「承知しました。」~業務命令により今夜もトロトロに焦らされています〜

スケキヨ

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39. 僕は好きです

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「そうですよ。僕が送りました」

 新堂しんどうは拍子抜けするぐらいあっさりと犯行を自白した。
 彼の様子があまりにも淡々として常と変わらないものだから、琴子ことこ鴻上こうがみは思わず顔を見合わせてしまう。

 月曜日。
 琴子たちは新堂を呼び出していた。
 営業部の入っているフロアに設けられた小会議室。パーテーションで区切っただけの簡易ミーティングスペースではなく、ちゃんと鍵がかけられるタイプの部屋だ。
 呼び出した名目は先日の名古屋出張の「反省会」とかなんとか、明らかに適当だったにも関わらず、彼は素直にやって来た。

「先週いきなり昼ごはんに誘われたときから気づいてましたよ。あぁもうバレたのか……と」

 長テーブルの端っこに腰を下ろした新堂は、いささかも悪びれることなく、むしろ薄っすらと笑みすら浮かべている。

 鴻上と琴子は彼と向かい合う形で、テーブルの反対側の端に隣り合って座っていた。それこそ何かの「尋問」でも始まるかのような薄暗い雰囲気が漂っている。

「理由を聞いてもいいか? あのメールを送ってきた理由を」

 両腕を組んで眉間に皺を寄せた鴻上が新堂に向かって口を開いた。

「理由もなにも、そのままの意味です。メールに書いた文章をそのまま解釈していただければ結構です」

 新堂は鴻上の目をまっすぐに見据えて言った。

「『咲坂さきさかさんと小田桐おだぎりさんを結婚させるな』だったな。俺にふたりの邪魔をしろ、というわけか? 俺としては、他人をアテにしないで自分でやれよ、と言いたいんだが……」

 鴻上が棘のある言い方をすると、新堂が目線を落として呟いた。

「やれるものなら、やってます」

 新堂の低い声がさらに低く響く。

「私のほうには『小田桐おだぎり直人なおとを解放しろ』って書いてあったよね。あれはどういう意味?『直人くんとの結婚は諦めろ』ってこと?」

 琴子は新堂の様子を伺いながら、探るように聞いた。
 あのメールが届いて以来ずっと「解放しろ」の意味を考えていた。
 琴子としては、直人を縛りつけているつもりは毛頭ない。
 結婚の話にしても、双方の親たちの意思で決まったもので、琴子がワガママを通したわけではない。直人だって別に嫌がっているようにも見えない。むしろ琴子よりも前向きに受け入れている気配すらある。

 だから、新堂くんの言う「解放」が何を指しているのか、琴子に何をさせたがっているのか……確かめたいと思っていた。

「咲坂さんのことは気になってたんです」

「……へ?」

 新堂の言葉に、琴子は思わず間の抜けた声を上げてしまう。
 一体どういう意味の「気になる」なのか。
 名古屋での懇親会のときも、彼からは妙な視線を感じてはいたけれど。

「咲坂さんは小田桐さんのこと、好きですか?」

「……いきなり、なんの質問」

「僕は好きです」

 琴子の言葉を遮って、新堂がキッパリと告げた。

 鴻上から話を聞いてはいたものの、まさか本当に本人の口から聞かされることになるとは思っていなかった。琴子は口を開けたままの姿勢で固まる。広くはない会議室に静寂が流れた。

「確認したいんだけど」

 沈黙を破ったのは鴻上だった。

「新堂くんが小田桐さんを好きなことはわかった。というか、見ればわかる。でも小田桐さんはどうなんだろう? 当人の気持ちを無視して勝手なことをするのはよくないと思うけど」

 鴻上は管理職らしい失敗した部下に何がまずかったのかを教え諭すかのような口調で問いかけた。

 新堂がフッと笑う。

「小田桐さんもまんざらじゃないと思いますよ。キスだってしたことあるし」

「な……っ!」

 新堂のぶっちゃけた発言に琴子は絶句した。
 隣では鴻上が困ったように額に手を添えている。

「もちろん小田桐さんの口から直接言われたことはありませんよ。だってそういう人じゃないですか、小田桐さんって。周りを気にして、周囲の人間の気持ちを優先させて、自分から本心を言い出すことなんてしない。そういう人だって、咲坂さんなら知ってますよね?」

「…………」

 ふいに話を振られて、琴子はうまく返せずに黙り込んだ。

「そうやって自分の性的指向なんて絶対に明かさないまま、黙って咲坂さんと結婚するんですよ、きっと。だってそれがいちばん丸く収まりますから。普通に女の人と結婚して、孫でもできれば、社長も喜ぶんだろうし……」

 新堂はそこまで言うと口を閉ざして、一瞬だけ顔を大きく歪めた。その表情がいまにも泣き出しそうに見えて、琴子は言おうとしていた言葉を飲み込んだ。

「小田桐さんは言えないでしょう? 自分の本音とか願望とか。そうやって自分を隠したまま一生を過ごすんですよ。そんなの、耐えられないです……僕が」

 絞り出すようにそう告げた新堂が悔しそうに唇を噛みしめている。

 いつもは無表情な彼が見せる多彩な面持ちに、琴子は驚いていた。
 なかでも衝撃だったのが、新堂から見た直人の評価が自分のそれとまったく同じであったことだ。
 だからこそ、琴子は悟らずにはいられなかった。

 ――彼が本当に直人くんのことを想っている、ということを。

 琴子がそんな風に思いながら新堂を見つめていると、彼が顔を上げて琴子の目を見返した。

「だから、咲坂さんの力で、小田桐さんを解放してあげてくれませんか」



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