんだろう?」
直人は名古屋のエバンス部長とも面識があるのか、遠くを見つめて懐かしそうに笑っている。
――よかった、とくに怪しまれていない。
琴子は直人の注意がエバンス部長に向かったことに胸を撫で下ろした。
「ほんと、エバンス部長って面白い人だねぇ。なんか小倉トーストへの愛を真剣に語ってらしたけど……」
直人の話に合わせて口を開いたところで、琴子の目にあるモノが映った。
壁に沿って置かれたローボード。テーブルと揃えられた光沢のある黒い台座にガラスの戸が嵌っているその上にぽつんと置かれているのはゲーム機だった。左右にコントローラが付いたタイプのその機体をこの部屋で目にするのはたしか初めてのはずだ。
琴子は四つん這いのまま絨毯の上をローボードまで這っていくと、そのゲーム機を手に取った。
「めずらしい。直人くん、ゲームするんだ? 子供の頃はよく一緒にやったけど、最近は全然やってなかったよね?」
「あぁ……それ。友達が忘れていったんだ。僕はあんまりやらないから」
「久しぶりだね、琴子がうちに来るの」
突然の訪問にも直人は嫌な顔ひとつしないで対応してくれる。
琴子が彼の部屋を訪れるのは何年ぶりだろう?
一年は経っていないと思うけれど、それが結婚も意識している男女としては極端に少ない頻度であろうことはさすがに琴子でもわかった。さらに告白すると、実は数えるほどしか訪れたことがない。この部屋には。
あらためて考えてみると、ここ数年間、直人とふたりきで会う回数より、鴻上課長(サクちゃん)と会っていた回数のほうが多かったんじゃないだろうか。なんということ……これでは煩悩の塊ではないか! 琴子はあらためて反省する。
「はい、どうぞ」
直人が紅茶を出してくれた。
表面がガラスになっているローテーブルの上に二人分のカップとティーポットを置くと、直人は琴子からテーブルを挟んだ斜向かいに腰を下ろす。
「ありがとう」
琴子は礼を言ってカップに口を付けた。直人の部屋を訪れると、彼はいつも紅茶を淹れてくれるのだ。ティーバッグではないやつを。味はいつも違うのだが、今日はのどごしがスッキリとした柑橘系フレーバーのようだった。
直人は会社から三駅ほど離れた場所にある単身者用マンションにひとりで暮らしている。もちろん会社の近くに実家もあるのだが、自立のために敢えてそうしているらしい。小田桐の家もなにも何代もつづく名家というわけではない。琴子の父親もそうだが、直人の父親も元は普通の会社員だった。いまでこそ社長やら重役やらという地位に就いてはいるが、子育ての感覚はいたって庶民的である。もうすぐ三十になる息子のひとり暮らしを反対するようなこともない。
琴子は久しぶりに訪れた彼の部屋を見まわした。
黒を基調とした小ざっぱりとした室内は前回来たときとほとんど変わっていないように見える。相変わらず無駄なものがないし、ほどほどに片付いている。鴻上の部屋と比べると「少し寒々しいかも」と琴子はつい思った。
久しぶりに訪れた婚約者の部屋。普通なら他の女の影をさがすところだが……ピアスとかメイク落としとか。しかし今回の相手は女ではなく……男である。男の部屋で男の影を探すのは難しい。いくら新堂の見た目が中性的だからといっても、まさかアクセサリーやら化粧品などをこれ見よがしに残していくわけもないだろうし。
「今日はどうしたの? いきなり会いたいなんて」
直人に呼びかけられて、琴子は慌てて姿勢を正した。あからさまにキョロキョロと他人の部屋を嗅ぎまわるような行為はさすがに挙動不審だったかもしれない、と琴子は本日二度目の反省をした。
「あ、うん、そうだった。実はこのあいだ名古屋に出張で行ってきたから……これ、お土産」
琴子はバッグの中からおもむろに一本の『つけてみそかけてみそ』を取り出すと、直人の前に差し出した。
『つけてみそかけてみそ』は赤味噌をチューブ式の容器に収めた商品で味噌をケチャップ感覚で使用できる優れモノである。おでんや田楽、トンカツにかけるのがオススメだ。たこ焼きやお好み焼きにかけてもいいらしいが、それだと完全に『おたふくソース』ではないか、と琴子はその使い方に対しては疑念を抱いている。
ぶっちゃけ、いまどき通販でも簡単に手に入るのでわざわざ名古屋で買う必要もないけれど、逆に名古屋に行ったときでもないと手に取らない商品でもある。味噌は嫌いではないが、残念ながら常に持ち歩きたいと思うほど好きではないからだ。
今日は直人に会う口実として、自分用に買ったものを一本持ってきた。
「おぉ、ありがとう」
直人はきれいな笑顔を浮かべて礼を言ってくれた。白い歯がまぶしいが、本当に喜んでいるかは謎である。
「そういえば経営企画の人も来てたよ。麻生さんと……新堂くん」
琴子はここで敢えて新堂の名前を出して直人の反応をうかがった。もし彼とナニかあれば、なんらかの反応を示すかもしれない。
「あぁ、聞いたよ。日帰りの予定が泊まりになったんだって? 大変だったね」
そう労ってくれた直人には、とくに変わった様子もない。さすがのポーカーフェイスだ。
それにしても新堂のヤツは一体なにをどこまでどんな風に報告しているのか?
あの写真を見られることは構わないが、説明の仕方が変わってくるから注意せねば……と、琴子は気を引き締める。
「……うん、私も本当は日帰りの予定だったんだけど。懇親会で飲み過ぎちゃって、おまけにお店にスマホを忘れて取りに戻ったら、新幹線の最終を逃しちゃって」
「懇親会? あぁ、エバンス部長か。あの人、酒が入るといつも以上に陽気になるからなぁ。話が止まらなかったんだろう?」
直人は名古屋のエバンス部長とも面識があるのか、遠くを見つめて懐かしそうに笑っている。
――よかった、とくに怪しまれていない。
琴子は直人の注意がエバンス部長に向かったことに胸を撫で下ろした。
「ほんと、エバンス部長って面白い人だねぇ。なんか小倉トーストへの愛を真剣に語ってらしたけど……」
直人の話に合わせて口を開いたところで、琴子の目にあるモノが映った。
壁に沿って置かれたローボード。テーブルと揃えられた光沢のある黒い台座にガラスの戸が嵌っているその上にぽつんと置かれているのはゲーム機だった。左右にコントローラが付いたタイプのその機体をこの部屋で目にするのはたしか初めてのはずだ。
琴子は四つん這いのまま絨毯の上をローボードまで這っていくと、そのゲーム機を手に取った。
「めずらしい。直人くん、ゲームするんだ? 子供の頃はよく一緒にやったけど、最近は全然やってなかったよね?」
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