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27. やっぱり我慢できない
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ゆらりと目の前が暗くなって琴子は小さく悲鳴を上げた。自分の頬が何か熱いものに当たっている。それが鴻上の胸だと気づいて、琴子は彼に抱きすくめられていることを知った。
「なんかいい匂いがする」
琴子の首元に顔を埋めてセクハラ感満載の発言をする鴻上。くんくん、と鼻をひくつかせて琴子の髪の匂いを嗅いでいる。
「なに気持ち悪いこと言ってるんですか。いい匂いなんてしません。ホテルのシャンプーとリンス使っただけですから。なんなら、課長が使ったのと同じはずですよ」
「おんなじ匂いかぁ……。なんか興奮するな」
「……気持ち悪いこと言わないでください。それより、」
琴子は黒目をキョロキョロと動かして周囲の様子を伺った。ここはホテルの通路なのだ。時間も遅いせいか、琴子たち以外に人の気配は感じないが、いつ誰が通ってもおかしくはない。
「離してください」
琴子が固い声で言うと、
「うーん……もうちょっとだけ」
鴻上は甘えるように言って声で琴子の背中にまわした腕にいっそう力を込めた。
――やめてください。
――はやく離してください。
――誰かに見られたらどうするんですか?
いま言わなければいけない台詞はいくつも浮かんでくるのに、琴子はそれらを口にすることができないでいた。
「……ほんとは今夜、サキちゃんのこと無理やり連れ込んでやろうかと思ってた」
「え……」
鴻上のあけすけな告白に、琴子は二の句が継げない。
「そしたら、なんだかんだ言っても最後は俺に靡くんじゃないかと思った。だってさ……サキちゃん、結局、俺のこと好きでしょ?」
「…………」
「あ、違う。言い間違えた。えーと、正しくは、なんだかんだ言ってもサキちゃんは好きでしょ?……俺のカラダが」
「っ……!」
琴子は息を飲んだ。
鴻上の言ったことは――図星だったから。
温かい……というより熱いくらいの彼の体温は心地よい。胸元から立ち昇るその匂いにクラクラする。琴子はすでにその身体から与えられる快感の味を知っている。この先を知ってしまっているから、身体が勝手に期待しはじめている。鴻上の……いや、サクちゃんの愛撫を。サクちゃんの熱杭を。
身体だけが勝手に。琴子の思考は置き去りにして――。
「でもさっき泣いてたから。他の男を想って泣いてる女の子を抱くのはさすがにダメだろ?」
ここは頷くのが正解だと、琴子はわかっていた。わかっていたけれど、身体が動かなかった。
だって――直人くんは与えてくれない。直人が与えてくれないものを、鴻上は与えてくれる。
「でもさ……」
先に口を開いたのは鴻上だった。
「やっぱり我慢できない」
琴子の耳元で囁くと、そのまま耳の輪郭をなぞるように舌を這わせた。
「んっ……ぁ」
温かく、ぬめぬめとした刺激に、琴子のこわばっていた身体が一気に緩む。力が抜けて、思わず目の前にある鴻上の胸に手を置いた。
鴻上の舌が立てるピチャピチャ、という水音が人気のない通路に響く。
「ちょっ……だめです。こんな、トコ……で」
「こんなトコ、じゃなければいいのか?」
鴻上がクスッと笑いながら息を吹きかけた。そのうち琴子の背中に回されていた手が背骨をなぞるように下りていき、臀部の膨らみを撫ではじめた。浴衣の生地が薄いせいで、鴻上の手のひらのぬくもりが生々しく感じられる。揉みほぐされるようにして触れられた部分からむずむずと湧き上がってくる欲望に、琴子は震えた。
「やっ……」
やばい。
本当にやばい。
何が「やばい」って、「やめてほしいと思っていないこと」がやばい。
「本当にイヤなら、突き飛ばしていいからな……サキちゃん」
鴻上が耳元で囁いた。
「っ……!」
彼の胸元に置いた手を力を込めて、この男の身体から離れようと思うのに……全然、力が入らない。
むしろ、体中が叫んでる。
離れたくない、って。もっと触って……って。お尻だけじゃなくて、他のトコロも、もっと。もっと。もっと。
頭の中では「やばいやばい」と警鐘が鳴り響いているのに、身体のほうは「もっともっと」と叫びまくっている。理性と本能のせめぎ合いに、琴子はどうしていいかわからない。
「……サキちゃん」
熱い息とともに耳元でその名を囁かれて、琴子はついに鴻上の首ねっこに自分の腕をまわしてしがみついてしまった。
――だめだ、私。
琴子はあきらめた。
だめだ、抗えない。この男には……。
鴻上が琴子の耳元から顔を離して、琴子の顔を見下ろした。
琴子も顔を上げて鴻上を見つめる。自分でも目が潤んでいるのがわかった。その涙がラーメン屋で流したものとはまったく違う種類のものであることもわかっていた。
どちらからともなく二人の距離が縮まっていく。
「あ、の……」
琴子がそれでも最後の抵抗を試みようと口を開いたが、鴻上の動きが止まることはない。それどころか、いつのまにか琴子の両肩ががっちりと鴻上の手に掴まれていた。身をかがめて距離を詰める鴻上の吐息が琴子の唇を掠めたとき――
廊下の端っこにあるエレベーターがチン、と音を立てた。
反射的に離れる二人。
エレベーターからはビジネスマンらしき男性が一人降りてきて、琴子たちのいる場所まで来ることなく、部屋の中へと消えていった。
「……ごめん、悪ノリしすぎた」
鴻上はそう言うと、きまり悪そうに下を向いて頭を掻いた。
「いえ、あの、えーと……すみません、私の方こそ」
内心の動揺、というか落胆をなんとか取り繕うと、琴子は取ってつけたような動作で浴衣の前を合わせなおした。身体の奥に灯った熱がまだチロチロと燃えていたが、気力を振り絞って気づかないフリをした。
「咲坂さん、今日はごめん。明日の朝はゆっくりでいいからな」
鴻上が「咲坂さん」と呼んだ。
ということは……今日はこれで終わり、だ。
「はい、あの、おやすみなさい。お疲れ様でした」
いつもより深く頭を下げて一気にそれだけ言うと、逃げるように琴子は自分の部屋へと戻った。
いまの自分はきっと無様なくらい物欲しそうな顔をしているに違いない――。
琴子はそう思ったけれど、簡単には抑えられそうにもなかった。
「なんかいい匂いがする」
琴子の首元に顔を埋めてセクハラ感満載の発言をする鴻上。くんくん、と鼻をひくつかせて琴子の髪の匂いを嗅いでいる。
「なに気持ち悪いこと言ってるんですか。いい匂いなんてしません。ホテルのシャンプーとリンス使っただけですから。なんなら、課長が使ったのと同じはずですよ」
「おんなじ匂いかぁ……。なんか興奮するな」
「……気持ち悪いこと言わないでください。それより、」
琴子は黒目をキョロキョロと動かして周囲の様子を伺った。ここはホテルの通路なのだ。時間も遅いせいか、琴子たち以外に人の気配は感じないが、いつ誰が通ってもおかしくはない。
「離してください」
琴子が固い声で言うと、
「うーん……もうちょっとだけ」
鴻上は甘えるように言って声で琴子の背中にまわした腕にいっそう力を込めた。
――やめてください。
――はやく離してください。
――誰かに見られたらどうするんですか?
いま言わなければいけない台詞はいくつも浮かんでくるのに、琴子はそれらを口にすることができないでいた。
「……ほんとは今夜、サキちゃんのこと無理やり連れ込んでやろうかと思ってた」
「え……」
鴻上のあけすけな告白に、琴子は二の句が継げない。
「そしたら、なんだかんだ言っても最後は俺に靡くんじゃないかと思った。だってさ……サキちゃん、結局、俺のこと好きでしょ?」
「…………」
「あ、違う。言い間違えた。えーと、正しくは、なんだかんだ言ってもサキちゃんは好きでしょ?……俺のカラダが」
「っ……!」
琴子は息を飲んだ。
鴻上の言ったことは――図星だったから。
温かい……というより熱いくらいの彼の体温は心地よい。胸元から立ち昇るその匂いにクラクラする。琴子はすでにその身体から与えられる快感の味を知っている。この先を知ってしまっているから、身体が勝手に期待しはじめている。鴻上の……いや、サクちゃんの愛撫を。サクちゃんの熱杭を。
身体だけが勝手に。琴子の思考は置き去りにして――。
「でもさっき泣いてたから。他の男を想って泣いてる女の子を抱くのはさすがにダメだろ?」
ここは頷くのが正解だと、琴子はわかっていた。わかっていたけれど、身体が動かなかった。
だって――直人くんは与えてくれない。直人が与えてくれないものを、鴻上は与えてくれる。
「でもさ……」
先に口を開いたのは鴻上だった。
「やっぱり我慢できない」
琴子の耳元で囁くと、そのまま耳の輪郭をなぞるように舌を這わせた。
「んっ……ぁ」
温かく、ぬめぬめとした刺激に、琴子のこわばっていた身体が一気に緩む。力が抜けて、思わず目の前にある鴻上の胸に手を置いた。
鴻上の舌が立てるピチャピチャ、という水音が人気のない通路に響く。
「ちょっ……だめです。こんな、トコ……で」
「こんなトコ、じゃなければいいのか?」
鴻上がクスッと笑いながら息を吹きかけた。そのうち琴子の背中に回されていた手が背骨をなぞるように下りていき、臀部の膨らみを撫ではじめた。浴衣の生地が薄いせいで、鴻上の手のひらのぬくもりが生々しく感じられる。揉みほぐされるようにして触れられた部分からむずむずと湧き上がってくる欲望に、琴子は震えた。
「やっ……」
やばい。
本当にやばい。
何が「やばい」って、「やめてほしいと思っていないこと」がやばい。
「本当にイヤなら、突き飛ばしていいからな……サキちゃん」
鴻上が耳元で囁いた。
「っ……!」
彼の胸元に置いた手を力を込めて、この男の身体から離れようと思うのに……全然、力が入らない。
むしろ、体中が叫んでる。
離れたくない、って。もっと触って……って。お尻だけじゃなくて、他のトコロも、もっと。もっと。もっと。
頭の中では「やばいやばい」と警鐘が鳴り響いているのに、身体のほうは「もっともっと」と叫びまくっている。理性と本能のせめぎ合いに、琴子はどうしていいかわからない。
「……サキちゃん」
熱い息とともに耳元でその名を囁かれて、琴子はついに鴻上の首ねっこに自分の腕をまわしてしがみついてしまった。
――だめだ、私。
琴子はあきらめた。
だめだ、抗えない。この男には……。
鴻上が琴子の耳元から顔を離して、琴子の顔を見下ろした。
琴子も顔を上げて鴻上を見つめる。自分でも目が潤んでいるのがわかった。その涙がラーメン屋で流したものとはまったく違う種類のものであることもわかっていた。
どちらからともなく二人の距離が縮まっていく。
「あ、の……」
琴子がそれでも最後の抵抗を試みようと口を開いたが、鴻上の動きが止まることはない。それどころか、いつのまにか琴子の両肩ががっちりと鴻上の手に掴まれていた。身をかがめて距離を詰める鴻上の吐息が琴子の唇を掠めたとき――
廊下の端っこにあるエレベーターがチン、と音を立てた。
反射的に離れる二人。
エレベーターからはビジネスマンらしき男性が一人降りてきて、琴子たちのいる場所まで来ることなく、部屋の中へと消えていった。
「……ごめん、悪ノリしすぎた」
鴻上はそう言うと、きまり悪そうに下を向いて頭を掻いた。
「いえ、あの、えーと……すみません、私の方こそ」
内心の動揺、というか落胆をなんとか取り繕うと、琴子は取ってつけたような動作で浴衣の前を合わせなおした。身体の奥に灯った熱がまだチロチロと燃えていたが、気力を振り絞って気づかないフリをした。
「咲坂さん、今日はごめん。明日の朝はゆっくりでいいからな」
鴻上が「咲坂さん」と呼んだ。
ということは……今日はこれで終わり、だ。
「はい、あの、おやすみなさい。お疲れ様でした」
いつもより深く頭を下げて一気にそれだけ言うと、逃げるように琴子は自分の部屋へと戻った。
いまの自分はきっと無様なくらい物欲しそうな顔をしているに違いない――。
琴子はそう思ったけれど、簡単には抑えられそうにもなかった。
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